新人作家の新・食エッセイ
4月
16日月曜日
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 #79 0円パーキング

 

 最寄り駅のそばにあった時間貸しの駐車場が閉鎖された。跡地にビルを建てるのだという。この駐車場はかなり広くて満車になることがなかったし、二十分で百円という料金も、ちょっとした用事なら硬貨一枚で済むので手頃だった。
 駐車場が閉鎖されてから、どうしても車で駅まで行かなければならない用事が出来た。そこで、商店が無料券を発行する別の駐車場に車を入れた。ここのシステムは、まず入り口で駐車券を機械から受け取り、買い物をした先のレジで相当額の支払いをした証明をこの券に受け、これを出口の機械に入れるとバーが開くようになっている。店では千五百円以上の買い物で四十五分間駐車できるとしていて、買った金額が足りないと駐車券に「無料」のお墨付きをもらえない。もし所定の金額に満たなかったり店に立ち寄らなかった場合は、十分ごとに百円の料金を取られる旨が入り口に書いてある。
 だが、無料のお墨付きほしさに店で必要のないものを買っては本末転倒だ。用事を終え、駐車料金は最低額だなと、百円玉を用意しながら出口のバーまで車を進めた。駐車券を入れるや、機械に

「料金0円」

と表示が出てバーが何ごともなく開いた。
 わたしは何かの間違いではないかと思った。
 たとえば、一台前に駐車場を出た車の主が、本来は無料のところを勘違いして機械にお金を入れて立ち去ったのかもしれない。いや、それだったら0円という表示はおかしい。このような場合は、最初に規定通りの料金が表示され、「お支払いありがとうございました」となるはずだ。
 では、駐車券が異常だったのか。この券には磁気式の記録テープが付いている。何かのはずみで、無料のお墨付きと同じ情報が記録テープに書き込まれたのかもしれない。
 機械そのものが故障していたとも考えられる。以前、無料券を入れたのにバーが上がらなかったことがあった。これと正反対の症状だったのかもしれない。
 駐車券の異常や機械の故障だったら悪いことをした。お地蔵様の前に賽銭を置くように、機械の上にでも料金を置いて駐車場を出ればよかった。
 それから数日後、日中晴れていたと思ったら夕刻から雨が降り出した。妻が傘を持たずに出掛けていたので、車で駅まで迎えに行った。たとえ数分間の待ち時間であっても路上駐車は迷惑だから、また先の駐車場に車を停めた。
 前回のことがあるから、駐車場から車を出すときは落ち着かなかった。
 すると今回も、「0円」だったのだ。
 家に戻る途中、妻に「腑に落ちない」と言うと、「そういう仕組みなんじゃないの」と気にする様子がなかった。
「そういう仕組みって?」
「きっと、駐車料金が無料になるだけ買い物をしなかった人への店からのサービスで、よほど長時間でなかったら無料なのよ」
「だったら、無料券ほしさに千五百円以上の買い物をした人が馬鹿を見るじゃないか」
「それは、そうかもしれないけど」
「しかも、時間毎にお金を取ると入り口に書いてあることとも矛盾する」
「時間毎にお金を取ると書いてあるのは牽制に違いないわ。短時間なら無料とわかったら、関係ない車が押し寄せて、お客が駐車できなくなってしまう」
「牽制なんてややこしいことをするだろうか」
「いずれにしろ、お金を取られなかったんだからいいじゃない」
 妻は平然としたものだった。
 わたしは小心者だから気が気ではない。タダより高いものはないというではないか。
 ほんとうはどんな料金体系なのか、店の人に聞けばわかるはずだが、やぶ蛇になるのではないかと聞く気になれない。質問したことがきっかけで、機械に不具合があった場合は修正され、次回からお金を取られるようになるかもしれない。なんだかんだと言っても、タダの魅力には勝てない。
 妻を迎えに行った日の後も、この駐車場を恐る恐る利用している。ここがタダの駐車場とは知れ渡っていないようで、通りに路上駐車が多い割に敷地内は空いている。ますます、わたしだけがこっそり車を停めているような気分になる。そして回数を重ねるうち、お金を払わず駐車場を出るたび、

「悔い改めよ」

とどこからか声がするような気がし始めた。わたしが小心者であると同時にケチで狡い人間だと指弾されているかのようだ。
 子供のとき、駄菓子屋でおでんを食べて、串を土間に捨てたことが思い出された。おでんの会計は串の本数でする。悪ガキたちは代金を誤魔化すために串を捨てるのだ。それを真似たのだが、駄菓子屋を出た後どうにも気が咎め、かといっておばさんに正直に捨てた串のぶんだけ代金を渡すこともできず、こっそりおでんの鍋の脇に十円玉を並べて家に逃げ帰った。それからというもの、駄菓子屋の前を通るだけでも、びくびくしなければならなかった。あの頃から、わたしは何も変わっていないのだった。
 たった百円のことで、今日もうしろめたさを感じながら駐車場に車を停めた。罪滅ぼしのつもりで、いつか店で買い物をしようと思うのだが、まだ何も買っていない。

 
 
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