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#82 残酷さから学んだ
小学生になって嬉しかったのは、学研の「科学と学習」を読めるようになったことだった。それまで、兄が買ってもらい読んでいるのを横目に、うらやましくてしかたなかったのだ。
小学一年生と二年生を新潟で過ごしたのだが、「科学と学習」は本屋で買うものではなく、あれはたぶん学研の代理店が出張して来ていたのだと思うが、
学校で買うもの
だった。
発売日の放課後になると、校舎の空き教室が「科学と学習」の引換所になる。あらかじめ年間購読の予約をしている生徒が引換所に列を成した。
「科学と学習」と書いたが、正確には「科学」と「学習」の二冊に別れている。昔のことが懐かしくなって、「科学」と「学習」の値段を調べてみて驚いた。今、「科学」は千二百六十円、「学習」は千九百八十円する。物価が上がっているから以前の定価はもっと安かっただろうが、それは額面だけの話で、金額から実感される価値はさほど変わってはいないのではないだろうか。もっと安いものだと思っていた。
当時、私は「科学と学習」を買わない子がいることに気付いていた。しかし、この子たちのことを深く考えはしなかった。でも「科学と学習」の値段を知って、買わなかったのではなく、買えなかったのだということに思い至った。買える子の中にも、「科学」と「学習」どちらか片方しか買えない子と、両方買える子がいた。私は両方買ってもらっていた。
買えない子にとって、「科学と学習」の発売日は、貧富の差をまざまざと見せつけられる日だったのだ。
嫌な日だったのではないだろうか。
小学三年生になって静岡の学校に転校した。
静岡の学校には、子供銀行というものがあった。
毎月一回、静岡銀行の行員が学校にやって来て窓口を開く。そこにお金を預けるのだ。
預ける金額は自由だった。千円以上預ける子もいれば、数十円の子もいた。
このときも私は自分のことしか考えられなかったが、今から思えば残酷な仕組みだったように思う。数十円の子は、数千円の子をどんな目で見ていたのだろうか。
遠足の日もまた、子供同士の間に差がつく日だった。
遠足の日は給食がないから、弁当を持って行く。
弁当箱ひとつとっても、真新しいものを持っている子と、使い込んだものを持っている子がいる。
蓋を開けると、これが同じ弁当かと思うほど中身が違う。
明るい色をした弁当の子。暗い色をした弁当の子。さらに、果物を別添えのタッパーウエアで持って来る子。
いつの遠足か忘れたが、弁当箱を隠しながら食べている子がいた。不自然に弁当箱に覆い被さるようにしていたから、どうしても目立った。級友たちが、それを見て囃し立てた。中に乱暴者がいて、嫌がる子を脅して、隠していた弁当を強引にみんなの目にさらした。
白い飯と、おかずは豆のようなものだけだった。弁当を隠しながら食べていた子は、その場で「豆」とあだ名をつけられた。
「豆じゃない」
とその子は言った。
「だったら何だ」
「……ピーナッツ味噌」
泣き出しそうな声だった。
反論も虚しく、あだ名は「ピー味噌」になった。
私はピーナッツ味噌が何か知らなかったので好奇心を惹かれた。騒ぎが一段落したところで、その子のピーナッツ味噌と私のおかずを交換した。
初めて食べるピーナッツ味噌はまずくなかった。むしろ珍しい味に食が進んだ。
後日、弁当を隠して食べていた子に、「うちに来いよ」と誘われた。学校帰りに寄った家は長屋ふうで、醤油で煮染めたような色の外観をしていた。部屋の中はなんとなく酸っぱい臭いがして、天井から下がった蛍光灯を灯しても薄暗かった。
私たちはピーナッツ味噌の話をした。そこに、割烹着を着たお婆さんが現れた。彼はお婆さんの手で育てられているらしいことが、ぼんやりわかった。
話の流れから、私はおばあさんに、
「ピーナッツ味噌がおいしかった」
と言った。
するとお婆さんは、
戸惑うような悲しいような
表情をした。記憶は、そこで途切れる。
私と同じ静岡の小学校を卒業した姪に聞いてみたら、もう子供銀行はやっていないとわかった。たぶん、新潟の小学校も「科学と学習」の販売をやめただろう。
私は、弁当を隠して食べていた子の泣き出しそうな顔を思い出し、こういったものがなくなったことに、すこしだけほっとなった。
だが一方で、徒競走の結果に序列をつけないようにした学校や、親がいない子やいてもかまってやれない家庭に配慮し、運動会の応援に来た家族と生徒を完全分離する学校があることに、釈然としないものを覚えるのだった。
世の中は平等にできてはいない。どうしたって貧富の差や能力の差は存在する。たしかに、幼い子供にとって差を見せつけられるのはつらいだろう。また、子供は残酷だから豊かな者は謙虚さを忘れ自慢をする。
そうだとしても、弁当を隠した子や複雑な表情をしたお婆さんに、この世の根本的な原理を私は教えられた気がする。それは教科書で憶えたことより印象的で、大切なことだった。
私がお金や家族で惨めな思いをしなかったから、こんなふうに思うだけだろうか。驕った考えだろうか。
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