新人作家の新・食エッセイ
6月
18日月曜日
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 #83 納得がいかない

 

 電車に乗っていると車両が駅に停まったままになり、「次の駅で、お客様同士のトラブルがあり、出発を見合わせています」と放送されることがある。
 テレビなどでも電車の中や駅の構内で喧嘩が起きたと報道されるから、暴力沙汰は珍しいことではないようだ。
 私も一度だけだが、

被害者になった

ことがある。
 都心と郊外を結ぶ路線はいつも混雑している。私が家に帰ろうと乗った電車も、つり革が足りず、乗客と乗客の間に挟まってようやくバランスを取っている人がすくなくなかった。
 車内の押しくらまんじゅうに耐え、あとすこしで自宅の最寄り駅というところまできたときだった。私の隣りに立っていた若者が、「なんだ、この野郎」とつぶやいたのが聞こえた。物騒な言葉だが、こちらは彼に何もした憶えがないので窓の外を眺めたまま無視を決め込み込んだ。
 すると今度は、「やるか、馬鹿野郎」と言ったではないか。こうなると無視したままではいられない。私は若者のほうを向いた。若者はもの凄い形相をしてこっちを睨んでいた。だが、乗客が複雑なかたちでぎゅう詰めになっているので、若者の体は斜(はす)にねじれていて、私のことを睨んでいるのかはっきりしなかった。
 駅に着いた。
 人の圧力に押し出されホームに降りた。ホームの上で人々は散り散りになり、やっと混雑から解放されほっとしたとき、私は目の前が真っ暗になってその場にしゃがみ込んだ。何ごとが起こったのかわからなかった。一呼吸遅れて、頬から顎にかけて衝撃が走り抜けた。殴られたのだと気付いた。
 しゃがみ込んだ姿勢で目を開けると、さっきの若者が私の横っ腹を蹴りつけてきた。この体勢では縮こまって防御するほかなかった。
 攻撃が収まり、やっとのことで立ち上がったときには若者の姿はなかった。私は取りあえず駅員にことの顛末を話し、警察に被害届を出した。
 後日、ほぼ同じ時刻の電車に乗っていると、犯人の若者が座席に座っているではないか。私は勇気を振るって、「警察に行こう」と声を掛けた。若者は抵抗したが、手首をつかんで次の駅でホームに引きずり下ろした。
 その駅の近くにある警察署から被害届を出した警察署までパトカーに乗って移動し、またさらに一時間ほど事情聴取を受けるといった大事になった。それでわかったのだが、若者は別の人にも暴力を振るって逃走していたのだった。
 一週間ほど経って、検察官から電話が掛かってきた。若者は未成年だったので家庭裁判所で審理されることになったらしい。「被害者として、どのような処罰を求めるか」と訊かれた。「一切の事情は警察で話した通りです。事実に基づいて厳正に審理してください」と伝えた。
 それから数カ月後、私は自宅の最寄り駅で息を呑んで棒立ちになった。夕刻の混雑の中を、こっちに向かって歩いてくるのは、まぎれもなく犯人の若者だった。お礼参りという言葉が脳裏をよぎった。若者はどんどん間合いを詰めてくる。しかも、途中から小走りになった。
「この間はどうも」
 若者ははにかむような笑顔で言った。
 それから何度か若者と駅で出会ったが、そのつどこちらに挨拶をするようにぺこりと頭を下げる。旧知の友人のような態度だった。
 私は戸惑い、気まずい感じになって、中途半端に目で挨拶を返した。犯人らしくない犯人の態度に、私は納得がいかなかった。
 犯人の若者に挨拶をされるようになった頃のことだが、私はまた警察署で証言するはめになった。
 今度は被害者としてではなく

事件の目撃者として

だった。
 最寄り駅で電車を降りて、買い物をしようと表通りを歩いているとき、前を行く若い女性に接近する原付バイクに気付いた。怪しい感じがした。
 その勘は的中し、バイクを運転していた男が女性のバッグをひったくろうとした。女性は抵抗したので、バイクに数メートル引きずられた。目の前での出来事だったので、私は無我夢中でバイクの男の背中を鞄で叩いた。男はそのまま逃走した。
 警察署で、女性を迎えにきた彼女の両親に頭を下げられた。被害者の女性は精神の動揺が激しいとかで姿を見せなかった。
 この女性とも駅でしばしば出会った。
 だが女性は、私を見掛けるとなぜか恐い表情になり、足早に人込みに姿を消すのだった。顔を合わせるたび、いちいち感謝してほしいわけではなかったが、怒ったみたいに立ち去られるのは心外だった。
 犯人は犯人らしく、被害者は被害者らしくあってしかるべき、という思い込みがある。だが、実際には違った。人はさまざまなのだった。
 既に二つの出来事から十数年が過ぎたが、ふと犯人の若者と被害者の女性を思い出すことがある。善悪ばかりでなく、あらゆるできごとを紋切り型でわかったつもりになってはいないか、と。
 納得がいかないとき、それは人の不思議さを知るよい機会なのかもしれない。

 
 
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