新人作家の新・食エッセイ
9月
17日月曜日
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 #88 平等な世の中の言葉遣い

 

 随分以前のことだけど、電話機に服を着せる人がいた。
 手づくりしていた人もいただろうが、ちょうどダイアルの位置に穴が開いている既製品を買ってきて電話機に着せていた人のほうが多かったのではないか。既製服が出回るほど流行していたのだ。
 服を着せるとベルの音がキンキン響かなくてよいと誰かが言っていたけれど、これは取って付けた理由だろう。電話機に服を着せていた人は、

電話機を剥き出しに

しておくことそのものが耐えられなかったに違いない。
 電話機が電電公社の黒電話から電器屋などで買ってくるものに変わって、かたちが様々なものになるのとほぼ同時に服は衰退して行った。そして、電話機の地位が携帯電話に取って代わられた今、服を着せられている固定電話は皆無だろう。電話との関係も変わったものだ。
 関係といえば、近頃、違和感を覚える言葉がある。
「ご提供」だ。「先着○○名のかたに、××をご提供します」などと使われる。これで妻とちょっとした議論になった。
 彼女は、「ご提供」という言葉遣いがとても増えたとまず言った。そして、「ご」は相手に関するものごとに付ける尊敬語であって、自分の行為に「ご」を付けるのはおかしいというのだ。「ご両親」とか「ご旅行」は正しいが、「ご提供」は間違いということになる。
 私は、たしかに「ご提供」はしばしば使われるようになったけれど、謙譲語として問題ないと反論した。「ご説明申し上げます」という言いかたがある。これは相手に対する自らの動作に「ご」をつけて謙遜の意を表している。
 こんなときは辞書を引く。
 尊敬の「ご」も、謙譲の「ご」も正しかった。
 これで決着がついたわけだが、妻の意見を聞いてからというもの、「ご提供」に何か落ち着きの悪いものを感じるようになった。
 それは言葉そのものというよりシーンかもしれない。「ご提供」を使っている人たちの意識の在りかたに引っ掛かるものがあるのだ。
「提供」という言葉をじっと考えてみた。
 自分が持っているものを誰かに利用させたり与えることだ。偉そうな感じがする言葉だ。そこで、「ご」を付けて偉そうな感じを曖昧にぼかす。ほらこうすると、ひざまずいて何かを差し出しているようになる。
 実際のところはひざまずいて渡すほどのものは提供されず、たいがいはオマケ程度のものだ。でも大層なことをしてやっているんだぞ、とアピールしたいので「提供」を使いたくなるのではないか。「進呈」では、端から腰を低くしてへりくだった言葉で面白くない。これが「ご提供」が増えた理由かもしれない。
「ご提供」の「ご」は、黒電話の服だ。「提供」を剥き出しで使うのは危険だから、既製品の謙譲語で手っ取り早くくるんでしまう。「ご」を付けて謙譲語にしておけばとりあえず波風が立たないという意図を感じる。
 気になる言葉は、ほかにもある。
 会計のとき、「○○○円、お預かりします」という言いかたが、いつの間にか当たり前になった。
 釣り銭を受け取るつもりで大きめの額を渡したなら、店員が一時的に「預かる」という意味も通るが、代金ぴったりに渡してもこんなふうに言う。
 きっと、「○○○円、頂きます」と言うより、「○○○円、お預かりします」のほうが、金を我がものにする意味合いがぼけて丁寧だと思っているのだろう。あるいは、私どもは金儲けなどに頓着してませんと無欲なふりをしたいのか。
 理屈が通らない「お預かりします」を聞くと、「だったら返して」と意地悪を言いたくなる。しかし、それは大人げないと思うから黙っている。
「お預かりします」の発祥は飲食店だったと思うけれど、このごろは営業マンも使うようになった。出入りしていた店で会計のたび耳にしているうち、こんな言いかたが普通のように思われてきたのだろう。
 手っ取り早く謙譲語にした「ご提供」の使いかたにしろ「○○○円、お預かりします」にしろ、丁寧さが空回りしている。そして、丁寧さのインフレーションに拍車を掛けているのだが衰える気配がない。
 なんでこんなことになってしまうのだろうか。
 それは世の中は平等だという思いが、正しいか間違っているかは別にして、隅々まで浸透したからに違いない。
 お客様は神様と口では言いながら、実際のところは人間は対等と思っている。封建的な時代は去り、天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらずだ、とみんな腹の底では考えている。ついついこの考えが態度となって現れる。
 だが商売をする上で、これは危険な状態だ。
 そこで、へりくだってみせる。
 もともとある謙譲語や丁寧な態度を踏襲すればよいのだが、それではまだ自分の立場を低くできず、相手と水平な関係に近いのである。だったらどうする。

新しいへりくだりかた

を開発するほかない。
 黒電話に服を着せたのは、たかが機械のはずなのに電電公社の権威を背景に威張っているような感じがしたからだろう。花柄やフリルの服で幼稚なかっこうにくるむことで、自分と対等以下の関係に見せることができた。しかし固定電話の権威は落ち、服を着せる意味がなくなった。
 かたや日本人のプライドはむくむくと巨大化する一方だ。今にもっとへりくだったふりをする物言いが登場することだろう。

 
 
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