新人作家の新・食エッセイ
12月
3日月曜日
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 #93 ソウルフード黒はんぺん

 

 黒はんぺんと書くと複雑な気持ちになる。
 懐かしさと嫌悪感と、さまざまな情景が入り交じるのだ。
 黒はんぺんは

静岡にしかない練り物

で、つみれよりも細かく骨ごと挽いた背青の魚を、半月型に茹でたものだ。名前の通り、黒っぽい色をしている。
 安い、安直なものなので、何かというとおかずの増量材のように食卓に載る。あるときは焼いて生姜醤油が掛けられ、あるときはフライに、あるときは煮物と。
 もともとが背青の魚だから、黒はんぺんの料理が始まると、ほんのりと魚のにおいが台所から茶の間へ漂う。別にくさいわけではなく、もともとが不味いものではないので、好ましい香りのはずなのに、ちょっとうんざりしたものだ。それくらい日常的すぎる食べ物だった。
 うんざりしながらも、おかずとなれば残さず食べてしまうのだから、黒はんぺんへの複雑な思いは、私が子供のときから続いてることになる。
 たしかに黒はんぺんのフライは旨かった。
 静岡ではコロッケのようにどこの揚げ物屋でも売っているものだが、大概は母が台所で揚げた。油が加わるせいか、はんぺんの魚の甘みがぐっと増す。
 こうして書いているうちにも、三十数年前の新築当時の実家の様子が目に浮かんでくる。母がガス台に向かって油の鍋で黒はんぺんを揚げている。ぱちぱちと油が躍る音がする。
 今ほど贅沢な時代ではなかったが、黒はんぺんが食卓に登場する機会が多かったのは、我が家の家計が逼迫していたからだろうと思われる。父が大手の会社を辞めて、生まれ故郷の静岡に帰り、家を建てたのだが、仕事が思うようにいかなかったのだ。元から派手な人ではなかったが、母はやりくりの苦労を味わっていたに違いない。
 これが黒はんぺんを巡る、食欲と嗅覚と別の、複雑な気持ちだ。家族全員が明るく装っていても、なんとなく寂しい雰囲気があった。私にとって静岡の記憶は、こんな気分の中から始まるのだ。
 だから静岡が好きになれなかった。転勤して歩いたどこの土地とも違う、暮らしがうまくいかないのに永住しなければならない場所という思いが、静岡の何もかもを嫌いにした。
 その後、父は盛り返したのだが、すぐ人に騙され全財産を失った。金を取り戻すために、ひとり東京に出稼ぎに出て、家族は壊れるぎりぎりのところで踏ん張った。このときも、食卓にいつものように黒はんぺんがあった。
 大学に入学し上京すると、もう静岡と縁が切れたはずなのに、途端に黒はんぺんが懐かしくなった。東京のどこにも売っていないという理由だけでなく、実家が静岡に引っ越した時期や最悪のときのことまで、黒はんぺんを介して自分とは切っても切れないもののように思われたのだ。
 あるときから、静岡の新幹線のホームや高速道路のサービスエリアで黒はんぺんが売られるようになった。
 これは包装が土産物ふうで、昔ながらのビニールに包まれたものとは違い、しかも上等につくって高い値段を取ろうとしているのか、かまぼことの合いの子みたいな分厚いものだった。買ってみたが味も違う。素朴な女の子が都会に憧れて厚化粧をしたみたいだった。失望した。
 魚屋で鰯のすり身を買ってきて、これをすり鉢ですり、半月型にして茹でてみたこともある。なんといったらよいのだろう、理屈では黒はんぺんのはずなのに、まるで違う味しかしないのだった。やはり似せものでしかない。
 私が食べたいのは、五枚ひとパックのビニールに包まれ、子供でも買えるような値段の黒はんぺんなのだ。
 もうこれは静岡に行って買うしかない。
 だが、私は帰省もろくにしない静岡嫌いだ。
 ちょっとした葛藤があったが、三十代になって、黒はんぺんを買うためにだけに実家に帰った。十年ほど前のことだ。
 デパートの地下に行くと、なんと土産物で売られていたようなものばかりだった。世の中が贅沢になり、うすっぺらい昔ながらのものは敬遠されているみたいだ。そこでなるべく古くさいスーパーへ行ってみた。そこにはあった。
 作法どおり、重なるように灰色の半月型が袋の中に並んでいた。ビニールの印刷も、疲れたような青一色で、あまり上品とは言えない図柄だったのも嬉しかった。黒はんぺんは、これなのだ。見るからに安そうで気の置けないところが身上なのだ。ごっそり買い込んでも、まったく懐に響かない。もしかして製造元に連絡したら送ってもらえるかと思い、袋を取っておいたのだが、根っからの整理整頓の悪さで、どこかに紛れ込んでしまった。
 そのときの帰省がきっかけで、ときおり実家から黒はんぺんが届くようになった。

「こんなもの、どうして食べたいのかね」

と母は言うのだが、私だって本当の理由はよくわからない。旨いといっても、ただの旨さではないのだ。ざらっとした黒はんぺんの風合いみたいに、どこか敬遠したいような気持ちもなくはない。しかし、静岡から宅配便が届くのを心待ちしている。
 和食は菊乃井に勢いがあるだとか、フレンチはラ・クレモンティーヌが旨いなどと雑誌の連載に書き、中華なら横浜中華街の海南飯店が知る人ぞ知るなどと人に勧めるが、これはよそ行きの私だ。家では甘辛く煮たジャガイモをオムレツにしてみたり、海苔の佃煮で飯をかき込むのが好きなのだ。気取ってみたところで、おまえのソウルフードは黒はんぺんなんだという声がどこかから聞こえてくるようだ。
 きっとそうなのだ。味だけでなく、どうしても離れられない何かがある。

 
 
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