新人作家の新・食エッセイ
1月
7日月曜日
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 #95 小さな旅の小さな買い物

 

 クリスマスシーズンに猛烈なウイルス性の胃腸炎に罹り七転八倒して過ごした。山場は四日間ほどだったのだけれど、そのあともぐったりしベッドから起きあがれなかった。
 ということで年末の行事はすべてパス。年賀状を書いたり、年始に向けて買い物をしなくてはならなかったりと用事が山積みなのに、ただただ養生の日々を送らなければならなかった。
 暮れも押し迫り、よたよたながら歩けるようになると、陽の光が恋しくなった。回復期に入り、体がストーブの熱ではなく自然の温かさを求めているのだった。そこで恐る恐る散歩に出た。
 すると、いつもは通らない道筋に

一台の小さなトラック

が止まっていた。荷台は金属の箱で覆われていて、そこに豆腐と書かれていた。
 ちょっと驚いた。昔、豆腐屋はリヤカーを引いて町々を回っていたものだが、それがトラックになって今も行商をしているとは。というのも、私が暮らしているところは新開地であって、かつて原野や山林だった場所に大きな道路をつくり、それに沿って宅地を開いた場所で、ショッピングセンターは華々しく進出しているけれど豆腐屋のある商店街なんてものは皆無だからだ。
 懐かしかった。今の人は知らないかもしれないけれど、ある時代までは豆腐はスーパーではなく豆腐屋で買うものだったのだ。店売りもしていたけれど、夕刻になるとプーパーとラッパを鳴らしながらやってくる。すかさずアルミの小鍋を持って家を飛び出す。
「豆腐を買うときは、行きは急いで帰りはゆっくり」
 壊れやすい豆腐のことだから、こんなふうに親に言われた。行商の豆腐屋は、水を張った中から豆腐を取り出し、小鍋に入れてくれる。帰りは親の言いつけ通りというか、そうでなくても足取りが自然と慎重になる。たしか一丁数十円だった。お釣りの小銭は豆腐の水でいつも湿っていた。こうして買った豆腐は、今のものよりずっと甘くて豆の香りが高かった気がする。
 そうこうするうち、豆腐屋のトラックは走って行ってしまった。このとき私が食べられるものは湯豆腐だけだったので、絹ごしを一丁買いたかったのだが。
 家に戻ってからも豆腐屋のことが気になった。行商までしている豆腐屋がそばにあることに十何年も気付かなかったなんて、まさに灯台もと暗しだ。
 翌日、ベッドの上で過ごすのに飽き飽きしていたこともあって、妻に豆腐屋を探しに出掛けると宣言した。「やめときなさいよ」と止められたし、宣言してみたものの体調は万全でなく不安もあった。何より、どこを探したらよいのかわからない。唯一の手がかりは、豆腐屋のトラックが走り去った方向だけだ。それとは反対側に店があるのではないか。だとすると、大通りとは正反対の方角ではないかなどと推理した。でも、方角だけでは何もわからないも同然だ。
 でも寝てはいられず、これ以上できないというほど厚着をして、アルミの小鍋を持って私は家を出た。まだ全快していない体では無謀だと、妻が付いてきた。手にアルミの小鍋を持ってよたよた歩く私と、その横で心配そうにしている妻の姿は、傍目に滑稽なものだったろう。
 宅地を抜け、開発の手が入らなかった畑の中を進む。古い神社を通り過ぎる。バスがやっとのことで走る窮屈な道を行く。赤いガラス玉の電球が下がっている消防団の建物は排気ガスで煤けていた。ひっそりした小さな木造の教会があり、牧師だろうか私服の初老の男性が落ち葉を箒で掃いていた。郵便局があった。民営化で廃止されるのではないか、という雰囲気だった。
 たぶん地図の上では住宅街からそんなに離れていないのだろうが、そこはニュータウンとはまったく違う町だった。こんなところへくる用事はなかったから、初めて見る風景だ。ほんとうにここが豆腐屋のある町なのかわからない。無駄なことをしているのかもしれない。ずっと、そんなことを考えていた。がっかり気落ちし、いつもより疲れている私と引き返すことを思い、妻はもっと不安だったろう。
 すこしばかり道が広くなったところに、「豆腐」と看板を掲げた店があった。トラックに書かれていたのと

まったく同じ書体

だった。ここだ。私はうれしくなった。
 店内は昔通りの豆腐屋そのものだった。豆腐が沈んでいる水槽があり、店の薄暗い奥に豆を煮る釜などがある。さびれているかもしれないと思っていたけれど、さにあらず。木綿、絹ごし、油揚げ、厚揚げ、がんもどき、おからばかりか、湯葉まで売っているのだった。どれもこれも手づくりで、旨そうなものばかりだ。
 絹ごし豆腐を一丁買った。
 アルミの小鍋に入れて家に帰ることにした。
「気が済んだ?」
「ああ」
 帰り道はときどき休まなくては体力が続かなかった。私が小鍋を抱えながら立ち止まっている間、妻は文句も言わず背中をさすってくれた。
 家に戻った私は熱を出し、眠った。
 夢とも現ともはっきりしない意識の中で、旅をしてきたような気分になっていた。豆腐屋探しは、この一年の象徴ではないか。一年がもうすぐ終わる。結論とか成果とか、まとめと言えるようなはっきりしたものはないけれど、妻とともに取りあえずは生きてきた。そして、たぶん豆腐一丁ぶんくらいの何かは手に入れられたのではないか。ありふれていて、壊れやすいものかもしれないけれど。
 これを糧にして、また次の一年も生きる。
 湯豆腐ができた、と台所から声がした。
「とっても美味しそうよ」

 
 
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