新人作家の新・食エッセイ
2月
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 #97 ポストの覚悟

 

 郵便を出そうと表に出た。
 さて投函しようとすると、郵便ポストの周りを小学校高学年と思しき女の子たちがぐるりと取り囲んでいた。ちょっと尋常ではない雰囲気がしたので、覗き込むと、

一人の子が泣いている

ではないか。私は手紙を投函しながら聞き耳を立てた。すると、どうも彼女たちは泣いている子が手紙を投函するのを後押しするためにやってきたらしい。そして泣いている子は、その気になって手紙を投函したのだが、手紙をポストに入れた瞬間に後悔して取り乱しているとわかった。
 ラブレターだろうか。あるいは正反対に、別れの手紙だろうか。話の断片からすると、とにかく恋愛がらみのもののようだ。
 小学生のくせにませているという気がしないでもないけれど、今どきはこれくらいで普通なのかもしれない。中学生のとき私は特別にもてたわけではないけれど、奇妙な電話が女の子から掛かってきたものだ。いわゆる無言電話なのだが、電話を掛けている誰かの周囲から「勇気、出して」とか「がんばって」などという声が微かにした。三十年経って、こういうことが中学生から小学校高学年に低年齢化したとしても不思議ではない。
「あの」と泣いている子の周囲にいた女の子に声を掛けられた。「手紙を返してもらいたいんです。どうしたらいいですか」
「もうポストに入れちゃったんだろ」
「でも、さっき入れたばっかりなんです」
「一度、入れてしまったら返してもらうのは大変だよ。もしかしたら無理かもしれない」
「そんなー」
 と女の子たちが口々に言った。
「君たちは嘘を付いていないと思うけど、悪い人が他人が出した手紙を自分のものだと言い張って横取りしたら困るだろ。だからね、そう簡単には取り戻せないはずだよ」
 泣いていた子は、その場にしゃがみ込んでしまった。
「郵便局に相談するしかないな」
 私はつぶやいた。
「どうやったらいいんですか」
 私はこの地区の集配局を教え、ポストの脇に書かれている郵便局員が手紙を集めにくる時刻を見て、もう明日まで誰も集めにこないから今日はあきらめ、改めて郵便局に申し出るように言った。
「明日になったら、返してもらえるんですか」
「返してもらおうとしたら、自分が出した本人だということを証明しないとならなくなるよ。そうやってもどうなるかわからない。とにかく家の人にお願いして、いっしょに郵便局に行ってもらいなさい」
「そんなことできないよねー」
 と女の子たちは言い、もう私があてにならないと思ったのか、そろってそっぽを向いた。
 私もこれ以上は力になれないのでポストから離れた。それから彼女たちがどうしたかわからない。
 この一件で、eメールが登場したての頃を思い出した。
 まだ常時接続なんてなく、誰もがモデムをガーガーならしてインターネットに接続していた時代だったが、会社がeメールを導入することにした。導入を決めたがどうしたらよいかわからないというので、私と数人の社員が招集され、モデムを買ってきたりケーブルを這わせるところから始めた。こんなことをしたから、みんなからeメールのオーソリティと見なされ、あれやこれやと使いかたの質問をされた。今では当たり前のアドレスの入力のしかたから説明したが、ある偉い人に「出したメールを取り消すのはどうやるんだ」と聞かれた。
「送信してしまったら、取り消せませんよ」
「困るんだよ。間違った相手に、関係ない内容の文面を送ってしまったんだ。どうにかしてくれ」
「と、言われても。ポストに間違った宛名を書いた手紙を投函したときも、どうにもならないでしょう」
「コンピュータが、そんな簡単なこともできないのか。eメールのどこが便利なのかさっぱりわからん」
 よっぽどあなたの言うことのほうがわかりませんよ、と口に出そうになったが、ぐっと我慢した。
 しかし考えてみればコンピュータはやり直しを簡単にする機械だった。ワープロソフトは部分的な文字の直しを簡単にして、紙にペンで文章を書いていた時代のようにまるまる一枚用紙を無駄にしなくても済むようにした。写真を修正したり、絵を描くソフトもしかり。表計算だってそうだろう。なのに、eメールだけは取り消しができないのだった。どんなものより、eメールのほうが人間関係の根幹に関わるものだから、これこそ取り消しができたほうが便利なはずだ。
 eメールを開発した人は意図していなかっただろうが、これは

覚悟というもの

をこの世界に残す結果になった。
 もしかしたら、これでよかったのかもしれない。
 私は小心なので、初めから宛名が印刷された出欠席を問う往復ハガキでさえ、ポストに入れるとき心臓がどきどきする。出欠席の答えの選択が正しかったどうか、最後の最後まで気持ちが揺れるのだ。ノイローゼではないかと思われるかもしれないが、eメールの送信ボタンを押すのもためらわれる。意図しないことが生じ、何かが終わるかもしれないからだ。でも、そもそも言葉と人間関係はこれくらい怖いもので、覚悟を要するものなのではないか。もし言葉の取り消しが簡単にできてしまったら、言葉の本当の怖さが忘れられ、人との関わりが水より薄くなるかもしれない。
 メールソフトは年々使いやすくなった。しかしポストは相変わらず赤い鉄の箱のままだ。運命や喜怒哀楽や決断など、様々な人生が詰め込まれるポストは、あれくらいぶっきらぼうで融通が利かない姿で街に突っ立っているほうがよいような気がする。
 女の子が泣いていた日から、私は妻に何か話しかけるときさえ、赤いポストを思い浮かべずにはいられなくなった。このことを知人に言ったら、考えすぎだというのだが。

 
 
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