新人作家の新・食エッセイ
2月
18日月曜日
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 #98 未知なる個室から

 

 我が家はほぼ一回線ぶんの料金で二回線電話番号が使える契約を電話局としている。なぜこんなことをしたかというと、ファクシミリと普通の電話を別個に使いたかったからだ。ところが普通の電話の電話番号にやたらとセールスが掛かってくる。そこで、この電話は掛けるほう専用にしてベルの音を消した。ファクシミリは電話機兼用だから、こちらの番号を親しい人々に伝え直し、これで無用な電話に悩まされることがなくなった。
 このベルが鳴る電話のほうに、ある時期から

毎日のように無言電話

が掛かってくるようになった。便宜上無言電話と書いたが、受話器を上げると一呼吸あってすぐ切れるから無言というほどでもない。
 ナンバーディスプレーなんて気が利いたものが着いていないファクシミリ兼用の電話機なので、同一人物からのものか、あるいは複数の別人がたまたま我が家に無言電話を掛けるようになったのかわからなかった。
 こんな状態が数カ月続いた。
 電話が鳴った。またかな、という予感があった。受話器を上げた。私は名乗らず、ただ「はい」とだけ相手に言った。このまま切れるかなと思っていると、
「もしもし」
 とおどおどした若い男の声がした。
 用心しながら、また「はい」と答えた。
「……信じて電話を掛けたのですが」
 何のことだろう。
「信じてって、どういう意味ですか」
 男は「○○駅の」と言ったが、早口だったので「駅」の部分しか聞き取れなかった。
「駅の?」
「トイレの壁に、初心者でも優しく導いてくれるって書いてあったのを見て掛けました。僕、ゲイだと思うんです」
「はあ?」
 である。
 私の家の電話番号が故意か、あるいはまったくでたらめなものとして、トイレの個室の壁にゲイ仲間を募る内容とともに書かれているのだと事態を把握した。
「それっていたずらですよ。私はゲイではありません」
 と言うと、がちゃりと電話が切れた。
 これまでの無言電話は、どこかの駅の落書きを見て掛けてきたものが多数もしくはほとんどだったと考えてよさそうだ。
 落書きの内容を信じ、勇気を振り絞って電話を掛けてきた若い男を、私は笑う気にはなれなかった。私にはゲイの知人がいるのだが、そうと知られないように生き、なかなか出会えない恋人を探す苦労は想像を絶するものらしい。まして、自分がゲイではないかと気付いたばかりの若い男は、電話を掛ける以前に不安や戸惑いがあったことだろう。もしもっと彼とゆっくり話ができたなら、知人から聞いたゲイ同士の出会いかたや付き合いかたなどを話してあげることもできたのだが。
 私が悪い訳でもないのに、なんだかかわいそうなことをしてしまったような気がした。
 それにしても、駅のトイレの個室に書かれている番号に、ほんとうに電話を掛ける人がいるのだという事実に驚いた。
 この若い男の場合は悩みつつ、切羽詰まっていたのだろう。では、他の無言電話はどうだったのか。何も言わず電話が切れていたところをみると、ひやかしだったに違いない。でも、たとえひやかしであっても誰とも知れぬ相手の番号に電話を掛けるのは勇気がいるはずだ。
 適当にプッシュボタンを押すのだったら、これは子供がよくやる玄関のチャイムを押して逃げるピンポンダッシュみたいなものだ。しかし、トイレの個室の壁の猥雑な落書きの中から特定の電話番号を選び、そこに実際に掛けるという行為は、もっと覚悟と意志の働きがあるはずである。
 私は公衆便所に入って、このような電話番号が書かれている伝言とか落書きを見ると、それがどんな内容のものであっても相手を想像する。想像したところで、電話番号から人間像は浮かび上がらないが、確実に誰かがそこにいて、電話で繋がるということはわかる。ひやかしで電話を掛けてくる人々も、きっと同じだ。
 電話を実際に掛けるには、乗り越えなければならない大きな壁がある。インターネットの掲示板やブログにひやかしを匿名で書き込むのと違い、電話は肉声と人の気配が伴う直接的で、ある意味危険な行為だ。それでも、

一瞬でも誰かと繋がろうと

している人々がいるのだ。
 こんな電話を掛けてくる人物は暇を持て余しているのだろうか。それとも孤独なのだろうか。危険を冒してまで晴らしたい鬱憤があるのだろうか。
 どこの駅のトイレの個室に私の電話番号があるのかわからない。わかるなら駅に連絡を取って消してもらうこともできるだろう。近場なら行って、自らマーカーで塗り潰すこともできる。場合によったら、いくつもの駅のトイレのいくつもの個室に書かれているかもしれない。こうなったらお手上げだ。したがって、また無言電話が掛かってくるだろう。
 二回線ある電話番号を入れ替え頻繁に掛かってくるセールスの電話を我慢するか、ナンバーディスプレー対応の電話機にして知らない番号からのものは無視するか、いっそ番号そのものを局に変更してもらうか。個室発の無言電話を遮る方法はいくらでもある。だけど、ひどい迷惑を被るまでは何もしないことにした。
 雑踏で擦れ違っても、面と向かってさえもわからぬ、しかし確実に存在するトイレの個室に落書きされた番号に電話を掛ける人々の気配を感じ、もうすこし彼らのことを知りたい気がするのだ。
 すくなくとも、人は無茶苦茶な方法であっても誰かと繋がりたいと思っていることだけはわかった。が、その手前にある感情と、実際に相手もわからぬ番号に電話を掛ける行動との関係まではまだわからない。
 ここまで考えたとき、もしかしたら無言電話の主を想像しすこしでも具体的な人物像にしたいと思う私は、彼らと同類でなくても似ているのかもしれないと気付いた。彼らも電話線の向こうにいる誰かを思い浮かべ電話を掛けている。期待という点では、変わりがない。

 
 
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