イラスト(C)得能史子
新・脱力小説(隔週更新)
5月
12日月曜日

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  第一話 おはよう鉄人主婦 2

 
 

 講習が終わったあと、シゲ子はみどりと一緒に、教室近くの喫茶店へお茶を飲みに行った。
「シゲ子さんは、ほんとうに美原クンが好きなのね。ファンでいるのはいいけど、最近ちょっとヒートアップし過ぎじゃない?」
「えぇ〜!? だって、しょうがないじゃな〜い! カッコイイんだから。見るだけで、幸せになっちゃうわ!!」
「まあ、確かにカッコイイことはカッコイイけど。美原クンって、テレビに出ててもおかしくない顔してるわよね。お花屋さんのバイトにしとくにはもったいないわ。モデルにでもなればいいのに」
「そうよね〜ッ! それに、ふつうのタレントよりよっぽど男前よ!! あれは別世界の人間の顔だわー!!!」
「別世界の顔って……どんな顔なの、それは」
「とにかく別世界なのよ。夢の国とか別の星からやって来たような人の顔立ちっていうの? でもあたし、美原クンに芸能界デビューはしてほしくないのよ。あんまり遠くに行っちゃったら、さびしくなるもの。あぁ〜美原クン、どうか普通の人のままでいてちょうだい! 普通の人の顔してないけど、どうぞいつまでも平凡な人生を歩んでいてちょうだいっ!!」
「気持ちは分かるけど、シゲ子さん。美原クンの人生は美原クンが決めるものであって、シゲ子さんがどうこうできるものじゃないのよ」
「でも離れた存在になってほしくないのよ〜っ! だって、あのお花の教室は、あたしにとって、唯一のパラダイスなんだもの!! あぁ、あのモグラさえいなきゃねぇ〜」
 モグラおやじは、どこか遠い星に飛んで行ってほしいと願ってやまないシゲ子だった。
 そして、満天の星が輝く夜になった頃――。
「ただいまー」
「あ、お父さん、おかえりなさい」
「って、シゲ子!? なんだそのカッコは?」
「え? 白いワンピースよ。夏を先取りって感じ?」
「先取りし過ぎだろう。見るからに寒そうだぞ」
「別に寒くないわよー。それより、お父さんご飯は?」
「あぁ、食べる。麦恵はどうした?」
「自分の部屋にいるわよ。あたしと麦恵ちゃんはもう先に食べちゃったから」
「そうか――おい、シゲ子。今夜もカレーなのか?」
「そうよ〜。まだたくさん残ってるんだもの。お父さん、カレー好きじゃない」
「いくら好きでも、三日連続カレーは勘弁してくれよ。俺はキレンジャーじゃないんだからな」
「そう言うと思って。今夜のカレーは、お父さんのためにちょっと一工夫してみたのよ」
「一工夫?」
「そうよ。とにかく食べてみてちょうだい。ビックリするから」
「うっ!? し、シゲ子! これは……」
「ね? どう、おいしい!?」
「どうしてカレーにちくわなんか入ってるんだ!?」
「ちくわだけじゃないわよ」
「げ、コンニャクまでっ!! なんのマネだこれは!?」
「こないだ買ったレトルトのおでんが、ずっと冷蔵庫に残ったままだったのよ〜。で、見てみたらもうそろそろ賞味期限が切れそうだったんで……」
「で、カレーに紛れ込ませてみたっていうのか!!」
「やーね、そんな言い方しないでよ。ほら。最近流行ってるでしょ。音楽とかで、ジャンルの違う歌手同士が、一緒に曲つくったりするやつ。なんて言うんだっけ? コ……コラージュじゃなくて」
「コラボレーションか」
「そう! コラボレーション!! コラボよ、コラボ。別のものと別のものを組み合わせてみたら、何か新しいものができるんじゃないかしらーって」
「お前……これ食ってみたのか?」
「ううん。あたしは食べてないわ〜。あたし普通のカレーが好きだもの」
「なにっ、自分で味見してないものを、他人に出したのか!? 俺を実験台にしたんだな!! お前という奴はー!!!」
「だって、お父さんカレーばっかりじゃやだって言ったじゃない。だから変化をつけてみたのに」
「だからって、食べ物で遊ぶんじゃない!! まったくシゲ子、お前いったい何年主婦やってるんだ。いつもいつも、ワンパターンな料理ばっかりこしらえやがって。弁当のおかずだって、冷凍食品オンパレードじゃないか」
「そう言うけどね、毎日毎日違ったメニューを考えるのも大変なのよ」
「料理本でも買ってきて参考にすればいいだろ」
「料理のレシピだって、すぐにマネできるものと、そうじゃないものがあるもの」
「だったら練習すればいいことだろう。ずっと家にいるんだから」
「家にいるからって、一日中料理ばっかりもしてられないわ。あたしコックさんじゃなくて、奥さんだもん♪」
「あれこれへ理屈ばっかりぬかしやがって……ん? シゲ子、またなんか変な花の盛り合わせが増えてるぞ!!」
「あれは『盛り合わせ』じゃなくて、れっきとした『作品』よ!」
「お前まだ、あの花の教室に通ってるのか!! 大した技術もないくせして」
「なによ、別にいいじゃない。ヘタでも楽しいんだから」
「お前、もうあの教室行くのやめろ。代わりに料理教室行って、うまいメニューのひとつでも覚えてこい」
「なんでやめなくちゃいけないのよ〜!! あたしの楽しみを奪うつもり!?」
「少しは、家族の健康を思いやれって言ってるんだ。お前だって、栄養の偏ったメシばっかり食ってるせいで、ますますデブになってるじゃないか!」
「デブ!? 失礼ね、最近ちょっとぽっちゃりしてきただけじゃない!!」
「なにが『ぽっちゃり』だ。腹も尻もブヨンブヨンのくせして。それに、そのむっちりした二の腕はなんだ、まるで豚足だぞ!!」
「と……豚足ですって!?」
「ああ、今日のお前は、さながら白いワンピースを着たブタだ! 白ブタババアだ!!」
「ひどいわっ! いくらなんでもそんな言い方することないじゃない!!」
「俺は、ほんとうのことを言ったまでだ。太っているお前が悪い」
「なんですって! お父さんのバカ!! 自分だってカバみたいな図体してるくせして、もう知らない!!!」
 シゲ子は、財布の入ったカバンを手に取ると、足早に家を飛び出した。
(ひどいわ! ひどいわ! 豚足だなんて、白ブタだなんて!! なんなの、お父さん!? あたしをチャーシューだと思ってかぶりつきたいんじゃないの? いやしいわね!!  それにもっとひどいわ! もうお花の教室に通うな、だなんて!! あたしに死ねって言ってるようなもんだわ!! 美原クンに会えない日々なんて……もう世界が終わったも同然よ!!!)
「いやー、美原クンに会えなくなるのはいやー! 白ブタって呼ばれるのもいやー! 助けてー、あたしこのままじゃチャーシューになっちゃうー!! 美原クーン!!!」
 シゲ子は涙をこぼしながら、暗い夜道を無我夢中になって走り続けた。
 そして、気がつくと家からかなり離れたところまでやって来ていた。
「あ……あら、いつの間にか隣町の公園まで来ちゃってたわ。どうせなら、もう一回りしようかしら。そのほうがダイエットになるかもしれないし」
 シゲ子が再び走り始めようとしたそのときである。
「うわーっ!!」
 公園の中から若い男の叫び声が聞こえた。
 しかも、その声には聞き覚えがあった。
「あの声は、もしかして……美原クン!?」
 シゲ子は、急いで公園に入っていった。
「あ、あれは?」
 見ると、美原が数人の怪しげな者たちにとり囲まれていた。美原のまわりにいる者たちは、奇妙なことに、みな鉄仮面のようなものをかぶっている。
(きゃっ、なんなのあの人たち? 覆面強盗!?)
 シゲ子は、とっさに近くにあった遊具の陰に隠れ、彼らの様子をうかがった。
「アーッハッハッハッ、どんなに遠くに逃げようとしても、しょせん貴様は、決して我々から離れられない運命にあるのだ!!」
 鉄仮面の一人が勝ち誇ったように言った。他の者たちとは仮面の色が異なっており、集団のリーダー的存在のようにみえる。
「く……なんてことだ」
 美原は、がっくりと地面に膝をついた。
「なによ、あの強盗。美原クンにむかってずいぶんロマンチックなこと言うじゃない。どんなに遠くに逃げようとしても決して離れられない運命だ、なんて。あたしだって、ずっと美原クンの近くにいたいわよ……ん? もしかして、あの変な連中、美原クンの悪質なストーカーなんじゃないの!? たいへん!」
「さぁ、今日こそ貴様の最期だ! さらばだ、王子!!」
 鉄仮面の集団が、美原に襲いかかろうとした。だが、
「待ちなさいよ!」
 突然のシゲ子の怒鳴り声を聞いて、鉄仮面たちは、つい攻撃の手を止めてしまった。
「シゲ子さん!?」
「我々の邪魔をするとは……貴様、何者だ!」
 リーダー格らしき鉄仮面が、あいだに割って入ってきたシゲ子を見つめた。
「名乗るほどの者じゃないわ。ただの通りすがりの……コマダムよ」
「シゲ子さん、どうしてこんなところに? ここは危険です、早く逃げてください!!」
「ダメよ、美原クンを残して逃げるなんてマネ、あたしにはできないわ!(キャーッ、言っちゃった!)」
「シゲ子さん……」
「かわいそうに美原クン、きっとこの連中に日々追い回されていたんでしょう? 無言電話とかメールとか、何千回、何千通とムリヤリもらわされて……ちょっとアンタ、今日こそは警察行ってもらうわよ!」


 シゲ子は、鉄仮面たちをにらみつけた。
「なんと、法の力で我らを制圧しようというのか? アーッハッハッハッ、こいつは片腹痛いわ! そら!」
 リーダー鉄仮面が、サッと片手を上げた。
 すると、シゲ子たちの後方付近に植えてある樹木が、バッサリと斜めに折れた。
「きゃーっ!!」
「思い知ったか、これこそ我ら暗黒闇雲団(あんこくやみくもだん)の力だ! 警察ごときが何人束になってかかろうと、我らの前ではまるで無力よ!!」
「シゲ子さん、こいつらは普通の人間じゃないんです! だから早く逃げてください!!」
「でも……」
「そうとも。その男の言うとおり、我々は、お前たちよりもはるかに優秀で強力な存在なのだ。女よ、お前のように年老いた者が何をしようとも、いくらあがこうとも、すべてはムダな行いに過ぎん。決して我々にはかなわ――」
「なんですってぇ! 誰が年老いた女よ!? あたしまだ四十三よ!? 世の中的に見れば確かに、落ち着いた年代って思われるかもしれないけど、絶対に老いてなんかないわよ!」
 シゲ子は、ものすごい剣幕でリーダー鉄仮面の言葉をさえぎった。
「ぐあっ! な、なんだ!? この女から、今まで感じたことのないエネルギーが発せられている!!」
「おい、指揮官の様子がおかしいぞ! 我々も加勢せねば!!」
「ううっ! これは!? なんともいえない圧迫感のせいで、か……身体が動かない!!」
 思わぬ事態に、鉄仮面たちはうろたえ始めた。だが、シゲ子の勢いは止まらない。
「アンタねぇ、考えてみて。四十代がババアだったら、五十代、六十代はどーなるのよ!? みんなミイラよ? 化石よ? 老人ホームは遺跡だって言いたいわけ? ねぇアンタ、訂正しなさいよ。四十代はまだ年老いていませんって。女性の風格がにじみでてきた年代ですって。ほら、さっさと言いなさいよ。ほらほらほらほら!」
「や、やめろーっ!! このままじゃ電子頭脳の認識許容レベルが限界に……ギャーッ!!」
「シゲ子さん、危ない!」
 美原はシゲ子の手をとり、彼女を鉄仮面たちから遠ざけた。
 次の瞬間、リーダー鉄仮面の頭部が、ものすごい音をたてて大破した。
「なんということだ、指揮官がやられた!」
「やむを得ん、撤退だ!」
 残りの鉄仮面たちは、足早に去っていった。
「大丈夫ですか、シゲ子さん」
「あぁ、ビックリした、なんだったの今の爆発……助けてくれてありがとう、美原クン」
「お礼を言うのは僕のほうです、シゲ子さん」
「あら、どうして?」
「まさかあの暗黒闇雲団と対等に、いやそれ以上に戦える人がいるなんて。信じられない……シゲ子さん、あなたは並の人間ではなかったんですね!」
(え? あたしが、並の人間じゃない? それって……どういうこと? ホメられてるの!?)
 美しい星空の下、一人の美青年の危機を、己の怒声のみで救ったシゲ子。
 だがこの出来事は、これから始まる平凡な主婦の並々ならぬ戦いにおける、プロローグに過ぎなかったのである。

 つづく 

 

 
 
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