イラスト(C)得能史子
新・脱力小説(隔週更新)
5月
12日月曜日

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  第一話 おはよう鉄人主婦

 
 

 色とりどりの花々が咲き誇る野原を、全速力で走りぬける女が一人――。
「待って、待ってちょうだい、王子様〜ッ!」
「シゲ子姫!」
「もう行ってしまわれるの?」
「ええ、お名残惜しいのですが……」
 ジリリリリリリリリ。
「あぁ、もうバラ色の汽車が出発する時間です。いよいよお別れですね、シゲ子姫」
「そんなさびしいこと言わないで、あたしも一緒に連れて行って!」
「申し訳ありません、シゲ子姫。今あなたと共に行くことはできないのです。ですが、待っていてください。僕があなたをいつか必ず迎えに来ますから。だからその日まで――」
「いつかっていつなの、王子様!? そんなにいつまでも待ってなんていられないわよ! だってあたし……あたし、もう四十三なんだもの!」
 夢の中での絶叫とともに、鉄野シゲ子は目を覚ました。
「あれっ、今のは夢!? ヘンな夢だったわね……」
 シゲ子は、目覚まし時計に目をやった。
「きゃ〜っ! もうこんな時間! お父さ〜ん、麦恵(むぎえ)ちゃ〜ん、起きてぇ、朝ごはんよ〜っ!」
「げっ、もう七時半!? あと十五分しかないじゃん。お母さん、あたし朝ごはんいらない」
「なーに言ってんの! 朝ごはん食べなきゃ身体がもたないでしょ。ほら、食べて食べて!」
 シゲ子は、急いで出かけようとする娘の麦恵に、食卓につくよう促した。
「おい、シゲ子。これはなんだ」
 シゲ子の夫、武(たけし)が訝しげに朝食を手にとった。
「なにって、カレーパンよ」
「カレーパン……お前、これおとといの夕飯で残ったカレーを、そのまま食パンにかけただけじゃないか! もっと朝メシらしいもの用意できないのか!?」
「だって、時間がないんだもの。ぜいたく言わないで、さっさと食べて」
「あたしヨーグルトだけでいい。ごちそうさま〜」
 麦恵はテーブルを離れ、いそいそと出かける準備にとりかかった。
「あら、もういいの?」
「俺もいらない。会社行く途中でなんか適当に買うから」
 武も席を立った。
「やだ、そんなこと言わないでよ。せっかくお弁当も用意したのに」
「いってきまーす!」
「待って、麦恵ちゃんお弁当。ほら、お父さんも」
 シゲ子は、家を出る二人に弁当を手渡し、見送りをした。

「みんないや〜ね。せっかく朝ごはん作ったのに、ほとんど食べずに出て行っちゃった。なによ、このカレーパンだって急ごしらえだけど意外に……」
 シゲ子は、残ったカレーパンを口に運んでみた。
「……う〜ん、微妙な味だわ。食パンが古いのがいけないのかしら? 四日前に買ったやつだからまだいけると思ったんだけど……あ、占いが始まったわ」
 カレーパンをもそもそと食べながら、シゲ子は、テレビでやっている朝のワイドショーの占いコーナーに目をやった。
「今日の運勢ベスト三! まず第三位は、てんびん座のあなた。自信を持って行動できそう。第二位、ふたご座のあなた。金運が上昇。ショッピングに出かけると吉。そして、第一位は――おとめ座のあなた! 気になる異性とうれしいハプニングがありそう!! ラッキーアイテムは、白いワンピース」
 気になる異性とうれしいハプニングがありそう!!
 気になる異性とうれしいハプニングがありそう!!
 気になる異性とうれしいハプニングがあ・り・そ・う!!!
「ホント!?」
 次の瞬間、シゲ子は白いワンピースを探しに自分の部屋へ駆け出していった。そう、シゲ子はおとめ座。二十歳の頃でも、現在でも、そして百歳になっても、ずっとずっと「おとめ座」なのだ。
(別に、占いとかおまじないとか本気で信じてるわけじゃないけど……でも、今日はなんだか信じたい気分なの! だって、だって今日はミラクルデーなんだもの!!)
 ミラクルデー。それは、月に数回訪れるシゲ子にとっての魔法の日だった。
 いつも夫や子供の世話で忙しいシゲ子だったが、この日だけは、そんな現実からシゲ子を救ってくれる夢のようなひとときが訪れるのだ。
 シゲ子はワンピースに袖をとおし、念入りに化粧をし、洗濯と掃除と台所の片づけを適当にすませると、踊るように市民会館へ向かった。そして「フラワーアレンジメント教室開催中」という立て札を掲げた部屋に、意気揚々と入っていった。
「こんにちは〜♪」
「あら、こんにちはシゲ子さん。ま〜、今日はずいぶんさわやかなカッコねぇ」
 そう声をかけたのは、教室仲間のみどりだった。
「似合う?」
「似合うっていうか……なんか寒そうよ。シゲ子さん、いくら春になったからとはいえ、まだ半そでは早いんじゃない?」
「確かにちょっと寒いけど、大丈夫よ。風邪はひかないと思うわ。あたし、バカだから」
「そういう問題じゃないと思うけど……」
「ね、それより先生たちまだぁ? もう始まりの時間過ぎてるのに、相変わらず遅いわね〜。ま、正直いって先生はどうでもいいんだけど」
「こんにちは」
 シゲ子の目の前に、端正な顔の青年が現れた。
「キャー! 美原(みはら)クーン!!」
「ごめんなさい、先生今日少し遅くなるみたいで。先生が着くまで、すみませんが代わりに僕が指導にあたらせていただきます。あまり頼りにならなくて恐縮ですが、よろしくお願いします」
「そんなの全然オッケーよ! 大歓迎しちゃう!!」
「あはは、ありがとうございます。シゲ子さん、今日は素敵な恰好をされてますね」
「みどりさんっ! 聞いた!? 美原クンがあたしのことステキだって!!」
「え、ええ。聞いてたわ、シゲ子さん」
「ステキだって、ステキだって、ステキだって!!」
「うん……もう充分ステキだってことは分かったから。頼むから、言うたびにあたしのことどつかないでちょうだい!」
(美原クンがあたしのことステキだって……うれしい、やっぱり白いワンピース着てきた甲斐があったわ!!)

「今日は、春の花をバスケットに生けてみましょう。チューリップ、スイートピー、アネモネ……どれも、とてもかわいらしい色彩ですね」
 美原は、ひとつひとつ花を手にとって、シゲ子たちに説明を始めた。
「美原クンって、ほんとうに花が似合うわ〜。背中に花かごしょったら、少女マンガに出てくる美少年そのものよね〜」
「シゲ子さん、少女マンガの美少年は、実際に花を背負ってるわけじゃないのよ。あれはあくまでも、効果よ、効果。分かってる?」
 みどりはシゲ子に耳うちしたが、シゲ子は全く気づかない様子で、ただ美原だけを凝視している。
「それから、カーネーション。こちらは、一年中出回っていますが、なかでも母の日の頃にいちばん多く見られますね。先ほど紹介した花といっしょに生けると、いっそう春らしさが際立ちます。みなさん、カーネーションの花言葉をご存知ですか? 赤色のカーネーションは、『母の愛情』、黄色は『軽蔑』、そしてピンク色は、『あなたを熱愛します』という意味なんですよ」
「キャーッ、『あなたを熱愛します』だって! どうしよう!!」
「し、シゲ子さん? あくまでも花言葉よ!? 別に美原クンは、シゲ子さんに対して言ったわけじゃないのよ!?」
「うれしい……『あなたを熱愛します』だなんて……」
「だからね、シゲ子さん。聞いてる?」
「でも困っちゃう〜。うちダンナがいるのに〜ぃ!」
「シゲ子さん、落ち着いてッ! いいかげんに目を覚ましてッ!!」
「ハッ、いっけな〜い。ダメね、春になるとどうしても夢見心地になっちゃって。つい、イメージがふくらんじゃったわ」
「シゲ子さん、それイメージっていうより、妄想じゃ……」
 シゲ子の浮かれっぷりに、かなり怯えるみどりだった。

(失敗、失敗。ついはしゃいじゃった。でも今浮かんだイメージのおかげで、今日はステキな作品が作れそう! そうね、こうしてまわりをピンクのスイートピーで飾って、これだけじゃさびしいから、アネモネやチューリップもたくさん……そして主役はピンクのカーネーション!! こうして真ん中に挿せば――まぁ! まるでお花の国のお城みたい!!)
「できたわ〜っ! 見て見て〜♪」
 シゲ子が、美原に作品を見せようとしたそのとき、
「ゴッメーン、遅れちゃって☆ みんなワタシがいなくてさびしかったァ?」
 教室の扉が開き、紫色の派手なシャツを着た小太りの男が、笑顔で登場した。
 花屋「ロミオ」の店長兼、フラワーアレンジメント講師の名倉露実男(なぐらろみお)だった。
(イヤーッ、モグラおやじが来た!!)
 夢見心地から一転、シゲ子は、地獄に落とされたような気持ちになった。
「先生、おつかれさまです」
「悪いわネ、美原クン。ちょっと店のほうがたてこんでてさァ〜。おや? シゲ子さん、今日はなんか『昭和の女』ってカッコしてるのネ。ほら、たまに昔の映画とかにそういう服装の女の人が出てくるじゃない? むか〜しむかしの映画に。レトローな感じだよネ」
「れ、『レトロー』って……」
「あらァ? それ、シゲ子さんの作品? やだァ〜、いくらなんでもお花詰め過ぎじゃない。もっと全体のバランス考えなきゃ。これじゃ、カーネーションとチューリップがお相撲とってるみたいよォ!! 作品タイトルは、『春の土俵入り』ってとこかしらン?」
(ムッ! なによ毎回毎回イヤミな言いかたして!! だからキライなのよ、このモグラ)
「でも、僕は好きですよ、この作品。とってもにぎやかで、シゲ子さんらしさが出ていると思います」
 美原が、シゲ子に微笑んだ。
(えっ!?)
 僕は好きですよ、この作品。とってもにぎやかで、シゲ子さんらしさが出ていると思います。
 僕は好きですよ……とってもにぎやか……シゲ子さんらしさ……。
 僕は好きですよ――シゲ子さん!
「美原クンッ!! あたしも……あたしも大好きだわーッ!!」
「シゲ子さんッ!!」
 みどりの一喝がとんだ。
「……この作品」
 シゲ子はようやく我にかえった。

 

 
 
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