「ほんとうにすごい……我が国を、恐怖のどん底に陥れている暗黒闇雲団をこんなにあっさりと撃退してしまうなんて……」
「ちょっと、ちょっとお〜美原クン。さっきから何ひとりごと言ってるの?」
「シゲ子さんっ!」
美原は、シゲ子にぐっと顔を近づけた。
「は、はいっ!?」
「シゲ子さんは、もしかして特殊任務に就いていた経験がおありなんですか?」
「とくしゅにんむ〜? なあにそれ」
「たとえば、国家の機密捜査とか、要人の極秘警護などです」
「え〜、そんなのないわよ。確定申告の時期に、税務署でバイトしてたことならあるけど」
「隠さなくてもいいですよ。あの戦いぶりをみれば、すぐに分かります。シゲ子さん、あなたのような人になら、僕の悩みを打ち明けられそうだ――」
「えっ、美原クンの悩みって何? さっきのストーカーのこと!? でもさっきのストーカーなら……」
シゲ子は、後ろを振り返った。
「キャー! た、倒れてるわーッ!!」
「あなたが倒したんですよ、シゲ子さん」
「ギャーッ!! し、しかも首がふっ飛んじゃってるわーッ!!!」
「あなたがふっ飛ばしたんです、シゲ子さん」
「どどどどゆこと? あたし、まわし蹴りとかしてないわよ!? 特になんにもしてないのに」
「さっきのシゲ子さんの怒りが、こいつの電子頭脳に相当なダメージを与えたんですよ」
美原は、すでにボロボロになったリーダー鉄仮面を指さした。
「で……デンシズノウ?」
「彼ら――暗黒闇雲団の正体は人造人間、つまりロボットなんです」
「ロボットですって!?」
「そうです。彼らは、普通の人間よりも高い能力を備えているのですが、電子頭脳に圧力、つまり強いストレスやプレッシャーがかかると、爆発してしまうんです」
「ちょっと文句言ったら、立ち直れなくなるなんて、まるで、入社して三カ月たった新入社員みたいねぇ。あの時期は危ないのよ〜。社会に出て最初の壁にぶつかる頃だもの……で、そのロボットがどうして美原クンと関係あるの?」
シゲ子は、そう美原に尋ねたが、なぜか美原は黙ったままだ。
「美原クン?」
シゲ子は、もう一度美原に声をかけてみた。すると美原は、なにか覚悟を決めた表情で、ゆっくりと語り始めた。
「シゲ子さん、実は僕は、この世界の人間ではないんです」
「えっ!」
「僕の正体は……異次元からやって来た王子なんです!」
「えぇーっ!!」
「あ――ごめんなさい。急にこんなこと言っても、信じてもらえるわけがないですよね」
(み……み、み美原クンが、この世界の人間じゃない? 異次元からやってきた王子さまですって!?)
「おかしなこと話しちゃいましたね……今のことは忘れてください」
「ぜーんぜんっ! 全然おかしくないわよ、美原クンッ!!」
「シゲ子さん!?」
「あたし、前々からそーじゃないかと思ってたのよ! だって、『カッコイイ』って言われる人たちは世の中にたくさんいるけどさ、美原クンみたいなすごいイケメンは、あたし今まで一度も見たことがないもの!! この世界の人間の顔じゃないわ」
「これはかなわないな、シゲ子さんにはすべてお見とおしなんですね」
「だぁって、同じ男でもうちのお父さんとは大違いだもん! 待てよ、案外アイツは宇宙からやって来たカバ星人かもしれないわね……」
長年連れ添ってきた夫に本気であらぬ疑いをかける人妻、シゲ子。
「なんだかシゲ子さんには、安心して心を開けそうです。話の続きを聞いてもらえますか?」
「聞くわよ、聞く聞く! なんだったら、朝まで聞いちゃうから! もうバンバンしゃべってもらってOKよ!!」
「そう言っていただけてうれしいです。僕のいた異次元の国、アスコルビンは、争いのない平和な国だったのですが、最近になって、王の座を奪い、アスコルビンを我がものにしようとたくらむ独裁者、ヤブレカブレが悪の人造人間たちとともに、『暗黒闇雲団』を結成し、王家の人間に次々と襲いかかっているのです。もちろん僕の命も――狙われています」
「なんですって!?」
「ですが、僕たちはもともとこれといった武力を持たないので、『暗黒闇雲団』と対等に戦える術がないのです。それでも被害者や犠牲者を出さないよう、護衛の魔術師たちと力をあわせて、なんとかアスコルビンを守っていたのですが、日々、強力になっていく『暗黒闇雲団』を抑えることが困難になってきて……。アスコルビンの滅亡を危惧した国王――僕の父は、
『ここは私たちがくい止める。お前だけは逃げてくれ。こちらの状況については、随時知らせを送る』
と、僕をこの世界に送り出したんです」
「まぁ……」
「命の危険はまぬがれましたが、自分のことよりも、祖国に残っている家族や民衆の安否が心配で、だからといって、簡単に戻るわけにもいかなくて――。せめて好きな花を見て、少しだけでも心を落ち着かせようと、花屋『ロミオ』に入ったところ、名倉先生から今のバイトに誘われたんです」
「そうだったの!?」
(まったく、抜け目ないわねあのモグラ。自分好みの男の子ばっかり雇うんだから)
「さいわい、アスコルビンからの凶報はなく、仕事も順調で穏やかな日々を過ごしていたのですが、今夜、バイトの帰りに『暗黒闇雲団』に襲われて、捕まってしまったんです。でも、そこへちょうどシゲ子さんが現れたんですよ。いや、まさかあなたがあんなに強い人だったなんて! 僕よりもはるかにたくましくて、見習いたいくらいです」
「そんな〜ぁ。それほどでも……」
(んっ!? 「強くてたくましい」って、なんだか「ランボー」や「ターミネーター」みたいじゃないの! いやだわ、あんなムキムキな人たちと一緒にされたくない!!)
「ちっ、違うのよ美原クン! あたしも実は、その『アンコウヤミナベ団』だとかが、すっご〜くこわかったの!! もう、どうしていいか分からなくて、とっさにあんなことしちゃったのよ〜。ほんとうは、とーってもか弱いの! アリとおすもうとっても負けちゃうわ」
シゲ子は、あからさまにカマトトぶった。
「そうなんですか? でも確かに、いくらあれほどの力を持つとはいえ、シゲ子さんは女性……あなたを、『暗黒闇雲団』との戦いに巻きこむわけにはいきません。それにしても暗黒闇雲団がここまでかぎつけてくるとは……いったい国は、アスコルビンの民は無事なんだろうか? ここはいっそ、元の世界に戻って――」
「えーっ!? ダメよそんなの! だ、だって、美原クンとこうやって話せなくなったら、悲しいもの。国に何かあったら、知らせがくるんでしょ? 来てないってことは、きっと大丈夫なのよ。それに、もしまた『ヤミナベ団』が現れたら、あたしも及ばずながら力になれるかもしれないし〜……」
「えっ、戦ってくれるんですか? ありがとうございます、その言葉、とても心強いです!! シゲ子さん、今話したことは、二人だけの秘密にしてもらえませんか?」
そう言うと、美原はシゲ子に小指をさし出した。
(えっ!?)

「約束をするときは、指切りをするのが決まりなんですよね?」
(な……なんてかわいらしいの! なんだか青春時代に戻ったみたい!!)
シゲ子も、美原にむかって、ふるふると指をさし出した。顔は真っ赤になっている。
「指切りげんまん……っと。よかった、これで成立ですね」
美原は、シゲ子にうれしそうな笑顔をみせた。
二人だけの秘密、約束、そして指切り。
指切り、ユビキリ、ゆびきり!
気になる異性とうれしいハプニングが、今、まさにシゲ子の身に起こったのだ。
(ブラボー!!!)
この瞬間、シゲ子の心には大きな虹がかかり、大輪の花が咲き乱れ、たくさんの色鮮やかなちょうちょが、ひらひらと舞い踊った。
「美原クンっ、あたし今夜のことは絶対に誰にも言わないわ! 二人だけの秘密だものね!」
「そうです、くれぐれもナイショですよ。ところで、さっきからずっと気になってたことがあるんですけど」
「気になること!? なあに?」
「シゲ子さんは、どうしてこの公園にやって来たんですか?」
「そのことなんだけどっ! ちょっと聞いてくれる〜!? うちのダンナったらヒドイのよ、あたしのこと『ワンピースを着た白ブタババア』なんて言うの! あんまりでしょ〜!?」
「シゲ子さんのことをそんな風に? それは、ダイナミックな言いまわしですね」
「ね、デリカシーのかけらもないでしょ!? だからあたし、悲しくて家を飛び出しちゃったの。そしたら、偶然ここにたどり着いたのよ! すごいでしょ、これってなんだか運命的じゃな〜い?」
「そうだったんですか。でも、もう夜も更けてきましたから、いくら剛腕を誇るシゲ子さんでも、独りで歩くのは危ないですよ。お家まで送っていきましょう」
「えぇっ!? けど、悪いわ〜」
と言いつつも、シゲ子の顔はニヤけている。
「かまいませんよ。これぐらいのこと」
美原は、シゲ子と並んで歩き出した。
(すてき……まるでデートみたい!)
美原には「これぐらいのこと」でも、シゲ子にとっては「一大スペクタクル」だった。あこがれの人と、肩をならべて歩く。それは、今のシゲ子には、人類が月に到達し、そのうえ月面でモチをつくぐらいの、貴重かつ驚嘆すべき体験なのだ。
「見てっ、美原クン、星がキレイ!」
シゲ子は、空を指さした。春の夜空を彩る星々は、よりいっそうその輝きを増し、さながらシゲ子の胸の高鳴りを表現しているようにも見える。
「あっ、ほんとうだ。美しい星空ですね」
「でしょ〜? とってもロマンチックよね〜」
「ねぇ、シゲ子さん、こうしているとなんだか僕たちまるで――」
「ぼ、ぼぼ僕たちまるで!?」
シゲ子の胸の鼓動が、急激に速くなった。
(どうしよう、「恋人同士」みたいだなんて言われちゃったら! そんなのいけないわ、でも……エヘヘヘ〜♪)
シゲ子のドキドキが最高潮に達したそのとき、美原は、よく通る声で、はっきりと言った。
「まるで、仲の良い親子みたいですよね!」
(お。お、おおや……。親子ですってー!?)
この瞬間、シゲ子の心には大きな雲がかかり、花々は枯れ果て、イナゴの大群が、ごうごうと押し寄せた。
「み、美原クン。もうここでいいわ、家、すぐ近くだから……どうもありがとう」
没落した貴族のような絶望に打ちひしがれるシゲ子。
「こちらこそ、今夜はありがとうございました。じゃあ、シゲ子さんまた教室で。ご主人と仲直りしてくださいね!」
いっぽう美原は、王子らしい気品のある笑みを浮かべながら、シゲ子の前からさわやかに去っていった。
次週「第二話 恐るべき敵を倒せ!2」につづく■
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