イラスト(C)得能史子
新・脱力小説(毎週更新)
6月
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  第三話 君は薔薇よりたくましい

 
 

 ここは「暗黒闇雲団」のアジト。
「なにぃ、ムチャ指揮官がやられただと!?」
「申し訳ございません、ヤブレカブレ様!!」
 シゲ子との戦いに敗れた鉄仮面たちは、みなヤブレカブレの前にひざまずいた。
「異次元世界でも屈指の強さを誇るムチャ指揮官が倒されるとは……いったい何が起こったというのだ!」
「そ、それが王子を捕らえようとしたところ、いきなり妙な女が現れまして……」
「妙な女?」
「ハッ、なにやら得体の知れないエネルギーを秘めておりまして、その力のせいで、ムチャ指揮官は亡き者にされたのです。我々も応戦しようとしたのですが、その女から放たれる威圧感のせいでまったく身動きがとれず……」
「愚か者め!」
 ヤブレカブレは、手に持っていた槍を鉄仮面たちに振りかざした。
「ギャーッ!!」
 槍の先から放たれた雷撃により、鉄仮面たちはあっという間に気絶してしまった。
「それで逃げ帰ってきたというのか! たかだか女一人に『闇雲部隊』ともあろうものがなんというザマだ!」
「お言葉ですが、ヤブレカブレ様……」
 横から口をはさんできたのは、水鏡をのぞいている魔術師風の側近である。
「どうした、闇賢者サギ」
「その女の力を侮ってはなりません……その女はただの女ではないのです……」
「ただの女ではない、だと!?」
「えぇ、女というものは本来男よりも脆弱な生き物だとみなされておりますが、不可解なことに、例外が存在するのです……」
「例外!? なんなのだ、それは!」
「それは……『オバサン』という最強の階級(クラス)です!」
「オバサン!?」
 耳慣れない言葉に、アジトにいる者たちはみな動揺の色をみせた。
「王子の逃げ込んだ世界の女はある一定の年齢に達すると、みなこの『オバサン』に変化するのです……『オバサン』になると、恥じらいや遠慮、初々しさというものが徐々に失われていき、そのかわり、したたかさやふてぶてしさ、ずうずうしさなどが驚異的にアップし、ちょっとやそっとのことではビクともしなくなるのです……詳しくはこちらをご覧ください……どちらも同じ人物です……」
 闇賢者サギは、空中に二つの映像を浮かびあがらせた。ひとつは、かわいらしい十代の少女が、おしゃれな服を着て街でウインドウショッピングをしている光景で、もうひとつはポッチャリした五十代くらいの女性が、五年前くらいに買ったバーゲン品のトレーナーを着て百円ショップで日用品を大量に購入している光景だった。
「な、なんというすさまじい変わりよう!」
「他にも……この『オバサン』の習性としては、集団でかたまることが多く……うわさ話を好み……とりわけ、『ミーハー』という部類に属する『オバサン』は、美男子の話題になると、エネルギーが急上昇します……彼女らは、好きな美男子についてありとあらゆる知識をたくわえ、また、好きな美男子を見るためならどこまでも飛んでいくという、並はずれた機動力までも兼ね備えているのです……今度はあちらをごらんください……」
 闇賢者サギは、新しい映像を表示した。イケメンで名高い海外の人気スターが、日本の空港に降りたった場面である。
「美男子の行く先に多数の中年女が看板を持って待ちかまえているぞ。こいつらはデモ隊か!?」
「いいえ、こちらは『熟女ファン』と呼ばれる『オバサン』の集団です……彼女たちは、美男子の行く先々にこうやって砂糖に群がるアリのごとく集結し、その勢いたるや、警備隊でも抑えることが難しい、と聞いております……王子を助けたというその女も、きっと王子の美貌にひかれてやって来たに違いありません……王子のためなら、その猛々しい力を存分に発揮するでしょう……」
「しかし、いくら強いとはいえ、しょせん相手はもう若くない女であろう。戦い続ければ、あっという間に体力がなくなるのではないか?」
 ヤブレカブレの臣下の一人が、高をくくって言った。すると、闇賢者サギは険しい形相になった。
「『オバサン』にむかって『もう若くない』などという言葉を絶対に使ってはなりません! 鬼のかんにん袋の緒を切るようなものです……破壊力をさらに増幅させるようなものです……『オバサン』は、自分が老けていることを認めたくないのです……自分ではたわむれに口にしてみても、他人から指摘されると、本気で怒り狂う……それが『オバサン』なのです……!!」
「本当のことを言うと凶暴化するとは、なんたる手ごわい敵! そのような者とどのように戦えばよいのか!?」
 ヤブレカブレの臣下たちは、うろたえた。
「今戦いを挑んだとしても、返り討ちに遭うだけでしょう……しばらく相手の様子をみようではありませんか……」
「だが、そんな悠長に構えていては、いつまでたっても王子を捕らえることが不可能ではないか!」
「なに、急ぐ必要はありません……我々の邪魔をする者は、この国――アスコルビンにはもはや一人もいないのですから……」
 闇賢者サギは、また新しい映像を臣下たちに見せた。
「おぉ、これは!」
 臣下たちは感嘆の声をあげた。臣下たちの目には黒い霧に包まれたアスコルビン城が映っていたのだ。
「私の魔法であみ出した結界『影しばり』……この霧が発生しているかぎり、王家の者はもちろん、アスコルビンに住んでいる国民全員まったく身動きがとれません……これで今やアスコルビンは、ヤブレカブレ様の手中におさまったも同然……ですから下手に動くよりも、あせらず待つのです……あの『オバサン』を破ることのできる絶好の機会を……!」
 闇賢者サギは、ニヤリと笑みを浮かべた。
 
 遠い異次元の世界でそのようなやりとりが行われているとは、当然夢にも思っていないシゲ子は、今日も、元気にフラワーアレンジメント教室に来ていた。
「もうすぐ五月ネ! 五月はバラがいちばん美しく咲く季節なのよ。ワタシもバラはだーい好き♪」
 講師の名倉は、バラを抱えてうれしそうに説明を始めた。
「なんかあの先生がバラ持ってると、いかにも『本物』って感じがするわよね……」
「ほ、『本物』ってシゲ子さん。それってどーゆーイミ!?」
 みどりは、今日もシゲ子のせいで気持ちが落ち着かないでいる。
「この真紅のバラは、うちのお店で扱っている『ルビーレッド』って品種よ〜。それからこっちの薄ピンクは、ワタシの家のお庭で今日咲いたばかりの『ラ・フランス』! ステキでしょ?」
「わぁ、ほんとう! キレイねぇ」
「『ルビーレッド』は、花持ちが良くて、『ラ・フランス』はすばらしい香りがするの! どうぞ手にとって見てちょうだい♪」
 名倉は、美原とみどりにバラを手渡した。すると、急にシゲ子の目が輝いた。
「す、ステキ!」
「やっぱりシゲ子さんもそう思う? このバラすごくキレイに咲いてるものね!」
 みどりは、うれしそうにシゲ子にバラを見せた。
「赤いバラを持つと、ちょっと魔性がかかったような大人の魅力が出て、ピンクのほうだと、少年っぽい無邪気なかわいさがひきたてられているわ!」
「誰の話をしてるのよっ!」
 花より男子、とはまさにこのことである。
「みなさん、バラは美しいだけじゃないのよ〜。バラの香りには、お肌に良い成分がいっぱい含まれているの!」
(お肌!?)
 シゲ子の視線は急に名倉にうつった。
「おやおや〜、気になる人もいるようネ。そこで開発したのが、ジャンジャジャーン! 花屋『ロミオ』特製オリジナル化粧水! 天然のバラの香りがする無添加ローションよ♪ 防腐剤も鉱物油もなーんにも入ってないの! だから敏感肌の人にもオススメよ! ワタシも使い始めたらお肌がもうピチピチ♪ どォ、みなさんも使ってみない? 今ならお安くしとくわよ!」
 名倉は、自慢げに自分の頬を片手で軽くたたいた。
「ふん、モグラの愛用している化粧品なんて信じられないわ。あんなのただツラの皮がパンパンに張ってるから、つやつやして見えるだけじゃない、ねー?」
「せ、先生に聞こえるわよ、シゲ子さんっ!」
 シゲ子とみどりがヒソヒソしゃべっていると、美原が話しかけてきた。
「僕も先生にすすめられて使い始めてみたんですよ。そしたら、手や顔などの荒れが、ずいぶんおさまってきたんです」
(えっ! 美原クンも愛用者!?)
「先生! あたしそれ買います! 一ダースっ!!」
 シゲ子は、素早く手を挙げた。
「一ダースも!? シゲ子さん、いくらこの化粧水がお値打ち価格でも、そんなに買ったらお財布が真冬になっちゃうんじゃな〜い?」
「だ、大丈夫よ。お金ならカバが……ダンナがいくらでも稼いでくるんだから」
「それならいいけど、でも数量が限られてるから、シゲ子さんに売ってあげられるのは二本までネ?」
 そして、教室終了後――。
「二本で一万五千円……あのモグラ、どこがお値打ち価格なのよ!」
 シゲ子は、両手に化粧水を持ってうなだれていた。
「シゲ子さん、どうもありがとうございました」
「あっ、美原クン! いいのよこれぐらい、安い買い物よ」
 シゲ子は顔を上げ、精いっぱい明るい笑顔をつくった。
「いえ、そうじゃなくて……この間の『暗黒闇雲団』のことです」
「えっ? なんだったかしら、それ!?」
「ほら、シゲ子さんが夜の公園で打ち負かした……」
「あぁ、あのストーカー軍団! あれから大丈夫なの、美原クン!?」
「えぇ、今のところは」
「よかった〜、安心したわ」
 シゲ子は胸をなでおろした。
「僕もホッとしています。きっとあなたの激怒パワーにさすがの『暗黒闇雲団』も怖気づいたに違いありません!」
「げ、激怒パワーね……」
「ほんとうに、シゲ子さんのおかげですよ。それじゃあ、また!」
 美原は、流れ星のようにシゲ子から離れていった。
(やっぱりこのままじゃいけないわ! もっと魅力的になって、たくましい女のイメージから脱却しなくちゃ!)
 シゲ子の化粧水を持つ手にグッと力がこもった。まるで、鉄アレイを持つスポーツ選手のような迫力である。
「シゲ子さーん」
 呼び声にふりむくと、そこにはみどりの姿があった。
「みどりさん、あたしのこと待っててくれたの!? ありがと〜」
「ねぇ、シゲ子さん。明日の午後空いてる?」
「なにか用事? せっかくだけど、あたししばらくの間うちで美顔研究に励むから……」
「忙しいの? 残念だわ。この前知り合いから、フィットネスクラブの無料体験券もらったから、シゲ子さんもいっしょにどうかなって思ったんだけど。ヨガとピラティスのクラスが受講できるのよ」
「よ、ヨガ!?」
「そうよ。それからピラティス。どちらも内臓脂肪を減らすのに効果的な美容体操で、モデルさんにも人気なのよ。短期間でウエストが細くなるのが実感できるんですって」
「行くわ!」
「え? でもシゲ子さん忙しいんじゃ……」
「だから行くのよ! あたしは今、キレイになるのに忙しいんだから!」
 シゲ子の瞳は燃えていた。

次週「第三話 君は薔薇よりたくましい2」につづく■

 

 
 
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