翌朝、武の目の下には、はっきりクマができていた。
「ふわー、眠いなぁ……本当に、ゆうべの変な声はなんだったんだろう?」
武は、眠い目をこすりながら、一階へ下りていった。
「あ、お父さんおはよう〜♪」
「あぁ、おはよ……ううっ!?」
シゲ子の顔を見たとたん、武はパッチリと目が覚めた。
「あら、どうしたの?」
「どうしたの、って、シゲ子、それは俺のセリフだぞ! お前、どうしてこんな朝早くからそんなにめかしこんでるんだ!? 服だって着替えてるし……どこか出かけるのか?」
「そういうわけじゃないけど、ちょっとね〜♪」
「ちょっとね〜って、どういうことだよ!?」
(おかしい! いつもはこの時間、パジャマ姿にノーメイクでいるシゲ子が今日にかぎって、こんなにキメているなんて……まさか、地縛霊に身体を乗っ取られたんじゃ!?)
「お父さん、何ぼーっとつっ立ってんのよ? もう朝ごはんの用意できてるわよ。食べて食べて」
「お、おぅ」
武は、食卓についた。すると、そこには目を疑うような光景が広がっていた。
「こ、これは!?」
朝食は、残り物のコラボかと思いきや、テーブルには、炊きたてごはんに、アツアツのみそ汁と玉子焼き、それに野菜炒めなど、決して豪華とは言えないが、さまざまな作りたてのおかずが並んでいた。
「おはよ〜。あれ、今日の朝ごはん、お母さんにしてはマトモじゃん。あ、しかもバッチリ化粧してる。めずらし〜」
麦恵も、不思議そうにシゲ子を見つめている。
「た、たまには朝からちゃんとしたくなったのよ! それより、朝ごはんどおぉ? おいしい!?」
「まぁ……まずくはない、な」
「んー、フツー」
「なによ、おいしくないわけ?」
「そういうわけじゃあないけど……」
何か違和感があるな、と武は思った。
「いいわよ、じゃあもうさっさと出かける支度してちょうだい」
シゲ子は、武と麦恵に弁当を手渡した。
「なぁ」
武は、上目づかいにシゲ子を見た。
「お前、ほんとうにシゲ子だよな?」
「そうよ♪ なあに、見ちがえるようにキレイになったとか!?」
「いや……なんだか気味が悪いなと思って」
「なによもー! さっさと会社にいってらっしゃい!」
シゲ子は、武を強引に外へ送り出した。
「まいったなぁ……」
武は、会社に着いてもなかなか気持ちが落ち着かないでいた。
「課長、鉄野課長」
「んー?」
「あの、今度の会議の資料まとめておきましたけど……」
「あ、ああ。サンキュ」
「何かあったんですか、課長? なんか今日は顔色がすぐれませんよ」
「いやぁ、たいしたことじゃないんだけど。昨日夜中に便所行こうとしたら、洗面所から、なんか女の笑い声みたいなのが聞こえてきて――」
「えーっ、なんだか気味が悪いですね」
「だろ? そのせいで、一睡もできなかったんだよ。もう怖くて怖くて」
「なんだったんでしょうね、その声?」
「正体はまだ分からないんだけどさ。朝起きてみたら、さらに不気味なことが起こったんだよ」
「どんなことです?」
「うちの女房がさぁ、ふだんはパジャマ姿の寝ぼけた顔で、朝メシに夕べの残り物出してくるのに、なんでか今朝にかぎっては、服を着替えて化粧もして、あいつにしてはちゃんとした朝メシ作ってたんだよ。あんまりにもいつもと様子が違うから、お化けにでも取り憑かれたんじゃないかって、ちょっとゾッとしたね」
「そうですか? とても良いことじゃないですか! きっと奥さん、課長のことを思って、妻としての気合いを入れ直したんですよ」
部下は、武を元気づけようとフォローを入れた。
「でもあいつは、そんなことするような女じゃないぞ。『良妻賢母』からはほど遠いのに」
「ひょっとして、他に好きな男ができたんじゃないスか? 恋したら人間変わるって言いますよね〜」
新入社員の男が、横から首を突っ込んできた。
「なんだと!」
「こ、こら小林! 課長になんてことを……」
「いやー冗談っスよ、冗談! スイマセン」
「冗談でも、言っていいことと悪いことがあるぞ。まったく、自分の立場をわきまえろよな」
武は、にわかに不機嫌になった。
「おい、鉄野君」
ふと名前を呼ばれ、武は顔をあげた。
「部長」
「なんだか表情が冴えんね。どうだ、今夜一杯やりにいかないか。今度の会議に向けての話し合いもかねて」
「いいですね、喜んでおともします」
仕事の後、武は部長と飲みに出かけた。しかし寝不足がたたったのか、あっという間に酔いがまわってしまった。
「……で、小林の奴が、
『他に好きな男ができたんじゃないスか〜』
なんて言うんれすよ! まあったく、誰に向かって口聞いてんだっつーの! 大学出てて、あんな空気読めない発言しかできないなんて、あいつはバカれすね、大バカッ!」
武は、飲み干したビールのジョッキを、乱暴にカウンターに置いた。
「そうかな? 俺は案外鋭い読みだと思うがなぁ」
「なんれすか。部長も、うちの女房が浮気してるって思ってるんれすか?」
「そう断定はできないんだけれども……実は、ちょっと似たようなケースを知ってるんだよ。俺の知り合いの話なんだが、そいつの奥さんが、ふだん家事にそれほど力を入れてなかったらしいんだ。ある時そいつが、奥さんにそのことをきつく注意したら、翌日、家がピッカピカにきれいになってて、料理も、やたら手のこんだものばかり出てきたんだって。そいつ、奥さんが心を入れかえたって思ってたんだけど、その次の日、家に帰ってみたら、家の中がもぬけのからになってて、離婚届だけが床に置かれてたんだと」
「もしかして、俺んとこもそーなるって言うんれすか! 人が悪いなー部長はー」
「いや、だから浮気かどうかってのは分からんけどな。ただ、注意はしておいたほうがいいんじゃないかってことだよ。妻の変化のウラには、なにかがあるかもしれないって」
「あいつには……シゲ子には、ウラなんてありません! いいれすか、部長。シゲ子はれすねぇ、あれでも若い頃は……」
「分かった分かった。そんなに絡んでくるなよ、鉄野君。君にしちゃ、今夜はえらく悪酔いしてるなぁ」
「ギャップ」で魅力アップ!
女性の魅力を上げるには「ギャップ」が必要不可欠!
いつも同じような面しか見せない女性は、ちょっとつまらないと思われるかも!?
たとえば、いつもあくせく働いているアナタは、手帳や小物をかわいらしいラブリーなものに変えてみると、女性らしさがひきたつわ!
また、ふだん料理やお化粧を手抜きしているアナタは、たまにはビシッと力を入れてみて! 細かい作業にも本気で取り組むことによって、大人の女の魅力がにじみ出てくるわ!

「やってみたけど、家族には気持ち悪がられたし、疲れるだけだったわ」
シゲ子は女性誌の特集記事を読み返し、肩を落とした。
「いろいろやってるのに、どうして誰も『キレイになったね!』とか言ってくれないのかしら! まだまだ研究が足りないのね!!」
シゲ子は、テレビや雑誌などで紹介された美容法を、手当たりしだいにチャレンジしていたのだが、その効果はいまだ目に見えてこなかった。
「ヒ〜ゲ〜子〜」
外のほうから、武の声がした。
「あら、やっとお父さん帰ってきたみたい。いやに酔っぱらってるわね」
「ヒゲ子〜、今帰っらぞ〜」
武は、すっかりグデングデンになっていた。
「やぁだ、ヘンな呼び方しないでよ。ほら、いつまでも玄関に座りこんでないで、さっさと上がって」
「ヒゲ子〜、お前浮気なんれしてないよら? 違うよら!?」
「はぁ? 何言い出すのよ、突然。そんなことしてないわよ!」
「じゃ、じゃあ、お前なんれ今日は、朝っぱらからキッチリ化粧してたんら?」
「あれは……ただやってみたくなっただけよ」
「ホントかぁ〜? まさか好きな男に会うためじゃないらろ〜な。朝メシのおかずを二、三品増やしたからって、俺はごまかされんぞぉ〜」
「なんてこと言うのよ! お父さんこそ、今日はキャバクラで若い子に囲まれながら、お酒飲んでたんじゃないの!?」
「ちがうっ! 俺は部長とだけだっ! 若い子なんていないっ! 俺は部長ひとすじらぁ〜……」
武はそう言うと、その場で酔いつぶれて寝てしまった。
(失礼しちゃうわ! あたしはただ「大人の女の魅力」を上げようとしただけなのに! 慣れないことはするもんじゃないわね……)
シゲ子は切なく思った。
次週「第四話 かわるわよ!? 2」につづく■
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