翌朝――。
「あれ、お父さんなんだかいつもより顔色良くない? 髪もツヤツヤしてるし」
麦恵は、不思議そうに武を見た。
「そうか? どうしてだろうな〜」
(何が「どうしてだろうな〜」よ。一本、七千五百円なのよ。それを、それを……)
シゲ子は、面白くなさそうに朝の支度をしている。
「おい、シゲ子。今日は何も予定がないのか」
「別に。家にいると思うわ。お父さんも、寄り道しないでおとなしく帰ってきてね。間違ってもゴジラとか探しに行っちゃダメよ。どうせ勝てないんだから」
「わ、分かった」
「えっ、ゴジラって何? お父さんメジャーリーグ挑戦するの!?」
昨日のやりとりから一夜明けて、ますます混乱していく鉄野一家だった。
武たちを送り出したあと、シゲ子はだらしなく床に寝そべっていた。
「あ〜ぁ、ゆううつだわ。お父さんったら、よけいなことに首突っ込んでくるんだから……でも、どうしてお父さんがあの戦いの現場にいたのかしら? いつもは会社にいる時間なのに」
ふと、シゲ子の携帯電話が鳴った。
「誰よ、人が真剣に考えごとしてる最中にメールしてくるなんて。ヒマ人ね!」
シゲ子は、ブツクサ言いながら携帯の画面を見た。
いつもお世話になっています。お元気ですか? シゲ子さん。
「キャーッ、美原クンからだわ! 超忙しい中、わざわざメール送ってくれるなんて……優しいのね!」
昨日話したカフェの件ですが、来週の日曜日はどうですか?
「来週? 空いてる空いてる、もうバッチグーよ! 待ち合わせ場所は、市民会館にしましょ〜♪」
シゲ子は、あっという間に返事を書いて出した。
しばらくすると、美原からの返信メールが届いた。
それでは、日曜日にお会いしましょう。市民会館の前でお待ちしています。
「まあっ、『お待ちしています』だなんて! でも、王子さまにそんな気を遣わせちゃ悪いわ! この日は、朝五時に市民会館に行って、美原クンが来るのを待ちかまえてましょーっ!」
まるで、新型ゲーム機を手に入れるために、発売日の前日から電気店に並ぶ人々のような意気込みを見せるシゲ子だった。
「そうだわっ! せっかく美原クンにお茶に誘ってもらったんですもの、当日までに、ますます美しさに磨きをかけておかなくちゃ! そうすれば……」
シゲ子の脳内に、みるみる理想の物語が広がった。
「シゲ子さーん!」
「美原クーン!」
「わぁ、今日のシゲ子さんはいちだんとおキレイですね! まるで絵本から飛び出してきた妖精のようです」
「うれしいわ。あたし、たくましいだけじゃなくてこんな一面も持っているのよ! たくましいだけじゃなくね!」
「今まであなたのことを、勇ましい豪腕の持ち主だと思っていましたが、本当のあなたは、とっても女性らしい人なんですね! シゲ子さん、もしよかったら僕といっしょに異次元の世界に来てくれませんか?」
「えぇっ!?」
「あなたのような魅力あふれる人と、僕はもう離れたくないんです。お願いします、シゲ子さん! 僕にはあなたが必要なんです!」
「な〜んて……」
シゲ子は、うす気味悪い笑みを浮かべていたが、ふと真面目な顔つきになり、立ち上がった。
「どんなときも希望を捨てちゃあいけないわ! たとえ今は夢のような話でも、やがては現実になるかもしれないじゃない! それに、あんな高い化粧水を頭からかぶるようなアホおやじと老後まで連れ添っていたくないもの、正直な話!」
シゲ子はさらなる美しさを追い求めて、新たな研究に励むことにした。
「なになに、フェミニンなカラーは少しくすんだタイプを選ぶと、甘くなり過ぎなくてオススメ。今季は大人めエスニックで、いつもよりもちょっと背伸びを……やぁね、これ以上老けて見られるようになってもしょうがないのよ」
「ねーお母さん、ここに置いてたあたしのファッション誌知らない?」
「それなら今読んでるわよ〜」
「ええっ? なんで読んでるの!?」
「いや、ちょっと今後のコーディネイトの参考にね」
「ジョーダンでしょ、女子高生向けの雑誌なんだよ? いったいどこを参考しようっていうの!?」
「でも、なにか主婦世代にもタメになるようなことが書いてあるかもしれないじゃないのよ」
「ないない! ありえないから、もう返して!!」
麦恵は、シゲ子からファッション誌をひったくった。
「何よ、ケチねぇ〜麦恵ちゃんは」
ファッションの研究に行きづまってしまったので、シゲ子は代わりに美顔マッサージに励むことにした。
「お父さんのせいで化粧水がずいぶん減っちゃったけど、日々のケアはしっかりしないとね。あぁ、このしもぶくれをなんとかできないかしら〜」
洗面台の鏡に向かい、シゲ子は自分の頬をピタピタとさわった。
「なにっ、『しもべをなんとか始末できないか』だと!?」
武が、血相を変えて洗面所に飛び込んできた。
「ビックリした〜! 突然入ってくることないじゃないのよ〜!!」
「シゲ子、しもべってどんな奴らだ!? 黒ヒョウか? 怪鳥か? それとも人型ロボットなのか!?」
「また、意味分かんないこと言いだして〜。もう早く出てってちょうだいよ!」
「いいかシゲ子! そのしもべとやらを絶対にうちの家には近づけるなよ! ご近所のウワサにでもなったりしたら大変だからな!」

武がうるさいので、シゲ子は仕方なく自分の部屋に戻った。
「あ〜もう、お父さんには腹立つわね。あの人、妄想しだしたらキリがないんだから。こんな時は、ヨガ教室で習った瞑想でもしてリラックスしましょ」
シゲ子は床の上にあぐらをかいて、目を閉じた。
「たしか自分が宇宙と一体化しているイメージを浮かべるといいのよね……宇宙と一体化……宇宙と一体化……」
「一体化してどうするつもりだー!」
そこへ再び武が乱入してきた。
「お父さんっ! なんなのよ! しつこいわねぇ!?」
「お、お前が宇宙と一体化なんてとんでもないこと言いだすからだ! 一体化して何のメリットがあるんだ、宇宙のパワーを吸収して、ウルトラマンみたいに巨大化するのか!? いくら怪人と戦う任務があるとはいえ、高層ビル並みにでっかくなったりしないでくれよ! ご近所の人が見たら、えらいことに……」
「お父さんのバカーッ!」
「シゲ子!?」
「何よ、だまって聞いてりゃご近所ご近所って。結局、あたしよりも世間体のほうが大事なんじゃないの!」
「いや、俺はお前のためを思ってだな」
「何が『お前のため』よ、押しつけがましいこと言わないで。要は、目立つことはしてほしくないんでしょ!? 女房なら女房らしく、家でおとなしくメシでも炊いとけって言いたいんでしょ!?」
「いや、そんなつもりは……」
「お父さんはいつだってそうよ! あたしが何か新しいこと始めると、『金のムダだ』とか『もう年だ』とかけなしてばっかりで、良いことなんかひとつも言ってくれたことないじゃない! お父さんは、あたしのことなんてどうだっていいのよ! あたしを幸せにしようとする気持ちなんて、もう全然ないんでしょ!?」
「ちがうぞシゲ子! 俺は――」
「とっとと出てって! さもないと、必殺ビームで黒こげにするわよ!!」
シゲ子は、武を強引に部屋から追い出した。
「お父さんのバカ、バカバカ! 何がウルトラマンよ、巨大化よ! そんなにあたしは強くなんかないわ! たまには優しい言葉だってかけてもらいたいのよ〜」
シゲ子は、さめざめと泣き出した。
そのころ、「暗黒闇雲団」のアジトは、大きな危機を迎えていた。
「あぁ、サギ殿が倒されたせいで霧の結界が消えてしまった! アスコルビンの国民たちが元に戻ったぞ!」
「くそっ、ムチャ指揮官に続きサギ殿までも……我々もやがて『オバサン』に命を奪われてしまうのか!?」
「うろたえるな!」
ヤブレカブレは、部下たちを一喝した。
「何を弱気になっているのだ! あんな『オバサン』など恐れるに足らん!!」
「し……しかし、この状況でどうやって奴を倒そうというのです!?」
「いくら強くとも『オバサン』はたった一人だ。一対一では奴を倒すことは難しいかもしれないが、『暗黒闇雲団』すべてが相手ならどうだ!?」
「それなら、さすがの『オバサン』でもひとたまりもないと思いますが……ま、まさかヤブレカブレ様も出陣されるのですか!?」
「そうだ、このわしが指揮をとる。『暗黒闇雲団』の総力をあげて、王子と『オバサン』を亡き者にするのだ!!」
とうとう、「暗黒闇雲団」の首領ヤブレカブレが動き出した。
最大の敵が襲いかかろうとしているなか、果たしてシゲ子は無事に幸せをつかむことができるのか!?
次週「第七話」につづく■
|