「あら? まだ美原クン来てないわね。ちょっと早く来過ぎちゃったかしら? そういえば昔、お父さんとデートしたときも、あたし、はりきって約束の三十分前から待ち合わせ場所にいたのよね。なんだかなつかしいわ〜……ってやだわ! あんなカバ星人のことなんて、今はどうでもいいのに!」
余計なことは考えまいと、シゲ子は頭を振った。と、そこへ、
「シゲ子さ〜ん!」
美原が走ってきた。
「美原クン!」
シゲ子も、美原のもとに駆け寄ろうとしたそのとき、さっきまで晴れていた空がにわかに暗くなり、大きな雷鳴がとどろいた。
「わああ!? 今日、雨が降るなんて聞いてなかったわよ!?」
「シゲ子さん! これは、ただの天候の変化ではないようです!!」
「さすがは王子。すぐにわしらの気配に気づくとは……」
暗闇の中から、何者かの声が聞こえた。
「お前は――まさかヤブレカブレか!?」
「いかにも。わしは『暗黒闇雲団』の首領、ヤブレカブレだ。王子、そして『オバサン』よ。『暗黒闇雲団』の真の力、今ここでとくと思い知るがいい!」
「きゃあ!」
気がつくと、シゲ子と美原は数えきれないほど多くの怪人たちに取り囲まれていた。
「えぇ!? なんでぇ? どうして今日にかぎってこんなにたくさん出てくるのよ〜」
「クックックッ、『最強』とうたわれる『オバサン』も、やはり集団で攻め込まれると手も足も出ないようだな」
「だぁ〜かぁ〜らぁ〜、あたしは強くなんてないんだってば! あんたたちが勝手にそう思い込んでるだけなんだってばぁ〜!!」
「『暗黒闇雲団』の精鋭を次々に倒しておきながら、そのようなことをほざくとは命乞いのつもりか? 見苦しい! 皆の者、さっさと片をつけるのだ!!」
「かしこまりました、ヤブレカブレ様!」
ヤブレカブレの部下たちは、一斉にシゲ子に襲いかかった。
「きゃ〜っ! 助けてーっ!!」
次の瞬間、シゲ子の身体は大きく突き飛ばされた。
「いやぁ! も、もうだめ……んっ!?」
シゲ子は目を開け、自分の身体をよく見てみた。
「あら? あたし、ちっともケガしてないわ?」
不思議に思って、シゲ子はあたりを見まわした。すると、目の前には肩を負傷した男性がうずくまっている。
「美原クン!? あたしのことかばってくれたのね!!」
「いえ、シゲ子さん。僕ならここにいます」
美原は、シゲ子の横に立っていた。
「えぇ!? じゃあ、この人は……!?」
シゲ子は、驚いて男性の顔を見た。
「だ、大丈夫かシゲ子……ケガはないか……」
「お、お父さん!? どうしてこんなところにいるのよ!!」
「すまない……お前のことが心配で、後をつけてきたんだ……やっぱりお前、悪の首領との決着をつけようとしてたんだな」
「ち、違うわよ。これは完全に予想外の事態で……それより、どうしてあたしのことかばったりなんてしたのよ!? お父さん、何の力も持ってないのに!!」
「あぁ、そうだ……俺は、何の特殊能力も持たないただの一般人だ。でもな、シゲ子。そんな俺だって、誰かを守りたいっていう気持ちはちゃんと持ってるんだよ……」
「え……!?」
「この前、お前が怪人と戦っているとき、俺は、大の男のくせにただ見ていることしかできなかった……お前に加勢も応援も何一つしてやれなかった……だから次にお前が戦いに行くときには、少しでも力になりたいと思ってたんだ……俺、これで少しはお前の役に立てたかな?」
「何ガラにもなくカッコイイこと言ってるのよ!! そんなこと言ったって、おこづかいアップなんてしないわよ!?」
シゲ子は、涙目になって怒った。

「よかった……シゲ子元気そうだな……ん?……お前のそのスカート……」
「お、おかしいっていうの!? こんな時でもケチつける気!?」
「そうじゃない……こないだ着てた変なドレスよりずっといいよ……やっぱりシゲ子は、ピンクがいちばん似合うな……」
「ええっ!?」
シゲ子の頭に、ある日の思い出がよみがえった。
二十三年前――シゲ子二十歳の頃。
「シゲ子ちゃ〜ん!」
「武さん!」
「ゴメン、遅くなっちゃって……待ったかい?」
「ううん、あたしが早く来過ぎちゃったの!! 気にしないで」
「うわぁシゲ子ちゃん、そのピンクのスカートとってもよく似合ってるね!」
「そ、そうかしら? 家族からはあんまり評判良くなかったんだけど……聖子ちゃんでもあるまいし、そんな派手な服着るなって。お前みたいな田舎っぺには似合わないって」
「そんなことない! 今日のシゲ子ちゃん、まるでお姫さまみたいだよ。すごくかわいいな!!」
(忘れてた!)
シゲ子は、頭を抱えた。
(どうしてこんな大事なこと忘れてたのかしら!! ピンクが似合うって言ってくれたの、あたしのこと初めてかわいいってほめてくれたのは、他ならぬお父さんだったじゃないの!!)
「わぁ〜ん!!」
シゲ子は、声をあげて泣き出した。
「なんだ、『オバサン』が泣いてるぞ?」
「きっと我らの強さに恐れをなしたのであろう! 何が『最強』だ、口ほどにもないな!!」
「暗黒闇雲団」は勝利の喜びに湧きたっていたが、しかし、今のシゲ子は彼らのことなどまったく眼中になかった。
「お父さぁ〜ん! ゴメンね、ゴメンなさい……」
「どうしたシゲ子……何泣いてるんだ?」
「お、お父さん……あたしのこと今でもちゃんと想ってくれていたのに……あたし、あたしお父さんのこと捨てようとしてたのよ〜ぅ!!」
「捨てる?」
「うん……お父さんも麦恵ちゃんもほったらかしにして、あたし、あたし……異次元に旅立とうとしてたの! ゴメンね〜!!」
「異次元だと!? どうしてそんなところに?」
「だって……お父さん、あたしに対してキツイことばっかり言うし、麦恵ちゃんだって、なかなかあたしの味方にはなってくれないし……だから、あたしのこと本当に大切にしてくれる人のところに行きたかったのよ〜!!」
「バカだな、シゲ子……たしかに、あのヘンなコラボ飯には俺もガマンできなくて、ついヒドイこと言っちまったけど……俺は別にお前のことキライになったわけじゃなかったんだぞ……」
「じゃあ、どうしてあたしがちゃんとした朝ごはん作ったときに、喜んでくれなかったのよ!」
「それは……お前の様子がコロコロ変わるんで、喜ぶよりも先にビックリしたんだよ……お前ときたら、夜にいきなり家を飛び出したり、隣の家に勝手に上がりこんだり、かと思えば自分の部屋に引きこもったり、のど自慢大会の衣装みたいな服で出かけたり……しまいには、怪人をやっつけるヒーローになったりして、毎日別人のようだったじゃないか……シゲ子……俺はな、お前に大変身なんてしてほしくないんだ……そのままのシゲ子でいてほしいんだよ……」
「本当にそれでいいの? あたし、毎日百%手の込んだ料理なんて作れないのよ!? ごはん作りって大変なんだから!」
「それでもいい……おかしな組み合わせさえしなかったらな……」
「体型だって、ちょっぴりやせたけど、あたしまだまだふとっちょなのよ!? それでも文句言わない!?」
「もちろんだ……だって、文句なんて言ったら、お前また家出しちゃうだろ?」
「お、お父さん! あのねっ!!」
「なんだ?」
「あのね……あの、あたしのこと、今でも……」
そのとき、怪人たちがシゲ子たちの間に割って入ってきた。
「さぁ『オバサン』よ、くだらんおしゃべりの時間は終わりだ。とっととあの世へ行くがよい!!」
「何よっ!! 大切なこと聞こうとしてるときに首突っ込んでくるんじゃないわよ、このスットコドッコイ!!」
「うわーっ!!」
ヤブレカブレの部下たちは一斉に吹き飛ばされた。
「どうしたというのだ、お前たち!!」
「『オバサン』が、ものすごいエネルギー波を放出して……ダ、ダメです! とても近寄ることができません!!」
「えぇい、役立たずどもめ! おのれ、さっきの『スットコドッコイ』とは何だ!? 攻撃呪文か!?」
「暗黒闇雲団」は、一気に窮地に立たされた。
「もう〜この大事なときに……仕切り直しだわ。お父さん、正直に言ってよ。あたしのこと……い、今でも、かわいいって思ってる?」
「シゲ子、俺は――」
武が答えようとしたとき、今度は巨大な影がシゲ子たちの前に迫ってきた。
「こうなったら、わしが直々に『オバサン』を葬ってやる!! 異次元において、全知全能と称されるこのヤブレカブレによって、哀れな屍と……」
「うるさいっ! 黙ってろって言ってんでしょ、このオジャマ虫!! あっち行ってよ!!!」
シゲ子は、怒りを大爆発させた。
「こ……このわしをオジャマ虫扱いするとは……なんという屈辱!!」
ヤブレカブレの身体に大きなヒビが入った。
「あぁ、ヤブレカブレ様のお体が崩れていく!!」
「全知全能と称されるお方だけに、電子頭脳が人一倍デリケートでいらっしゃるのだ!! あぁ、これで我らもおしまいか……」
ヤブレカブレとともに、怪人たちは、煙のように消え失せた。
「やった、とうとう『暗黒闇雲団』が全滅した! シゲ子さん……いけない、今は僕もオジャマ虫だな」
美原は、シゲ子たちを静かに見守ることにした。
「あれほど言ったのに、しつこい奴らなんだから!! 今度やって来たら本気でぶっ飛ばすわよ!!」
シゲ子は、拳を振り上げた。
「シゲ子……」
武は、静かに言った。
「な、なあに!?」
「俺は――シゲ子のこと、かわいいと思ってるよ。今でも……」
そう言うと武は目を閉じ、ぐったりと地面にくずれ落ちた。
「お父さん!?」
シゲ子は武に呼びかけたが、武の反応はない。
「お父さん、お父さん、しっかりしてぇ! やだぁ、せっかく仲直りできたのに、死んだりなんかしないでよ……!!」
シゲ子は、武の手を強く握りしめたのであった。
次週「第八話」につづく■
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