イラスト(C)得能史子
新・脱力小説(毎週更新)
8月
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  第七話 今日のあなたはお姫さま

 
 

「あらっ!?」
 風呂あがりに体重計に乗ったシゲ子は、目を丸くした。
「減ってる! ほんのちょびっとだけど、体重が減ってるわ! ダイエットの成果があらわれたのかしら!?  これで、ひとまわり小さいサイズの服が入るかもしれないわね!」
 気分を良くしたシゲ子は、翌日、デパートへショッピングに出かけることにした。
「ダイエットに成功したことだし、今日はちょっぴり贅沢しちゃいましょ……あらっ!?」
 シゲ子の目に、「紳士カジュアルバーゲン」という文字が飛び込んできた。
「まー、ワイシャツが安いわ! 靴下も!! お父さんに何枚か買っていってあげようかしらね……んっ!? 今日は自分の服を買いに来たのに、
あーいやだいやだ。つい、いつものクセが出ちゃったわ」
 シゲ子は、あわてて婦人服売り場に向かった。
「う〜ん、美原クンと歩いても親子だと思われない服ってないかしら……」
「何をお探しですか?」
 店員がシゲ子に話しかけてきた。
「あの、おばさんくさく見えない服なんて売ってませんよね?」
「……お若く見える服ですね……これなんていかがでしょう?」
 店員は、入荷したばかりのシャツをシゲ子に広げて見せた。
「それ、ちょっと地味じゃない? もっと明るい色はないの? ほら、あそこに飾ってあるやつみたいな」
 シゲ子は、向かいの店先に飾ってあるどぎついピンクの服を指さした。
「お、お客さま、あちらはギャルブランドの店舗です。お客さまには少し派手かと……」
「でもあたし、ピンクがいちばん似合うって言われたことがあるのよ! ずいぶん昔だけど。えーと、誰が言ってたのかしらねぇ〜」
「では、こちらのほうがよりお似合いではないかと思うのですが……」
 店員は、上品な淡いピンクのアンサンブルを持ってきた。
「悪くないけど、形がちょっとシンプルね。もっと個性的なのが欲しいわ。でもって、着たら十五歳くらい若く見えるようなやつ」
「はぁ……ちょっとお待ちいただいてよろしいですか」
 そして数分後、店員は息を切らせて戻ってきた。
「おっ、お待たせいたしました。こちらはいかがでしょうか?」
 と、シゲ子に大きなレースがたくさんついたピンクのスカートを手渡した。ずっと売れ残っていた商品のようである。しかし、
「あら、これいいわね! かわいいし、オバサンくさくなくてとってもステキ! これ、試着してみてもいいかしら?」
 シゲ子は一目で気に入った。
「えっ!? えぇ、かまいませんよ……」
 言葉とは裏腹に、店員の顔はひきつっている。
「キャーッ! ちょっと、ちょっと来て!」
 シゲ子は、試着室の中から店員を呼んだ。
「お客さま、いかがなさいましたか? ご気分でも――ヒイイッ!!」
「見てこれ! あたしに超ピッタリじゃない!?  すごいわ、まるでアイドルになったみたい!」 
 シゲ子は、試着室の鏡に向かって、満足そうにポーズをとっていた。
「これにするわ! これちょうだい!!」
「は、はぁ……お買い上げありがとうございます」
 絶叫マシンに乗った後のような面持ちの店員を尻目に、シゲ子はスキップで店を後にした。
「うふっ、いい買い物しちゃった! 来週の日曜日には、絶対このスカートをはいていきましょ! 美原クンなんて言ってくれるかしら?」
 シゲ子は、頭の中でシミュレーションを始めた。
 
「シゲ子さーん! すみません、遅れちゃって」
「美原クン! いいのよ、あたしが早く来過ぎちゃったの!!」
「うわぁシゲ子さん、そのスカートとってもお似合いですね!」
「そ、そうかしら?」 
「まるでお姫さまみたいですよ。すごくかわいいです!」
 
「そんな、お姫さまだなんて……あらら? なんか前にこんな会話を誰かとしたような気がするんだけど……そんなわけないわよね。あたしにそんなこと言ってくれる男の人なんて、いるはずがないもの」
 シゲ子がため息をついていると、武が部屋に入ってきた。
「シゲ子、何してるんだ?」
「お父さんっ! 勝手に部屋に入ってくるのやめてちょうだいよ!!」
 シゲ子は、あわててスカートを隠した。
「お、お前がいつまでたっても部屋から出てこないんで、ちょっと気になったんだよ」
「ちょっと考えごとしてただけよ。地球防衛軍と交信なんてしてないから安心して」
 と、武を追い払った。
「フンだ。今さらあたしのことを気にかけたって、もう遅いわよ。あたしは来週、愛の一大勝負をかけるんですからね♪ あぁ〜、日曜日が楽しみだわ」
 いっぽう部屋から出された武は、ドアに耳をくっつけて必死にシゲ子の独り言を盗み聞きしていた。
「一大勝負だと!?  まさかシゲ子、日曜日にいよいよ悪の首領との決戦を迎えるのか!?」
 そして、日曜日――。
「ハッ、もう九時!? 五時に起きようと思ったのに!! もう約束の時間まで一時間しかないわ!」
 シゲ子は、急いで着替えようとした。
「待てよ、このスカートで出かけようとしたら、お父さんが『派手すぎる』とかなんとか文句言ってくるかもしれないわね……」
 そこで、クローゼットから丈の長いコートを取り出して羽織ってみる。
「よし、これでスカートがすっぽり隠れるわ。う〜ん、でもちょっと暑いわね〜」
「あれ、お母さんこんな朝早くからどこ行くの?」
 階段を下りる途中、シゲ子は麦恵に声をかけられた。
「ちょ、ちょっと買い物にね」
「えっ、そんな厚手のコート着て? 魚市場にでも行くの?」
「え〜と、その……ゴメン、ちょっと急ぐの! 台所にパンがあるから、それ朝ごはんに食べて。それじゃっ!」
 麦恵にそう告げると、そのまま玄関を飛び出した。
「フー、あせったわ。でもお父さんに見つからなくてよかった。きっとまだ寝てるのね。のんきなもんだわ」
 そう呟きながら、着ていたコートを脱いだ。
「あぁ、スッキリした! さぁ、いよいよ楽しいデートの始まりよ!! こんなドキドキ何十年ぶりかしら? あぁ、早く美原クンに会いたい!!」
 シゲ子は、コートを脇に抱えたまま、全速力で市民会館に向かった。

次週「第七話 今日のあなたはお姫さま 2」につづく■

 

 
 
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