「お父さん、お父さんっ! 頼むから目を開けてぇ!! こんなところで死んじゃイヤよぉ〜!!! お父さぁ〜んっ!!!」
「シゲ子さん、そんな大声で叫ぶと、ご主人がびっくり……」
美原は心配そうに、シゲ子に呼びかけた。
「だって、テレビなんかでよく言ってるじゃない! たとえひん死の状態でも、家族が呼びかけたら、わずかながらに反応を示したって!!」
「大丈夫ですよ、シゲ子さん。ご主人はおそらく気を失っているだけです」
「えっ?」
「命に別条はありませんよ。この程度の傷なら、僕にも治せそうだな――」
美原は、武の肩に手をかざした。すると、みるみる武の傷口がふさがっていった。
「す、すごい! 美原クン……超能力が使えたのね!?」
「あんまり大きなケガを治すことはできないんですけど……最後にシゲ子さんのお役に立つことができてよかったです」
「えっ!? 最後って?」
「シゲ子さん、僕は国に帰ろうと思います」
「えーっ!? だって、『ヤミナベ団』が……あら、そういえば怪人たちはどこに行ったのかしら? あんなにたくさんいたのに」
「あなたが倒したんですよ、シゲ子さん」
「あたしが!? ウソよぉ、あたし何にもしてないのに!!」
「あはは、最初の頃とまったく変わってませんね、シゲ子さんは」
「そんなぁ、笑わないでよ美原クン」
「ごめんなさい。でも僕、シゲ子さんのそういうところ好きですよ」
「そういうところって……えーと、それって『たくましさ』のこと?」
「たしかに、たくましいところもいいですね」
「そうなんだ〜……」
シゲ子はがっかりした。
「でも、それだけではありません。あなたの、喜びを思いきり感じられる心、壁にぶつかっても決して曲げようとしない志、そして他人を守るためなら、まわりが見えなくなるほどのひたむきな姿勢――すべてが僕の憧れなんです」
「あ、あたしが、美原クンの憧れ!?」
意外な言葉に、シゲ子は驚いた。
「僕も国を守る者として、少しでもあなたのような人になりたいと思ってるんです」
「そんな、あたしみたいになっちゃダメよ! 美原クンは今のままで充分魅力的なんだから!!」
「シゲ子さんこそ充分素晴らしい人ですよ。ご主人もきっと、そんなあなたのことが大好きだと思います」
「そ、そうかしら……」
「いっしょにお茶をすることができなくなってしまって、ごめんなさい」
美原は、シゲ子に深々と頭を下げた。
「あ〜っ! そういえばそんな約束してたのよね!! たしかに残念……だけど、何にせよここに来てよかったわ。大切な人の気持ちに気づくことができたもの。思い出は大事にしなくちゃね」
「そうですね……シゲ子さん、今までどうもありがとうございました。僕、あなたのこと決して忘れません、いつまでもご主人と幸せに暮らしてくださいね!!」
美原の身体は光の波に包まれ始めた。
「あたしだって、美原クンのこと絶対に忘れないわ! 異次元に帰っても元気でね! また遊びに来てね!!」
やがて、光の波は完全に見えなくなった。
「さようなら、王子さま……」
シゲ子は、悲しい別れをふっ切るように空を仰いだ。
「う〜ん……」
武が、だるそうに目を開けた。
「お父さん? 気がついたのね!!」
「おぉっ、シゲ子! おまえ無事か!? ケガはないか!?」
「大丈夫よ。お父さんが守ってくれたおかげで、傷一つ負ってないわ」
「……よかった。あれっ? 怪人たちは!?」
「あぁ、それならお父さんが寝てる間にやっつけちゃったわ!」
「えっ、もう!? すごいな、シゲ子! でも、こんな危険なことには関わらないでくれよ、頼むから」
「大丈夫よ、これでようやく元の生活に……」
「だが、もしやむを得ない争いに巻き込まれてしまったら、そのときは俺に任せろ。おまえの代わりに俺が敵をやっつけてやる!」
「あ、ありがとう……」
「ん? ……なんで俺、ケガひとつないんだ?」
「そ、それはね! えーと、怪人たちを倒した後、地球防衛軍の人たちがやって来てお父さんを手当してくれたのよ!!」
シゲ子は強引にごまかした。
「えっ! 地球防衛軍の人たちが来てたのか!? バカ、お前どうして俺を起こさなかったんだ!!」
「だって、何回も大声で叫んだのに、お父さん全然気がつかなかったのよ!?」
「なんだ〜。もし会えるって分かってたら、あいさつぐらいしたかったなぁ〜。『いつも家内がお世話になってます』ってさ」
武は、本当にくやしそうである。
(も、もしかしてお父さんが後をつけてきたのは、あたしを助けるためじゃなくて、ただ地球防衛軍に会いたかったから!?)
シゲ子は不安にかられたが、
「でも、本当に無事でよかったな。シゲ子」
と、武が笑ったのでホッとした。
「ねぇ、武さん」
「なんだよ、急にあらたまった呼び方して」
「あたしたち、さすがに王子さまとお姫さまってわけにはいかないけれど、これからもずっといっしょにいたら、きっと素敵なおじいさんとおばあさんになれるんじゃないかしら?」
「おじいさんとおばあさんか。それならきっと簡単になれるかもしれないな」
「やっぱりそう思う?」
「だってあと十年もたてば、俺たち孫がいてもおかしくない年齢になるんだぞ」
「ちがう、ちがーう! そういうことじゃなくって〜!! もっと仲むつまじい関係になれるんじゃないかって思ったのよ!!」
「仲むつまじい関係って?」
「たとえば〜、こうやっていっしょに外出しているときは、手をつないで歩くとか〜」
「バッ、バカ言うなよ! 十代、二十代のカップルじゃないんだぞ。手なんてつないで歩いてたら、ご近所の人になんて言われるか……」
「まーた出た『ご近所』! 別にどうだっていいじゃないの!! そんなに手つなぎたくないって言うんだったら、あたしここで巨大化するわよ!!」
「巨大化!? おい、変なウソつくのよせよ」
「ウソじゃないわよ。高層ビル並みにでっかくなって、『鉄野武の妻です!』って日本中に叫んでやる!!」
「わかった、わかった」
武はシゲ子と手をつないだ。
(ふふふ、こんなほのぼのした気分になれるんだったら、「シゲ子マン」でいるのも案外悪くないかもね♪)
シゲ子は、うきうきと家路についた。
「なんなの、二人ともそのカッコ? お母さんは、ヘンなスカートはいてるし、お父さんはボロボロだし……今までいったい何してたの!?」
麦恵は、朝とは変わり果てた(?)シゲ子たちの姿に驚いた。
「ちょ、ちょっと外出先でいろいろあってね」
「わかった! 二人で大ゲンカしたんでしょ!! お母さんがヘンなカッコで出かけようとしたから、お父さんがそれを止めようとして……」
「ちがうわよ、その逆! あたしたち、仲直りしたのよ、ね〜♪」
「ま、まあな」
「えっ、そうなの!? 何があったんだろ、ホントに……」
夫婦ってよく分からない、と麦恵は思った。
それから数日後――。
「おい、シゲ子。今日はフラワーアレンジメント教室に行く日だよな?」
「そうだけど?」
「そうか……がんばってこいよ。でも絶対無理するんじゃないぞ! もし何かあったら俺に電話しろ! いつでも駆けつけるからな!!」
「う、うん。助かるわ……」
(気持ちはうれしいけど、あの人ったら、まだフラワーアレンジメント教室のことを秘密基地だとカン違いしてるのね……)
夫の応援を素直に喜べないシゲ子だった。
「こんにちは、みどりさん!」
「あらシゲ子さん、こないだのド派手……いえ、ド、ドレッシーなカッコはやめたのね?」
「そうなのよ、あたし今まで自分を変えようと努力してきたんだけど、急激なイメチェンは、かえってよくないってことに気づいたの。本来自分が持っている良さに目を向けることも必要なのよね」
「し、シゲ子さん! すごいわ、あなたにしてはめずらしくマトモな発言じゃないの!!」
「えっ? あたしにしては……って!?」
「あっ! ……き、気にしないで。それよりね、シゲ子さん。あなたに残念なお知らせがあるの。どうか落ち着いて聞いてちょうだい……実はね……」
そのとき、講師の名倉がどんよりした表情で教室に現れた。
「はぁ〜い……それでは……講習を始めます……」
「み、みどりさん、なんであのモグラ、あんなお通夜みたいな顔してるの!?」
「それがね……美原クン、突然バイト辞めちゃったみたいなの」
「えっ!?」
(そっか! 美原クン異次元に帰っちゃったから、この教室にはもう来ないんだ!)
「だから、先生ぬけがらみたいになってるのよ、美原クンのこと大のお気に入りだったのに……シゲ子さんも、気を落とさないでね」
「大丈夫よ。さびしくないって言ったらウソになるけど、美原クンは他にやるべきことがあるから、ここから去っていったんだと思うわ。悲しむよりも応援してあげなくちゃ」
すると、名倉がすごい形相でシゲ子のほうを見た。
「なによッ! いかにもいい女ぶったこと言っちゃって!! だいたいアナタが夜の毒蛾みたいなカッコでここに来るから、美原クンがびっくりして逃げちゃったんじゃないの!!」
「まあっ! そういう先生こそどうなのよ!? 結構しつこく言い寄ってたりしたんじゃないの!?」
「そんな迷惑になるようなことしてないわッ!! 美原クン、いったいワタシの何が不満だったのかしら……週に一度は必ず、励ましのメッセージつき花束をおうちに贈ってあげたのに……」
(そ、そんなことしてたんだ……)
シゲ子とみどりの背中に悪寒がはしった。
「新しいバイトの子(男性限定)を募集したけど、履歴書を送ってくるのはどいつもこいつも似たようなイモばっかり! きっとあんな花のような美青年、もう二度と現れないんだわ……もうワタシの人生枯れ果てたも同然よーッ!!」
名倉は、机につっ伏して大声で泣き始めた。
「あの、店長……ちょっとよろしいですか?」
花屋「ロミオ」の従業員が、名倉に声をかけた。
「なぁに!? 人が感傷にひたってるときにッ!!」
「す、すみません。実は今バイト希望の子が来てるんですけど、どうします? なんでも、履歴書出すのが遅くなったとかで、直接持って来たそうなんですけど……」
「えぇ!? 今ごろ持って来られたって困るわよッ! この忙しいときにッ!!」
その言葉を聞いたバイト希望の青年が、教室に飛び込んできた。
「ごめんなさい、でも僕どうしてもこのお店で働きたくて……今からじゃもうダメですか?」

その外見たるや、まさにシゲ子と名倉の理想のタイプだった。
「ま……まったく問題ないわ! パーフェクトよ! バリバリ働いてちょうだい!!」
シゲ子は、思わず青年に向かって言った。
「お待ちッ! なんで、シゲ子さんが勝手に採用決めるのよッ!!」
「なによ、ダメだっていうの!?」
「おバカッ!! いいに決まってるでしょ!! あなたがエラそうなのがムカつくだけよッ!!」
名倉はそう言うと、今度は急に優しい口調で青年に話しかけた。
「ゴメンなさいねェ〜。こんな騒がしいところにわざわざ来てもらって。ここでの仕事は、こういう獰猛なオバサンも相手にしなきゃいけないんだけど、それでも大丈夫かしらン?」
「僕、にぎやかな職場って大好きです! どうぞよろしくお願いします」
青年は、にこやかにシゲ子たちに挨拶をした。
「やだー、すごくいい子! こちらこそよろしくね〜!! そうだわっ、この近くに新しいカフェができたんですって!! 今日さっそく歓迎会やりましょ〜!!!」
「だから、どうしてシゲ子さんがなんでも勝手に決めちゃうのよ! ここはワタシの教室よッ!」
「アハハ……一瞬、いつもより穏やかになったと思ったけど、やっぱりいつものシゲ子さんね」
みどりは気が抜けたように笑った。
この世に素敵な人がいるかぎり、シゲ子の「おとめ心」が滅びることはない。
彼女が、「素敵なおばあさん」になるのは幸か不幸か、まだまだ先のことである。
おわり
■『鉄人主婦☆アンチエイジャー』はこれにて最終回です。ご愛読ありがとうございました!
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