オレゴン通信
オレゴン通信

大石洋子 2010年10月25日

#173 頭にマヨネーズ

 小学一年の娘のクラスからEメールが届いた。開けてビックリ。頭シラミ発生のお知らせであった。
 シラミって、戦後の日本じゃあるまいし……と思いきや、アメリカでは、子どもの集まるところでけっこう普通に発生しているらしい。メールには、
「今朝、学年全員の頭をチェックしました。シラミが見つかった子は、すぐに家庭に連絡して、引き取りにきてもらいました。家庭で退治してください」
 淡々と書かれていた。
 頭シラミは、帽子や服、クシ、イヤフォンや家具の布などを介して

頭から頭に移動

するのだそうだ。そういうものを友だちどうしで貸し借りしないよう家庭で指導してください、と書いてあったが、そんなもの貸し借りしなくても、一年生たちは犬ころのように抱き合ったり、からまったりが日常茶飯事。シラミにとっては、新しい頭に乗り移れる機会が豊富にあってさぞや楽しかろう、という状況である。
 シラミ専用のシャンプーが売っているそうだからそれで洗えば駆除できるのだろうな、と軽く考えていたら、どうやらそんなに簡単な話ではないらしい。なんでも、シラミは卵を、髪の根元にセメント状の物質で固めて産みつけるのだそう。それを取り除くのがけっこう大変らしいのだ。学校からのメールには、これまでにシラミと戦った親たちからの体験談、お勧め駆除法などが紹介されていた。
 そのなかに、「マヨネーズを頭に塗りたくってシャワーキャップを被ってひと晩放置する」というのがあって、ぶっ飛んでしまった。なんでも油分でヤツらを窒息させよう、ということらしいのだが、寝ているときにも活動的な子どものことである。シャワーキャップを被せたところで、それがずれるのは避けられまい。枕や布団のカバー、それにシーツ、パジャマなどすべてがマヨネーズ臭くなるだろう。おまけに、マヨネーズが塗りこめられた頭を、翌朝洗うのがまた大変そうだ。
 このマヨネーズ作戦は、セメントで固められた卵に直接効き目があるとは思えない。卵は一週間から十日で孵るそうだから、その期間、毎日マヨネーズを塗って寝なければならないだろう。さらなる撃退法をみんなに伝授すべく、学校からのメールに一斉返信したある母さんが、
「これからシラミならびに洗濯物の山と戦わなければならない方々(つまりはシラミが発生した家庭の方々)、お気の毒です」
 と書き出していたが、なるほど、と納得した。
 その日、帰宅した娘に、
「今日、途中で帰っちゃった子、いた?」
 とさりげなく訊いてみたが、
「えーと……いたかな?」
 と、要領を得ない。翌日、よその母さんに訊いてみたところ、
「ウチの子は、シンディの頭にシラミがいた、って言ってたけど。あと、アンディが坊主頭にしてきたから、そうだったかもね」
 とのことであった。ふたりとも同じ学年だけれどもウチの娘とは別のクラスだ。ふう。ちょっとひと安心。
 それにしても、シンディにはひとつ年上のお姉ちゃんが、アンディには四年生のお兄ちゃんと三歳の弟がいる。兄弟姉妹がいるところにシラミが発生すると、大変そうである。アンディの四年生のお兄ちゃんも、ロングヘアをばっさりと坊主頭にしてきていた。
 日本にいる母親に、「学校でシラミ発生」とメールで伝えたら、
「信じられない! 不潔にしているとノミやシラミがわくのよ」
 と即座に返事が来た。
 うーむ。
 シラミについていくつかのウェブサイトで調べたところ、毎日シャンプーしていても、シラミはやってきてしまうものなのだ、とあった。清潔、不潔は関係ない。インフルエンザみたいなものだ、と。しかし、世間には「シラミ=不潔」と信じる人もいるから、シラミが発生した家庭はそういう面でもストレスを感じがち、と。
 いまさら母の考え方は変わらんだろうな、と思いつつ、以上のようなことを書き送ると、今度は、
「シラミやノミにはDDTじゃなかったの~?」
 と返事が来た。
 日本では、戦後にアメリカ進駐軍がDDTを噴霧したおかげで、いまやシラミはほとんどいないそう。母も噴霧された世代であろう。そのDDT本家のアメリカが、いまだにシラミで騒いでいるとはね、と母は皮肉っぽく言いたいらしいのであった。
 今回のシラミ騒動はいちおう収束したけれど、小学校三年の子がいる人が、
「もうこれまでに三回くらい発生してるわよ、ウチの子の学年は」
 と言っていた。
 やれやれ。まったく油断ができない。

 学校がらみで最近驚いたことを、もうひとつ。 
 娘が通っている学校は、幼稚園から高校までの一貫校である。それで、小学一年生と高校三年生との間に、「バディ(相棒)」という関係が結ばれる。人数がちょうど倍だから、小学一年生ひとりひとりに高三の子がふたりずつあてがわれるのだ。学校のイベントなどで「兄貴・姉貴」として、チビたちの面倒を見るというわけ。
 今月末、このバディたちが遠足で、農園にカボチャ採りに行くことになった。ハロウィンに飾るための、オレンジ色のカボチャである。
 この遠足では、チビたちが兄貴・姉貴たちのランチも家から用意していくのが慣わしなのだそうだ。で、先日、この高校生たちの食べ物に関しての制約というのが明らかにされたのだが、七十人ほどの高三生のうち、十八人になんらかの制約があった。
 食べ物の好き嫌いの話ではない。アレルギーで食べられないもの、または宗教上の理由や個人の主義・スタイルとして食べないことにしているものを挙げる高校生が、四分の一もいたのである。文化も時代も違うから比べたところで意味がないとは思いつつも、自分が高校生だったころ(三十年近く前!)のことを考えずにはいられない。クラスにベジタリアンなんかひとりもいなかったし、アレルギーの話も聞いたことがなかった。牛乳が苦手、くらいはいたかもしれないが。
 七十人ほどのうち、ベジタリアンが、九人。うちひとりは、ヴィーガンと呼ばれるハードコアの菜食主義者。肉はもちろん、乳製品、卵、ハチミツ、ゼラチンなど、動物が関わる食物すべてを口にしないという徹底ぶりだ。
 グルテンアレルギーが、ふたり。パンやパスタなどの小麦でできた食品が食べられない。
 あとは、赤身やポークなどある種の肉がダメとか、ピーナツやアボカドにアレルギーとか。
 その制約リストをもらった日、クラスメイトの母親のうちのひとりが、
「グルテンアレルギーふたりとベジタリアンひとり交換――なんて、野球みたいにトレードできるのかしら?」
 と冗談めかした一斉メールを送ってきた。
 ちなみに、我が家の娘のバディはふたりとも女の子だが、うちひとりが「ベジタリアン。ミルクはダメだがそれ以外の乳製品はオーケー」とのこと。このリストをもらうまでは、おむすびに唐揚げ、卵焼きとおひたし――日本の定番弁当でいこう、と思っていたけれど、ベジタリアンと聞いて、すっかり予定が狂ってしまった。何を作ったらいいかな、と夫に訊ねたら、
「かっぱ巻き」
 とひと言。
 たしかにねと思ったが、それだけではマズいだろう。いちおう育ち盛りなわけだし。肉や卵がダメとなると、いったいなにでたんぱく質を採るのだろうか。大豆たんぱくか。揚げ豆腐の煮つけでも作るか。アメリカ人高校生向けに精進弁当を作らなければならないというのも、なんの因果か、という感じ。
 こうして前もって食べ物に関する制約を聞いておくことで、実際に食べてもらえる(であろう)ものを用意できるからいいといえばいいけれど、一方では、なんだか釈然としない感もある。宗教上の理由とか、アレルギーなどは仕方がないと思う。が、彼らの個人的な主義にまで、こちとら大人が付き合わないといけないというのがなんとなくしっくり来ないのだ。だいたい、どこからが好き嫌いで、どこからが主義? 
 若い人の個人的主義を尊重してやるのも大事だが、毎日のことではなくてたった一度のことなのだ。

「出されたものは黙って食べる」

というのを教えてやりたい気もする。ま、せっかくの楽しい遠足のお弁当を、ひと口ごとに「うぇ」とか思いながら食べられるのも悲しいから、これでいいのかもしれないが。
 卵はダメ、というベジタリアンの子は、もしも頭にシラミが発生しちゃったら、「マヨネーズはやめて!」と言い張るのだろうか。それとも、口に入れるんでなければかまわないのかな。

Copyright (c) 2010 Boiled Eggs Ltd. All rights reserved.  Since 1999.01.01