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ポートランドの街から北西に車で三十分の、ソウヴィーアイランドに行った。イチゴ狩りに出かけたのである。
ウィラメット川を右手に見ながら、大きな貨物コンテナが並ぶ港湾地帯を通り抜けつつ高速三〇号を北上する。こんなところでイチゴ狩り……? と不安になってきたころにソウヴィーアイランドブリッジという橋が出てきて、それを渡ると、あとは突然の田園風景。アイランドといっても、ウィラメットとコロンビアのふたつの川に挟まれた地域だ。
五月の終わり、オレゴニアンという地元紙に「2003 ファームフレッシュプロデュースガイド」という特集が載っていた。ポートランド周辺の、クラッカマス・マルトノマ・ワシントンの三つのカウンティー(郡)にある七十二の農園が地図付きで紹介されており、どの農園に行けばどんな野菜や果物――いずれも採れたて――が手に入るのかわかるようになっている。アプリコット、トマト、ブルーベリーやラズベリー、イチゴなどのベリー類にさくらんぼ、桃、キャベツ、トウモロコシにインゲン豆などなど、ここには書き切れないほどの種類である。
そのうちの半数以上の農園では、
U-pick(アンタが採る)
と称して畑を一般に開放している。私と夫は、イチゴ狩りを毎年楽しむという友人の話を聞いてうらやましくなり、ソウヴィーアイランドにあるベリー専門農園を訪ねたのだった。
容器を自分で用意するようにと事前に聞いていたが、イチゴ狩りにふさわしい容器というのが一体どんなものなのか定かでない。バケツ? なんだか色気がない。籐製の手つきバスケットなど携えてイチゴ摘みというのが赤毛のアンみたいで絵になるのかなと思ったが、ちょっと実用性に欠けるし、メルヘンチック過ぎてやや気持ちも悪い。結局、ボウルだの袋だの思いつくものをあれこれ車に積み込み、ほかのイチゴ摘み客の様子を見てから現地で決めることにした。
ソウヴィーアイランドのイチゴ畑は、思ったよりも小さかった。見渡す限り一面のストロベリーフィールド……というのを想定していたのでちょっと肩透かしという感じ。アメリカの農園というとどうしても大規模農園というイメージが頭にあって、映画「フィールド・オブ・ドリームス」で見たような、海みたいに広がるトウモロコシ畑みたいなのを思い浮かべてしまうのだ。しかしまあ、トウモロコシは機械で収穫できるから大規模でも構わないが、手でひとつひとつ大切に摘むイチゴは、あまり広範囲に植えてしまうと収穫が大変なのだろう。
「大きくて酸味が強いのと、小さくて甘みのあるのと二種類あるから、いくつか食べてみて好みのほうを採るように」
と、畑の片隅のテントの下で農園の人が言った。料金は時間制ではなく採った重さに対してだから、支払いは後だ。
私たちは後者のフッドという種類を摘むことにした。ポートランドの六十マイルほど東にある富士山級の山、マウントフッドにちなんで名づけられたのだろう。丸っこいハートのような形をしたイチゴは甘く、採ったそばから次々口に入れたくなる。
私たちのほかに十人ほどいた客は、ボウルを持っている人あり、農園の人にもらったと見える小さな紙製の容器(普段スーパーマーケットでイチゴが売られている、卵のカートンみたいな風合いのもの)を使う人あり、バケツを下げている人あり。要するになんでもいいのであったが、どうやら手付きの容器が具合がよさそうだ。用意してきたスーパーのブラウンバッグに収穫することにした。
一見したときには小さいと思ったイチゴ畑は、五十ほどの畝の中に座り込んでいざ摘み始めてみると、とたんに広く感じられた。巨大な三つ葉のクローバーみたいな葉の間に、摘みごろの果実が次から次へと顔を出す。チクチクしている葉に両手首の辺りがすぐに負けてしまい、蕁麻疹が出たようになった。
小一時間も摘んだだろうか。私たちは、「もうそろそろいいんじゃない?」「いや、もうちょっと」を何度も繰り返した。熟れごろのイチゴを見ると採らずにはいられない貧乏性である。指先が真っ赤だ。
茶色い紙袋の底のほうにたまったイチゴを見たときには「たいして摘んでないなあ」と思ったが、テントのところで重さを量ってもらったら一・五キロほどあった。夫もほぼ同量収穫し、二人合わせて三キロ近く。家に帰って洗ったら、大きなボウルに二杯もあって圧倒された。
これで、四・八五ドル。一ポンド(約四五〇グラム)当たり七五セントだ。自分で摘むというお楽しみつきでこの値段はリーズナブルをはるかに超えている。まあ、農家の側としては収穫する手間が省けた上で作物を買ってもらえるのだから、彼らにとっても悪い話ではないのかもしれない。実際、ここ数年でソウヴィーアイランドのU-pick農園や花木の苗を扱う園芸店などは経済的にずいぶんと潤っているそうだ。一方では、週末にポートランドの街のほうから遊びに来る人々の車で混雑するのを苦々しく思う人もいるそうで、アイランドのことを自嘲気味に「ポートランドの遊び場」と呼ぶ住民もいるとか。
三キロものイチゴはもちろんそのままでは食べ切れず、その日のうちにほとんどを砂糖で煮付けてジャムにした。ヨーグルトに混ぜたり、ミルクゼリーにとろりとかけて食べたり。あと二カ月くらいは楽しめそうである。カビが来ないように、何度か煮返さねばならない。
翌週の日曜も天気がよかったので、またソウヴィーアイランドに出かけた。今度はイチゴ狩りではなく、ピクニック。
橋から十分くらいのところにあるハウエルテリトリアルパークは、素っ気ない感じのパークであった。雑草混じりの芝生が広がる向こう側には、リンゴと思われる小さな実をつけた果樹園が少しとレンガ色の納屋風の建物。手前に白い邸宅(ちょっとしたミュージアムとして公開されている古い家)があるため、一瞬、どこか個人のお宅の敷地にうっかり入り込んでしまったのか、と不安になる。が、何組かの家族が、ピクニックテーブル――簡単なバーベキューグリルも備えつけられている――で食事していたり、芝生の上にブランケットを敷いてお弁当を広げていたり。私たちも、入り口近くの低い木の下に大きなビーチタオルを広げた。
きーんと冷えた白ワインにイタリア・パルマ産のプロシュート、バゲットにチーズにオリーブ――なんていうと大人の格好いいピクニックという感じだが、夫も私も根っからの日本人である。青空の下で食べるんだったらやっぱりおむすびでしょう、というわけで、
ねぎ味噌と梅おかかのおむすび
をそれぞれ四つずつ。ピクニックというより遠足という感じだが、まあ呼び方はどうでもいい。
あとは木漏れ日のなかでうとうとしたり、本を読んだり。ごろごろし尽くした後にパークの中を歩き回ってみたところ、奥にあるレンガ色の建物は実は「バーン(納屋)ミュージアム」であった。ソウヴィーアイランドで農作業の際に使われてきた古い道具などが展示されている。
シャツとオーバーオール、それに麦わら帽を被った、いかにも農夫といういでたちのおじいさんが、
「強制ではないけれど、この公園は寄付で成り立ってます。ひとり三ドルいただけますか」
と言う。美しい環境の中でのんびりと過ごせた休日が、ひとり三ドルとはこれまたリーズナブル。喜んで払った。
このバーンミュージアムで案内のボランティアを始めて十三年になるというおじいさんは、五十年前にシカゴ近郊からオレゴンに移った。仕事のオファーがあって訪ねた際、自然が豊かでのんびりしているのがすっかり気に入り、それ以来オレゴニアンという。
こちらの冗談にはあまり笑わず、かといって愛想が悪いわけではない。始終淡々とした表情で、ミュージアムの中の道具やソウヴィーアイランドで採れる作物を説明したり、近くにあるファームスタンド(野菜直売所)のことを教えたりするおじいさんを見ていると、この土地に対する愛着というのが伝わってくる。
「オレゴンの人たちは本当に自分たちの住んでいるところを誇りに思ってるんですねえ」
私がそう言うと、おじいさんはちょっと照れたような、困ったような表情を浮かべた。
ポートランド近郊は、おじいさんが移ってきてからずいぶんと変わったそうだ。昔は一面の畑だったようなところが、今はショッピングセンターになっていたり。「自分もよそから来た者だが」と前置きしながら、人口の増え続けるこの地域の将来を憂えている様子であった。私は、以前に雑誌で読んだ、オレゴニアンたちの本音というのを思い出した。
「オレゴンへようこそ。ご滞在の間は存分に楽しまれますよう。でも、後生ですからここに来て住もうなどとはお考えになりませぬよう」
私たちが話しているところに、四人のグループが入ってきた。おじいさんは、「強制ではありませんが、この公園は寄付で成り立っています」という例のセリフを彼らに向かって言い始めた。それをしおに、夫と私はおじいさんに挨拶してミュージアムを後にしたのだが、四人のうちの少し太り気味の男が「金、取るの?」と言っているのが聞こえた。私たちのすぐあとに出てきた彼らは、お金を払ったふうはなかった。おじいさんのため息が聞こえた気がした。
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