寒い。
日本からは蒸し暑いという声が聞こえてくるので申し訳ないのだが、なんだか今年のポートランドの夏はここまでのところ、寒いのだ。
なにしろ、いまだに冬の掛け布団がしまえずにいるのだから。日中に晴れて気温が上がったような日には、寝室にも熱気がこもっていて夏掛けが必要になるが、曇りや雨だった日には、いまだに冬の羽毛布団が手放せないのだ。
こういうちょっと暑い日と涼しい日がほとんど一日交代にやってくるものだから、寒暖の差についていけず、風邪をひいてしまった。
私たちがいま住んでいる家の裏庭に、ほんの小さな人工の滝がある。電動のポンプで汲み上げられた池の水が、上から落ちてくるという仕組み。
ポンプを詰まらせないようにと池の水から網でゴミをすくい取り、電源を入れてみた。水はじょろじょろーっと滝の上の段から滝つぼ(というほどのものではない、ただの池なのだが)に勢いよく落ちていく。だれが作ったんだか知らないけれど、こんなおもちゃみたいなものに電気まで使ってよくやるねえ……と思いつつ、水が落ちていくさまを見ているのはなかなか心地よい。
が、夜中に滝からゴッ、ゴッという大きな音がし始めた。どこかから水が漏れているようで、ポンプが空回りしていたのだ。池にはまだ水があったが、滝まで循環させるには量が足りないと見える。すぐに電源を切った。
滝の電源が入っていないあいだに池の水が減らないところをみると、水漏れは滝の上段のほうで起こっているようだ。修理業者を探そうかなあと思いつつもそのまま放っておいたら、
池に見事にボウフラ
がわいた。
初めて見るボウフラは、一生、水の中で過ごす生き物のように見えた。しばらくじっと動かないでいるかと思うと、いきなりちくん、ちくんと全身をチックのように動かす。とても成長してから空中を飛び回るような生き物には見えない。
「これ、おたまじゃくしの小さいヤツじゃないの?」
「ボウフラだって!」
愛媛の山育ちの夫が、断定口調である。
そう言われてよく目を凝らしてみると、たしかにヤツらはおたまじゃくしというよりは、蚊の胴体部分のみというようにも見えた。ミクロ版ケムンパスというか(ケムンパスは毛虫だけど)。
小さな池の中で無数のボウフラがちくんちくんと体を動かしているのを見ていると時間が経つのを忘れるのだが、彼らみんなが蚊になることを思うとぞっとする。私は異常に蚊に食われやすいのだ。
「あ、私も蚊にすぐ食われるほうなの」
蚊の話をすると、こう同調する人が必ずいるものだが、私は「あら、あなたも。困っちゃうわよね」とにこやかに答えつつも、蚊に好かれるという点では私の右に出るものはいない、とひそかに自負している。
つい先週も、七人ほどで森林のなかを散歩していて、私だけが瞬く間に三箇所も蚊に食われた。
また、半袖半ズボンという、蚊に対して無防備な連れが何人もいるなか、私だけが長袖長ズボンというような場合にも、蚊はわずかな隙をついて、わざわざ私の顔を食いにくる。
この五月の日本への一時帰国の際には、鹿児島で友人宅の庭にいたときに、私だけがひとり、蚊に食われた。しかも、おでこ。すぐに友人がキンカンを出してきてくれたので、「なつかしいねー」などと言いながら夫につけてもらったところ、キンカンが流れてきて目に入り大変な思いをした。
なんでも、血液型がO型で、色黒の人が食われやすいのだそうだ。私はどちらにもあてはまる。血液型のほうはマユツバらしいが、後者はアメリカのニュース番組で実験しているのを見たことがある。また、体温が高めの人も蚊に好まれるらしい。
最近、アメリカでは夏になると、蚊を媒介にして人に感染するウエストナイルウイルスというのが話題になる。鳥にもうつるようで、道端で死んでいる鳥を調べてみたらこのウイルスが検出された、というニュースをよく聞く。人も感染すると、まれに死に至ることがあるらしい。
ボウフラの温床である淀んだ水を裏庭に放置していることがうっかり近所に知れたら、苦情が殺到しそうだ。
とにかく早急にボウフラを退治しなければならない。
とりあえず網ですくってみた。が、水に網が入ったことを知ると、ボウフラたちはさっと身を隠してしまう。それに、ほんの十五分やそこらしゃかりきになって網ですくってみたところで、私がいないあいだに蚊は無数の卵を産んでいるようで、まったくのいたちごっこであった。
出入りの庭師から、漂白剤を垂らすといいと聞いた。また、ボウフラはアルカリが嫌いだから、お菓子の袋などに入っているシリカゲルを少し入れておくとてきめんだ、とも。が、こういう方法で撲滅すると、ボウフラが食べていたバクテリアが増殖して、水が濁るのだそうだ。それでは困る。
あれこれリサーチした結果、ボウフラ対策には魚を飼うとよい、ということがわかった。薬剤を使って退治するよりも、このほうがずっと寝覚めがよさそうだ。
そこで、ペットショップへ。
「金魚ください」
と言ったところ、店員に、
「池の水のサンプルを持ってきて」
と言われた。金魚が住める水質かどうか確認してから売るよ、と。
金魚なんてすぐに売ってくれるものだと思っていたのでちょっとオドロキだったが、家に戻って池の水をペットボトルに汲み、再びペットショップへ。
検査に見事合格し、晴れて金魚を十匹購入。二ドル九十セント。セール中であった。
こうして、赤と黒の小さな金魚を十匹、池に放した。みんな忙しそうに泳ぎまわって、新居のチェックに余念がない。
思えば、私は金魚を飼うのは初めてである。子供のころ、野原の隅っこを掘って遊んでいたら、だれかが埋めた金魚の死がいを掘り当ててしまったことがあり、それ以来、小さな魚はちょっと苦手なのだ。小魚(ちょうど金魚くらいの大きさ)の佃煮などは、なかなかハードルが高かったりする。
しかしまあ、池にいる金魚は上から見ることになるのでいつも細い流線型で、掘り当てた金魚の姿とはちょっと違うし、家のなかの水槽に飼っているのと違って、自分とはだいぶ距離がある。それに、ただペットとして飼い始めたというよりは、ボウフラ撲滅という仕事というか任務を遂行してもらうべく「雇った」という意識もあるので、小魚が苦手だなどと言っている場合ではない。
で、その
雇われ金魚の仕事ぶり
なのだが、驚くべきことに――いや、そのつもりで買ってきたのだから驚くのも変なのだが――彼らは非常に有能であった。なんと、ボウフラをすっかり食べてしまったのだ。一匹残らず。しかも、ほんの三日くらいのあいだに。
網を振り回して日々ボウフラと格闘していた私はいったいなんだったのだろうか。私にできなくて、金魚にできることがある――人間だからといって、鼻高々、なんでもできるなどと奢らぬように、という金魚からのメッセージであろうか。一匹二十九セントの金魚の、ありがたい教えである。
鳥や猫に金魚が食われないようにと、池の上にネットを張ってやった。ボウフラがもうすっかりいないので、週に二度ほどエサをやっている(ちなみにエサは八ドル九十九セント。金魚よりもずっと高かった)。
ボウフラ問題が解決したところで、ああそうだ、滝を直そうとしていたのだ、と思い出した。
庭師は、滝のポンプを回しても金魚は死んだりしないと言っていたが、本当だろうか。絶え間なく動く水にストレスを感じやしないだろうか。ポンプに吸い込まれたりしないだろうか。
あるいは、滝を登ってみようと試みるヤツなど出てきたり――しないか。
滝の水漏れを修理しようかどうしようか、思案中である。
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