アメリカのおいしい生活
7月
16日月曜日

Back Number

About the Author

Mail to the Author

 

 

 

  #101 お電話待ってます
 
 

 引っ越してからもう三カ月経つというのに、家のなかがちっとも片付かない。修理のおじさんが、いつまで経っても仕事を終えてくれないからである。
 家のなかにいろいろと不具合のあるところがあったので、ハンディマンに修理やちょっとした改築などをお願いしたのだ。
 最初の日、見積もりを取りにきたハンディマンと私とで家のなかを回って、「この部屋の天井に電気をつけてください」とか「ベッドルームの部屋の一角に作りつけられた三角の棚と、壁につけられた鏡を取り払ってください」とか「テレビやDVDデッキを置くための棚を作ってください」などと、依頼の内容を説明した。
 トミーというハンディマンのおじさんは、家作りや修理にかけては

三十年以上というベテラン

だという。その昔、倉敷と箱根でリゾート施設の建設にかかわったことがあるとかで、私の拙い英語での説明をいらつくことなく聞いてくれたし、また自分の子供が三人、養子が四人、孫が十一人いるとかで、そこらへんをちょろちょろする私の娘にも愛想よく振舞った。
 私が依頼のすべてを説明し終わると、トミーはそれまでに書きとめたメモを見ながらひとしきり考えたあと、
「二日か……三日でできるかな」
 と言った。見積もりとして出された金額も、私が考えていたものよりもだいぶ少ない。ほかの業者にも見積もりを出してもらって比較しようと思っていたが、トミーがいい感じだったし安いしで、彼にお願いすることにした。
 それからすでに二カ月以上。
 二日か三日で終わるといっていた仕事は、とてもその日数では収まらなかった。ほかの家での仕事も請け負っているトミーは、空いた時間を見つけては半日とか二、三時間という具合にちょこちょこ我が家にやってくる。通算すると、我が家の修理にかれこれ六日間はゆうにかかっている。
 あまりにも仕事が遅いので、「裏庭とドライブウェイの間に作ってもらうはずだったゲート付きのフェンス、あれは作らなくていいです」とか「玄関の鍵を増やしてもらうことにしていたけれど、あれもいいや」と依頼の量を減らしたくらいである。ゲート付きのフェンスなんて、できあがるまでにいったい何日かかることやら。
 そうこうするうちに、トミーが属するハンディマン派遣の会社(要するに元締め)から電話がかかってきた。
「見積もりよりもずいぶん仕事に時間がかかっているので、料金を上げようと思って」
 その新しい料金というのが、元の見積もりの一・五倍なのだ。
 バカ言ってんじゃないよ! こちとら依頼した仕事がいつまで経っても終わらないものだから、家のなかが片付かなくてイライラしているのだ。だいたい、見積もりとして出された金額に納得したから彼らに仕事を頼む気になったわけである。契約をして仕事を始めたあとで料金を上げるなんて、詐欺まがいじゃないか。もちろん見積もりは見積もりだから、実際にやってみたら違いが出ることはあるだろうが、一・五倍とはなにごとだ。最初の見積もりがいい加減すぎるのではないか。おまけに、最初に頼んだ内容よりも仕事は減らしたのだから、料金が下がってしかるべきだとさえこちらは思っていたぐらいなんだ!
 ――というようなことを、穏やかに、控えめに言ってみたところ、元締めは、
「えーと、トミーと相談して折り返し電話します」
 と言った。
 それからすでに一週間。トミーからも元締めからも連絡はない。我が家の各所には、トミーのやりくさしの仕事が残されたままだ。
 
 アメリカ人が「電話します」と言った場合、その電話はまずかかってこないと思ったほうがいい。
 友人、知人、恋人関係ならいざ知らず、店や会社のカスタマーサービス担当が「電話します」と言ったときには、その電話はかかってきやしない。そう思っておいたほうが精神衛生上、安全である。
 ハンディマンの元締めからの電話に加え、私はいま、子供用品店の家具担当からの電話も待っている。
 三年まえ、娘が生まれたときにベビーベッドをその店で買った。子供の成長に合わせてサイズを変えられるベッドである。いまや娘も大きくなったので、部品を買い足して普通サイズのベッドにしようと思い、店に電話をしたのだ。
 買ったときのレシートにあった品番と品名を言ったが埒が明かない。コンピューターのキーボードをかちゃかちゃいじる音に続いて、「そんな商品はありません」
 店に出向いてレシートを見せると、コンピューターで検索の結果、その商品はすぐに見つかった。普通サイズのベッドにするには、レールという横の長い板が必要だという。ただし、私が欲しい白木の在庫がいまはない。
「メーカーに連絡して取り寄せます。あなたの電話番号を教えてください。部品が届き次第、連絡しますから」
 太めの若い女店員が私の名まえと電話番号をメモした。
 それから一週間。彼女から連絡はない。
 こちらから電話してみることにした。
 もちろん、すでに部品が到着しているなどと期待するほど私は能天気ではない。彼女が言ったとおりメーカーに連絡しているか、つまり私の件についてやるべきことをやっているかどうかを確認しておこうと思ったのだ(これまでの経験からして、メーカーに連絡どころか、私の連絡先を書いたメモがどこかにすっ飛んでしまっていたとしても、ちっとも不思議ではない)。
 担当の女性はいなかった。電話を取った男店員に用件を話し、担当者から電話をさせるようにと言うと、陽気な彼は、
「ベ、ッ、ド、の、け、ん、で、ヨ、ウ、コ、に、で、ん、わ……っと」
 いかにもちゃんとやっていることを伝えるかのように、メモに書きつけている内容をいちいち私に言ったあと、
「必ず電話するように僕が確認します。家具の担当者は今日の午後一時半から店に来るから、そのあと――そうですね、二時過ぎくらいかな。遅くとも七時までには必ず電話すると思います。では、今日は天気がいいから、素敵な午後をお過ごしください」
 唇にオイルでも塗っているのかというくらいにツルツルと饒舌に話した。
 が、もちろん担当者からの電話はかかってきやしない。なにが二時過ぎだ。なにが遅くとも七時まで、だ。
 アメリカ人のサービス係は、

自分のほうに用がないと

電話してこないのだ。この場合は、部品が到着してから電話すればいいや、と思っているのだろう(部品の発注などまだしておらず、私からの電話で思い出して慌てて発注した可能性も大)。
 私としては、とにかく担当者と話をして進捗状況を知りたいだけなのである。ただ電話を返して欲しいだけ。カンタンなことだと思うが、アメリカでは、これがなかなかどうして難しい。
 こっちは客だぞ、とふんぞり返る気は毛頭ないが、客が「電話をくれ」と言っているのに、なぜ電話一本返せないのか。それも、苦情を言おうというのではない。商品を買いたいと言っているのである。店とすれば、売り上げが発生するのである。濡れ手で粟でしょうが、アンタ、と思うのだが。
 そういえば、ケーブルテレビ屋も電話を寄越してこない。
 いま加入している衛星テレビの具合があまりにも悪いので、ケーブルテレビに切り替えたい、とケーブル屋に連絡したのだ。すると、作業員が家にやってきて、
「お宅のところまできているケーブルはドライブウェイのところで切れています。雷かなんかでダメになっちゃったみたいですね。ちょっと大きな工事が必要になりますが――お宅には費用は一切かかりません――その日取りを決めるために、後日、担当者から連絡させます」
 そう言ったきり、もう二週間以上が経つ。
 その一方では、衛星テレビとケーブルテレビ会社は顧客取り合戦にしのぎを削っており、「いま加入したらこんなに安いですよ」という勧誘のチラシや手紙がばんばん送りつけられてくる。そんななかに、「連絡する」と言ったきりのケーブル屋からのダイレクトメールを見つけると、「だから加入したいって言ってるじゃないのー!」と叫びたくなる。
 このテのはなしは、アメリカでは枚挙に暇がない。
 こんなにいい加減なことでよく社会が回っていくなあとつくづく不思議に思うのだが、アメリカという国は、こういう調子で疾走し続けているのである。

 
 
Copyright 2007 by Yoko Oishi, Boiled Eggs Ltd. All rights reserved.