アメリカのおいしい生活
8月
6日月曜日

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  #102 右腕のモグラ
 
 

 右腕に、ぽつりと小豆色の突起ができた。肘のすぐそば。BB弾くらいの大きさの半球で、ほくろにしては色が薄いし、いぼにしては色が濃い。いつごろからできたのかわからない。おそらくここ数年と思われる。
 冬のあいだは忘れているのだが、半袖の季節になると「ああ、そういえば」と思い出す。いったん思い出すと、なんとなく気になる。
 ちょっと見ないうちに、大きくなったような。
 なんだか痒いような。
 考え始めると、気になる。なにか悪い病気ではなかろうか。
 皮膚科に行ってみようと思い立った。六月初めのことである。
 日本でなら、保険証を持ってふらりと出かければいいのだが、アメリカではそうはいかない。
 まず、加入している健康保険会社のウェブサイトから、皮膚科医を探す。その保険会社と提携している医者を選ばないと、保険でカバーされる率が低くなるのだ。以前は、皮膚科医のような専門医にかかるためには、まずファミリードクターというかかりつけの医者に診てもらって、その上で専門医を紹介してもらう、というややこしいシステムだったが、最近ではいきなり専門医に行ってもいいことになった。
 適当に選んで、予約のための電話をする。アメリカの医者は予約がないと診てくれない。
「いま、新しい患者さんの予約は、

いちばん早くて十月

になりますが」
「じゅうがつー!?」
 電話口で思わず叫ぶ。ポートランドじゅうの人がみんな皮膚になにかしらの不具合を抱えていて、連日この皮膚科医のところに押しかけているのだろうか。
 私が診てもらおうとしている右腕の突起は、できてからもう数年が経っているわけだから、ここであと数カ月待ったところでなにも変わらないだろう、ということは頭の隅でわかっている。が、しかし一旦「診てもらう」と決めると、矢も盾もたまらない。一刻も早く診てもらわないとなにか取り返しのつかないことになるのではないか、と気持ちがわさわさするのだ。
 ほかの医者にも電話したが、どこも似たような混み具合。いちばん早く取れた予約は、一カ月半ほど先の七月下旬であった。
 で、先日。待ちに待った予約の日がやってきた。
 受付で、たくさんの紙を渡された。保険会社の情報を書く用紙、いまの健康状態や過去の病歴、薬や食べ物のアレルギーに関して書き込む用紙。それらに混じって、「今日診察してもらいたいことについて短く書いてください」という紙があった。
 私は、右腕の突起に目をやり、はたと考え込んでしまった。英語でなんと書いたらいいのだろう。
 bumpと書こうとして、これだと「こぶ」かなあ、と思いとどまった。「ほくろ」のほうがいいかしら。ほくろって英語でなんて言うんだったっけ。moleだったかな。
mole on the right arm
 と書いてから、moleって「モグラ」じゃなかったっけ、と気になった。医者が、診察まえに私の書いたものを見て、「右腕のモグラ? ぶはーっ」と大笑いするのではないかと思ったが、書いてしまったものは仕方がないし、ほかに言葉も浮かばないのでそのまま受付に出した。ほくろが「モウル」という発音の言葉であることはたぶん確かなので、スペルがちょっとくらい違っていても、職業柄、わかってくれるだろう。
 診察室に入ってきたドクター・アルテムスは、五十代初めくらいの女性だった。右手を差し出し、「お会いできてうれしいわ」とにこやかに挨拶した。
「で、今日は右腕のほくろが気になって来たのね?」
 そう言いながら(moleで間違いではなかったらしい)、私の右腕を手に取って例の突起を見るなり、
「ああ、これはほくろではありませんね」
 と言った。
 なんなのだ? 皮膚ガン?
「seborrheic keratosis。通称、Seb Kといいます」
 難しそうな病名を聞いて私の顔がこわばるのを見て取ると、ドクターは、
「大丈夫。なんでもありません。良性のものです」
 そう言って、説明を続けた。
「実のところ、原因はなんなのか、よくわからないのです。虫に刺されたり、なにかちょっとしたケガをしたりした痕が、こんなふうに盛り上がることがあるんです」
 ひんやりと冷たい指先で、突起を撫でたりつまんだりして確認している。なんだかちょっと変な気分になる。
「このまま放っておいてもかまいません。気になるようなら取ることもできますが――保険はききませんね。それに、ちょっと傷が残るでしょう」
「取るとしたら、どうやって?」
「切り取ってから縫います」
 ドクター・アルテムスは、白衣の胸ポケットからボールペンを抜くと、突起の周りに小さなアーモンドみたいな形を描いた。小豆色の突起は、小さな目のように――エジプトの壁画に描かれた人の目のように――なった。
「どうします?」
 保険がきくのなら切り取ってもらいたかったが、保険なしだとちょっとお金がかかりそうだ。やめておくことにした。
 診察が始まってから、ここまでほんの二分。予約を待っていた日々に比べ、なんとあっけなく短いことよ。突起が悪性のものではないと知って安心はしたが、診察があまりにもあっさりと終わってしまったので、少々居心地が悪い。
 そんな私の気持ちを察したのか、ドクターは診察室を出るまえに、
「何の本を読んでいるの?」
 と、私が手にしていた本を指した。
「インド系アメリカ人女性が書いた短編集で……」
 私が本の表紙を見せながら言うと、彼女は
「私、インドの話が好きなのよ」
 そう言って、背後のカウンターからメモ用紙を取り、本のタイトルと著者の名まえを書き留めた。
「このあいだもインド系の人が主人公の映画を見たんだけど、それが面白くてね……」
 ドクターは、場違いなくらい熱心にその映画のストーリーを話してくれた。診察時間よりも、映画の話に費やした時間のほうがよっぽど長かったくらいだ。本当に私の読んでいた本に興味があったのか、それとも私の所在無い感じを慮って少し話をしてくれていただけなのか、判断がつかなかった。
 家に帰って、医者が口にした「病名」をネットで検索してみた。写真つきで載っている内容はドクターから聞いたものと変わらなかったが、ひとつだけ、「四十歳過ぎの人に多い」という点は、ドクター・アルテムスの口からは聞かされなかったことであった。
 ちなみにその日の診察代は、四十ドル(ウチが加入している健康保険では、専門医の診察は一律四十ドルなのだ)。なにごともなくて本当によかった、と何度も思いながら、なんとなく納得のいかない一日であった。
 
 そういえばずっと昔、学生のころにも、医者のまえで同じような居心地の悪さを感じたことがあったのを思い出した。
 なんの薬だったか忘れたが、錠剤を水なしで飲んで、喉の入り口のあたりにいつまでも違和感を覚えたことがあったのだ。何度ツバを飲み込んでみても、上あごの奥のほうになにかがへばりついているような感じが取れない。
「喉がなんか変なのよねえ」
 何度となくつぶやく私に業を煮やしたのか、母が、
「そんなに気になるなら、病院に行って診てもらいなさいよ」
 と言った。
 最初は、「こんなことで医者に診てもらうのもねえ……」と思っていたのだが、そうはいっても、やはり違和感は消えない。
 それで、私は保険証を握り締めて、自転車で十分ほどの総合病院に走ったのだった。夕方の、時間外診療。
 おずおずと事情を説明すると、若い男性医師は、私の喉の奥に光を当てて覗き込んだ。
「見えるところには、なにもありませんねぇ」
「でも、なにかがつかえている感じがずっとしているのですが」
 医者は、だからなにもないって言ってるでしょ、と言いたげな顔をしながら、
「うーん、あまりこういうのは聞いたことがないんだけど――飲んだ直後に薬が喉の壁にへばりついて、少し炎症を起こしたのかもしれませんね。いずれにせよ、すぐに治るでしょう」
 と言った。そして、

「なにか薬でも出しましょうか?」

 と続けた。医者のそばで手持ち無沙汰そうにしていた看護婦が噴き出し、私は顔から火が出そうだった。
「いえ。ありがとうございました」
 そう言って私が椅子から立ち上がると、医者は、
「はい、お大事に。これからは、薬はくれぐれも水と一緒に飲んでよね」
 と、さらに畳みかけたのであった。
 診察室を出ると、喉の違和感はずいぶんと軽くなっていた。
 不思議なもので、病院に来るまでは「これはもしかして一大事なのでは……」と切羽詰っていたはずなのに、医者に「なんでもないよ」と言われると、「そんなことだろうと思ってたよ、私も」などと、自分のことながら、すっかり手のひらを返してしまうのであった。

 
 
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