アメリカのおいしい生活
8月
20日月曜日

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  #103 寒い国立公園
 
 

 記録的な暑さにあえいでいる日本の方々には申し訳ないのだけれど、今年のポートランドの夏は、涼しい。というか、寒い。
 熱波が来たときはさすがに暑かったが、それも一瞬のこと。七、八月には降らないはずの雨が連日降ったりして、およそ夏らしくない夏であった。
「もう夏も終わりかねえ」
 八月の初めくらいから、そんな言葉が挨拶代わりになっていた。最初のうちは語尾も軽く、「もう夏が終わりなんて、まさかそんなはずないよねえ」という冗談混じりのニュアンスだったが、最近では、「もう終わりなんだね」「もう終わりなんだよ」と、

すっかりしみじみ

してしまっている。
 そんな折、休暇で北に向かった。我が家からおよそ五時間。ワシントン州シアトルのちょうど西側に広がる、オリンピック国立公園である。
 防寒対策をしっかりね、と友人に言われていたにもかかわらず、ジャケットを持っていくのを忘れてしまった。日中、森のなかを散歩していたときには半袖で平気だったが、夕方になったら、長袖Tシャツにカーディガン(唯一持っていた防寒着)を羽織っても寒い。ロッジのギフトショップで、左胸にその土地の名が刺繍されたフリースを購入。いかにも土産物という感じのダサいジャケットだが、仕方がない。部屋には、暖炉に使うようにと薪が二束置かれていた。
 国立公園には二泊する予定だったが、寒いし、何もすることがないので一泊で切り上げることにした。多雨林のうっそうと茂る木々が見どころらしいのだが、正直なところ、ウチの近所の林とそんなに変わらないのだ。ハイキングやキャンプが好きな人ならきっと楽しめるのだろうが、私はアウトドアが苦手である(だから準備もずさんで、ジャケットも忘れてくる)。
 予定を一日早めて、カナダのヴィクトリアに向かうことにした。オリンピック半島の北端、ポートアンジェルスというところから車ごとフェリーに乗るのである。
 フェリーは予約制。電話すると、女性係員が、午前の便も午後の早い時間の便もすでに予約でいっぱいだと素っ気なく言った。
「五時十五分の便だったら、一時までに乗り場に来たらなんとか乗れるかも。保証はないけど」
 それで、十二時半ごろに行ったところ、車を誘導していた若い兄さんが、
「もしかしたら十二時四十五分の便に乗れるかもしれないよ」
 と言う。慌てて車の列の最後尾についた。
 係員たちに誘導されながら、車がどんどんフェリーに入っていく。列がそろそろと動いて、私たちの三台まえの車が入っていき、その次が入っていき、私たちのすぐまえの車が入り……。祈るようにして待っていたら、大きなサングラスの係員が私たちを手招きした。
「あと一台、乗れるかどうか。やるだけやってみよう」
 誘導されるままに、車を進めた。幅の狭い体育館のようなフェリーの内部は、普通の乗用車だけでなく観光バスみたいに大きなRV車や旅行用のトレーラーなど、あらゆる車でぎっしりだ。
「右に切って……はい、ストップ。今度は一旦ちょっと左に行ってから……オーケー、まっすぐにして……」
 ハンドルをあっちに切ったり、こっちに切ったりしてがんばってみたが、
「惜しい! アンタらの車があとこのくらい短かったら入れたね」
 係員が胸のところで両手を二十センチくらい離して見せた。
 ガックリ。
「はい、バックしてー」
 私たちの車がすごすごとバックするや否や、フェリーは乗船口をバタンと閉じて出航した。港を出て行く船を見るのはどことなくわびしいものだが、二十センチの差で乗れなかったとなると、そのわびしさもひとしおである。
 次の便まで時間がたっぷりあったので、食事をすることにした。フェリー乗り場近くのインド料理屋で、バイキング形式のカレーランチ。田舎町のインド屋は、活気がなく、小汚く、そしてカレーはシャバシャバでまずかった。いいところなし。
 どんよりと食事をしていたら、新しい客が入ってきた。五十代半ばくらいの白人カップル。私から一時くらいの方角の席を選んだ彼らは、窓から海の景色が見えるから、とテーブルの片側にふたり並んで座った。
 彼らに目が釘付けになってしまったのは、男性のほうの服装ゆえであった。スーツの下に着るような、白地に紺ストライプの長袖Yシャツの上に、グレーの半袖Tシャツ。下は、薄いカーキの短パンを穿き、足元にはストッキングのような化繊素材の紺色ハイソックスにサンダルという組み合わせなのである。
 Yシャツと靴下がなかったら、普通のアメリカ人のカジュアルスタイルなのだが……。ビジネスでこの辺りを訪れてきた出張者がついでに休暇も取ろうと妻を同伴してきたところ、あまりの寒さに、持ってきた服をとりあえずあれこれ着込んだ、というところだろうか。
 私は、「そうだよね、寒いよね……」と、そのおじさんに一瞬親しみを覚えたのだが、しかし、防寒が目的なら、ビジネス用に持ってきた長ズボンを穿けばいいではないか。それに、わざわざYシャツの上にTシャツを着るというコーディネートも妙だ。もしかして、この文字通りの「ビジネスカジュアル」が、彼の独自のスタイルということか? バイキングのカレーを皿によそっているおじさんの後ろ姿には、「自由人」という雰囲気が漂っていた。
 フェリーの便の時刻が近づいてきて、私たちは港へと向かった。車がぎっしりと並んでいるが、まだ船は来ていない。人々は、エンジンを切った車のなかで本を読んだり、外に出て車のあいだをぶらぶらと歩き回ったりしていた。
「やっぱりアメリカの車なんか買う気にはならんのかねえ?」
 白いポロシャツにカーキのズボンを穿いた恰幅のいい白人のおじいさんが私たちに話しかけてきた。私たちの日本車を指差している。
 返事に困って苦笑いしていると、おじいさんは、
「自分も日本車のファンだ」
 と言って、ひとしきり日本製の自動車の話をした。
「いやね、これは借りた車なんだが、カムリを予約したはずなのに、カローラしかないって言われてね。カローラもいい車だけど、カムリはもっといい車だ。トランクがとにかく大きいし……」
 レンタカーだという深緑色のカローラの助手席では、奥さんだと思われる年配の女性が、新聞を広げていた。
「ところで君たちに質問だ。スモーレスラーたちはどこから来た?」
 じいさんは、突然、話題を変えた。
「へ?」
 出し抜けの問いにきょとんとする夫と私に、
「スモー、スモー。スモウだよ」
 ああ、相撲。
「昔はみんな日本人ばかりでしたが、最近はほかの国からも来るようになって……」
 夫が生真面目に答え始めると、おじいさんはちょっと怒ったように、
「ジョークを言おうとしているんだ。難しく考えなくていいよ。トーキョー、ナガサキ……どこでも適当に答えてよ」
「はあ……。トーキョー」
 夫が言われるままに繰り返すと、
「いや違う。スモーレスラーたちはコウビーから来たんだ。コウビーシティ」
「コウビー? あ、神戸ね。あの、どうして?」
 私たちが訊くと、おじいさんはニヤリと笑って、
「コウビーシティ、コウビーシティ……オウビーシティ」
 一瞬の間。
 首を傾げる私たちに向かって、
「コウビーシティ、オウビーシティ」
 と、おじいさんは繰り返した。ちょっと苛ついた様子だった。
 再びの間ののち、じいさんが力を込めて言っているオウビーシティというのは、obesity(肥満)のことか、と思い当たった。
「あーぁ、はははは」
 じいさんの自作のジョークだろうか。きっと、日本人を見かけると思わず披露したくなるのであろう。私たちを見つけて、「しめしめ……」と近寄ってきて、車の話などしながらジョークを持ち出す頃合を計っていたのに違いない。なんだか涙ぐましい。
 それにしても、どう答えたらいいものやら。暗闇からいきなりパンチという感じである。

それも、へなへなの

パンチだ。
 そのとき、車の列がにわかに動き出した。
 周りの人々が車に戻り始めた。そそくさと挨拶を交わし、じいさんも私たちもそれぞれの車に乗り込んだ。
 やれやれ、ゴングに救われた。
 こうしてフェリーで後にしたオリンピック国立公園は、いろいろな意味において「寒い」ところとして、私の記憶のなかに留まることとなったのであった。

 
 
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