私がいま住んでいるのは、ポートランドのダウンタウンから車で十五分のところにある住宅地だ。十五、六年ほどまえから山の斜面を切り崩して開発されている地域で、大きなお屋敷からタウンハウス、アパートまで、さまざまな形式の住居が千九百戸あまりあるちょっとした町ほどの大きさのコミュニティである。もともとは、リタイアしたお年寄り向けのこぢんまりとした住宅地を計画していたらしいのだが、それがどういうわけかターゲットよりも若い層にも人気が出て、どんどん開発が大規模になったらしい。真ん中には、新しい小学校が建てられた。
このコミュニティでは、ときおりイベントが催される。七月四日の独立記念日には、この住宅地のなかにある池のほとりの公園で、大々的にバーベキューが催された。前もって郵便で食券とドリンク券を受け取っている住民たちは、大きなテントの下に用意されたビュッフェ形式の料理――グリルされたバーガーやチキン、ポテトサラダにパスタサラダなどなど――に長蛇の列を作った。
少しまえの週末には、
オクトーバーフェストなるイベント
が開かれた。本来はドイツのミュンヘンで行われるビール祭りだが、アメリカでもこれを口実に人々があちこちで集ってビールを飲んでいる。我がコミュニティも、住民たちの親睦を深めるイベントとして採用したらしい。
私は、カレンダーに丸をしてこの日が来るのを待っていた。ビールが好きなのだ。独立記念日のバーベキューと同じく、郵便で届いたニュースレターにドリンク券がついていたので、大切に保管した。券には、ドイツっぽい衣装を着た金髪のお姉さんがビールジョッキを片手に三つ掲げている絵が描かれていた。ビールだけではなくて食べ物も出るらしい。食券もついていた。ふむ!
しかし、である。ご近所親睦オクトーバーフェストを数日後に控えたある日、夫がゴルフに行くと言い出した。付き合い半分、自分の楽しみ半分、ということらしい。十二時半スタートでは、午後三時からのビール祭りには到底帰ってこられない。
「オクトーバーフェストはどうするの?!」
「そんなのどうでもいい」
酒を飲まない夫は、端から興味がないらしい。
「じゃあ、私だけで行こうかな……」
文字通り「私だけ」だったら、私は間違いなくビールを飲みに行っていただろう。家から歩いていけるところでタダのビール(しかも、夫のぶんの券も使えるから二杯。もちろん、まったくタダのはずはなく、私たち住民が払っている共益費を使ってのイベントではあるが、まあそれにしても、気分はタダ)が飲めるのだ。行かないわけがない。
しかし、我が家には三歳半の娘がいる。娘を家にひとり置いて母親がビールを飲みに行くわけにはいかない。ゴルフに出かける夫に押し付けるわけにもいかない。では、私が娘を連れてビール祭りに行くのは――?
私は、しばし考えたが、断念した。ビール祭り会場の公園までは大人の足で十分ほどだが、子供連れだと二十五分はかかる。しかも、帰り道の後半はかなり厳しい坂。ビール二杯飲んだ後に三歳児を連れて延々坂道を歩くのはしんどいし、おまけに、帰宅途中でトイレに行きたくなったら目も当てられない。
それに、「子連れでビールを飲む母親」というのが人々の目にあまり好意的に映らないかもしれない、という気もした。子供に飲ませているわけではないんだからだれに憚ることなく飲めばいいのだ、と私は思うが、同じように考える人ばかりではなかろう。アメリカ人はさばけているようでいて、実は結構コンサーバティブな人が多い。
そんなわけで、ビール祭りは泣く泣く断念したのだが、その翌週の土曜に、「パンケーキブレックファスト」なるイベントが予定されているのを発見。パンケーキにはビールほど心が躍らないが、タダのビールを逃した分をここで取り返さなければ、と握りこぶしに思わず力が入った。
二週続けて住民親睦イベントが催されるのはなぜなのだろうかとやや不思議であった。バーベキューやビール祭りのように食券が事前に渡されていないのも妙だった。が、私はこう思って自分を納得させたのだ。もうすぐ雨ばかりのシーズンが来て親睦イベントもできなくなるから、いまのうちにやっておこうということなのだろう。食券に関しては、朝の七時から十時までというこのイベントには外部の人もそうそう来ないだろうから食券を配っておく必要なし、と判断したに違いない、と。
「明日の朝は起きたらすぐに全員シャワーを浴びて身支度を整え、パンケーキを食べに行くぞ!」
金曜の晩にそう言い合って眠りについた私たちは、翌朝、勇んでパンケーキ会場に出かけた。
コミュニティのなかにある小さなショッピングセンターの駐車場に設けられた会場には、白い紙を貼った長いテーブルと折りたたみ椅子がいくつも並べられ、すでに人々がパンケーキを食べていた。奥のほう、グルメ食料品店兼ワインバーのまえでは、その店の主人とアルバイトらしい若者が、大きな鉄板でせっせとパンケーキを焼いたりソーセージを焼いたり、忙しそうに働いている。
手前に、受付のテーブル。ここでチケットが配られるのか、と受付の人に挨拶しながら愛想よく近づいていったところ、食事のテーブル同様白い紙が巻かれた受付テーブルに、「大人十ドル、十二歳以下の子供は五ドル、二歳以下はタダ」と書かれていた。
げ、有料? しかも、パンケーキがなんで十ドルもするのだ!
逃したビールの分を取り返そうと思ってきたのに、財布を開くことになるとは。予期せぬことに動揺したが、引き返すのはためらわれた。
冷静を装ってお金を払い、辺りを見回して、遅蒔きながら合点がいった。
ファンドレイザー
である。資金調達が目的の催し。コミュニティのなかにある小学校の校庭に新たな遊具を取り付けるために、資金を集めていたのだ。受付の隣に、カラフルな遊具の見本写真がでかでかと飾ってあった。
プラスチックの皿を取り、食べ物を配っているテーブルに行くと、パンケーキだけでなく、ソーセージ、ベーコン、スクランブルドエッグなどなど、朝食の定番がつぎつぎに盛られた。食べ物を配るにこやかな女性たちは、小学生たちの母親に違いない。スターバックスのコーヒーも振舞っていた。
食べ物はどれもおいしかったし、お代わりもした。普段はなかなかお目にかかれないベニエ(粉砂糖をまぶした、ふわりと軽いドーナツのようなもの)があったのにも感心した。寒くもなく暑くもなく快適だったし、近所の人に会って楽しくおしゃべりもできた。
いちおう満足のいく朝食ではあったが、納得はいかなかった。コミュニティ発行のニュースレターにも、イベントの数日前から会場近くのいたるところに出された看板にも、「ファンドレイジング」とは一言も書かれていなかったのだ。それが、当日行ってみたら、寄金を募っています、などとは騙し討ちもいいところだ。なんでイベントが二週も続けて? とか、食券はなぜ事前に配られないのか? などの疑問が浮かんだところで「なにかウラがあるに違いない」と察するべきであった。我ながらニブいな、とは思うが、それにしても。
二十ドルが惜しいわけではない。公立校の設備をなぜ個人の寄金によって建てようとしているのか多少合点はいかないが、我が家のささやかな貢献が地元の子供たちのために使われるなら幸いだと思う。
しかし、私のなかでどうにも収まりが悪いのは、
「騙し討ちは申し訳なかったけど、じゃあ最初からファンドレイザーだって知らせておいたら、アナタ、このイベントに来ましたかね?」
という具合に、こちらの心模様を見透かされているような気がするところだ。
そう言われれば――実際に言われたわけではないけれど――ぐうの音も出ない。
帰りに受付のわきを通ったら、遊具の見本写真の下に、色とりどりのクレヨンで書かれたポスターがあったのに気がついた。三十分ほどまえ、会場に到着したばかりのときには見落としたポスターだ。
子供たちの手になるらしいそれには、「第一回○○小学校ファンドレイザー パンケーキブレックファスト」と書かれていた。
第二回はないだろうな、と私は思ったのだった。
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