アメリカのおいしい生活
10月
8日月曜日

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  #106 老ピアニストの暴走
 
 

 先日、ひさしぶりにクラシックコンサートに出かけた。ほとんど二年ぶりくらいだろうか。ポートランドにはオレゴン交響楽団があって、手ごろな値段でシーズンチケットが手に入るのだが、昨シーズンはシーズンチケットどころか、一度もコンサートに行かなかった。今年の春まで一年間住んでいた家がダウンタウンからだいぶ離れていたから、足が遠のいていたのだ。
 ひさしぶりのコンサートには、いくつか変化があった。
 ひとつは、コンサートホールのロビーから、

タダののど飴が

なくなっていたこと。
 以前は、ロビーの端二カ所ほどに大きな透明の箱が置いてあって、なかにホールズがたくさん入っていたのだ。日本の駅の売店で売っているような四角いタイプではなく、ひとつひとつキャンディーのように紙にくるまれた小さいもので、チェリーやレモンハニーなど何種類かのフレーバーがミックスされていた。ホールズの会社がサンプルとして置いていたのか、それともコンサートホールが気を利かせて置いていたのか、どちらなのかはわからない。いずれにせよ、豊かな感じがしていいなあと私は思っていた。ロビーを行き来する人々は、箱に書かれた「ひとり二個まで」という但し書きを律儀に守って、のど飴を取っていったものだ。
「ホールズ、なくなっちゃったんですか?」
 ブレザーを着た中年の案内係の女性に尋ねたところ、
「そう。ずいぶんまえからよ」
 という答えが返ってきた。
 ああ、そうですか……。風邪気味だから飴を持ってこようと思いながらも忘れ、でも会場に置いてあるからいいか、と考えていた私はやや途方に暮れた。
 そんな私の様子を見て、案内係の女性は、ブレザーのポケットをごそごそやって、
「このあいだ、別のイベントのときに用意しておいたものの残り。よかったらどうぞ」
 そう言って、紙に包まれたのど飴をひとつ渡してくれた。
 というわけで、ホールズがなくなってしまったのは残念なのだが、もうひとつの変化はちょっと誇らしい変化であった。
 今シーズンから、日本人がオレゴンシンフォニーのコンサートマスターになったのだ。いや、日系アメリカ人ということなのかもしれない。プログラムによれば、Jun Iwasakiという人である。三十代半ばくらいだろうか。眉のきりりとした、好青年だ。
 幕間のまえ、前半に演奏した曲に、彼のソロの部分がいくつかあった。優雅にバイオリンを弾く彼を見ながら、「しくじらないようにね」と心のなかで応援する。ついさきほどまで見たことも聞いたこともなかった人なのに、同じ国出身と知っただけで、気分はすっかりお母さんという感じになってしまうのが我ながらおかしかった。
 さて、その日のコンサートの目玉は、ヴァン・クライバーンが演奏するチャイコフスキーのピアノ協奏曲第一番であった。
 クライバーンという人は、一九五八年の第一回チャイコフスキー国際コンクールで優勝したピアニスト。冷戦たけなわの折にソ連で開催されたイベントでの優勝で、一躍、国民的英雄になったとか。凱旋帰国の際には、時の大統領、アイゼンハワーがじきじきに空港まで出迎えに行ったそうである。
 ほぼ半世紀前に一世を風靡したというそのピアニストは、痩せた長身のおじいさんであった。ふわふわとくせのある髪が、キレイな銀色だ。
 すたすたと舞台に現れてピアノの前に座り、オーケストラとともに演奏を始めた。
 実は、私はクラシック音楽にはあまり興味がない。夫にコンサートに連れられていっては舟をこぐ……というのがいつものパターンなのだが、その日のコンサートは少々違っていた。
 というのも、席がまえから二番目だったのである。ステージに向かって、やや右寄り。
 クラシックコンサートの席としては、あまりいい位置ではない。舞台全体が見渡せないし、首が疲れる。それに、音響という点でもいまひとつの場所であろう。
 が、この席から見えるオーケストラというのが、なかなか興味深かったのである。演奏者の(といっても、まえのほうに座っているバイオリンやビオラやチェロの人たちだけだけれど)細かな動きや表情が、よく見えた。ある若い女性ビオラ奏者が目の周りにつけていた細かいパールのちらちらした輝きも見えたし、男性奏者たちのズボンの折り返しがシングルなのかダブルなのかまでも見えた。指揮者にいたっては、汗が見えたのはもちろん、ときおり口から漏れる「しゅっ、しゅっ……」という小さな息遣いまで聞こえた。
 伝説のピアニスト、クライバーンも見えた。ちょうどグランドピアノのフタ(というのかしら)と本体とのあいだに、細面の顔が見えたのだ。ピンクがかった色白の顔は、演奏を始めると、すぐに赤みを増した。暗譜しているのであろう。目を閉じて顔を上に向けながら演奏していた。長野あたりで、雪に囲まれた温泉にじんわりと浸かっている日本ザルを思わず思い出した。
 いかにも満足そうに、気持ちよさそうに演奏を始めたクライバーンであったが、私は「おや」と思った。クラシックに限らず、音楽に関してはど素人の私だが、なんだかクライバーンのピアノとオーケストラが調和していないような気がしたのだ。ピアノだけが暴走している、というか、反りが合っていないというか。
 そして次の瞬間、何人かの楽団員たちの顔にやはり「おや」という表情がかすかに浮かんだのを見逃さなかった。ある演奏者は戸惑いを、また別の演奏者は苦笑を浮かべていたのだ。もちろん、ほんのわずかな表情の変化である。クライバーンは相変わらず、夢見心地という風情で演奏している。
 私は、ピアニストが年を取るということに思いをいたした。
 長い年月を経て人生経験を積んだからこそ、若いときには表現できなかった境地に至る、つまり演奏に深みが増すということはあるだろう。しかし、ピアノを弾くという作業は肉体が行う作業である。スポーツ選手のように顕著ではないにしても、肉体の衰えがパフォーマンスに影響してくるというのもまた事実であろう。
 満足げに演奏を続けるクライバーン翁を見ていたら、「ひとりよがりに暴走するおじいちゃんピアニストと、しようがないなあと困惑しながらも無言でそれを支えるオーケストラ」という構図が浮かんだ。なるほど、ありがちだ。
 が、次の瞬間、疑問が湧いた。本当にそうだろうか?
 クライバーンは経歴が示すとおり、有能な音楽家である。その日、素人の私でさえ「おや」と思った演奏の出来など、本人が気づいていないとは思えない。それでも終始、表情を変えずに自信たっぷり、陶酔しきったように演奏していたのは、

それが自分の役どころ

だと任じていたからではないだろうか。
 演奏が終わると、聴衆は総立ちで拍手をした。大きな拍手だった。その日の演奏に対して喝采していたというよりは、クライバーンのこれまでの生涯を称える、というような拍手だった。
 鳴り止まぬ拍手に、長い上半身を鳥のように折って何度もお辞儀をしたクライバーンは、指揮者にうながされてピアノのまえに戻り、短い曲を一曲、弾いた。
 それが終わると、また割れるような拍手。
 クライバーンは、先ほど同様、お辞儀を繰り返した。そして、今度はだれにうながされるでもなく――「そんなに拍手するならまたやっちゃうよ」とでもいうような、ちょっといたずらっぽい表情で――またピアノのまえにちょこんと座った。再アンコールである。彼は、孫にプレゼントでもあげるみたいに、いかにもうれしげに再び短い曲を披露したのであった。
 その翌週、地元紙オレゴニアンに載っていた音楽評には、こう書かれていた。
「土曜のクライバーンのパフォーマンスは、若いころに比べて荒っぽく、洗練されていなかった。パワフルで説得力のある演奏は健在であったけれども」
 七十三歳になったいま、五十年近くまえの自分――権威あるコンクールで優勝した自分であり、いまやどうがんばっても超えることのできない自分――を引き合いに出されてしまうクライバーンを思い、ちょっと胸が痛くなった。でも、まるでお風呂に入っているみたいに気持ちよさそうな表情でピアノに向かっていた彼のことを思い起こすと、いまはいまで楽しく演奏できているのだろうな、という気もした。ひとはいつもピークにいることなどできやしないということを、彼自身が知っているのだろう、と。

 
 
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