アメリカのおいしい生活
10月
22日月曜日

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  #107 Just Chilling
 
 

 週に一度、娘とその友だちと共に自然公園を散歩している。子供らのお母さんたちも一緒だ。そのときどきによってメンバーは違うが、たいてい、三、四組の親子が連れだって歩いている。子供たちは日本人だったりハーフだったりいろいろだけれど、お母さんたちは全員日本人だ。
 ナイキの本社のすぐそばにあるその公園は、二百二十二エーカー(新宿御苑の一・五倍くらいの広さらしい。私の計算が合っていれば)。森のなかをあちこちにトレイルが延びていて、池や湿地などを見ながらの散歩が楽しめる。いずれも三、四歳の子供たちは、走ったり、木の切り株に登ったり、持って歩くのによさそうな棒切れの取り合いをしたりして、常に忙しい。
 自然公園というだけあって、生き物がいろいろといる。リスや鳥はもちろん、イモリにナメクジ(バナナ・スラッグと呼ばれているナメクジは、バナナは少々大げさだが、モンキーバナナぐらいはゆうにある)、ヘビ、それにニュートリアという、モグラとネズミとビーバーをかけあわせたような妙ちきりんな動物にもときどきお目にかかる。
 つい先日は、シカの親子を見かけた。五、六メートルほどの距離だっただろうか。すぐ目の前で葉っぱをむしゃむしゃ食べていたシカたちは、私たちの存在に気づいて、大きな耳をパタパタさせながらゆっくりと森の奥に歩いていった。いつもはわあわあとうるさい子供たちも、このときばかりは息を殺してじいっとシカに見入っていた。週一度の散歩を始めてから一年近く経つが、初めて見た大物の野生動物であった。大人も子供も、すっかり興奮した。
 その日は、

珍しい「生き物」

によく遭遇する日であった。
 シカを見た興奮から覚めぬまま私たちが歩いていると、少し先のほうにアメリカ人のティーンエイジャーの男の子が三人、自転車にまたがってしゃべっているのが見えたのだ。
 この公園ではさまざまな人に行き会うが――ジョギングをする人、子供連れ、カップル――学校が終わるか終わらないかという時間のせいか、十代の若者に出会ったことはほとんどない。あったとしたら、クラブ活動かなにかで走りに来た、Tシャツにトレパン姿の清々しい高校生の集団だけ。手持ち無沙汰そうな若者たちに出会ったのは、その日が初めてであった。
 そのとき、私の娘がぐずり始めた。散歩も終わりにさしかかり、歩き疲れて泣き言を言い出したのである。
 娘が私の足にまとわりつくのを手で払いながら、なんとか注意を別のところに向けようとあれこれ言ったあと、ふと、ティーンエイジャーたちを指差して、
「あ、ほら、あそこに大きいお兄ちゃんたちがいるよ。かっこいい自転車だ。『なにしてんの?』って訊いてきてごらん」
 と娘に言ってみた。
 まさか行くまい、と思っていた。が、娘はその若者たちを見るや、私の足から離れ、彼らのほうになにやら意思を持ったふうな足取りで歩き始めた。
 自転車のサドルにまたがり、ハンドルにもたれかかっていかにもけだるそうにしゃべっていた若者たちのすぐそばまでつかつかっと行った我が娘は、彼らに短く話しかけた。
「What?」
 ブロンドの髪が長めの子が訊き返した。娘の英語がわからなかったようだ。
 娘は今度はもう少し大きな声で、
「What'ya doin'?」
 と訊いた。
 ティーンエイジャーくんたちは、一瞬、沈黙。そして、先ほど訊き返した子が、
「Just chilling.」
 と答えた。
 ちょうどそばを通りかかった私たち母親は、その答えを聞いて、思わず「キャアッ」と笑ってしまった。すると彼はすかさず、
「Was that funny to you? (なにが面白い?)」
 と真顔で訊いてきた。ちょっと怒っているようにも見えた。
「いえいえ、別に……」
 と答えて早々にその場を去った私たちであったが、実はこれがなんとも可笑しかったのである。微笑ましいといってもいい。
 このティーンエイジャーが発したフレーズは、いまの若者のあいだで流行りのスラングである。ネットで調べると、「リラックスする、という意味で使われている」と出てくるが、まあ「だべっている」とか「ぶらぶらしてる」というような意味だったのであろう。ドラマやコマーシャルなどでもぼつぼつ使われていて、日本人である私たちも知っているくらいのスラングだから、流行語とはいっても、もはや「終わった」感のある言葉である。日本でいうと、なんだろう。「KY――空気読めない」とか?
 流行り言葉というのは、なんとなく気恥ずかしいものである。
 若いころには、何度かの気恥ずかしさを乗り越えたのちに自分のなかに取り入れ、やがて我が物顔で使っていたような気がするが、いまや、うるさいほどの分別がついており、流行り言葉にはおいそれとは手が出なくなっている。ましてや英語の流行語ともなると、まるで異次元の言葉、自分とは別世界の言葉だ。
 それが、いつものようにのんびりと自然公園を散歩していて、「chilling」などという流行語を――テレビでも取り上げられるぐらいの、すでにちょっと手垢がついた感のある言葉を――なんのためらいもなくさらりと口にする人に出くわしたのである。
 私たちは、流行り言葉が思いがけず耳に入ってきて「キャアッ」となり、また、そんな気恥ずかしい言葉を

実際に使っている人

に出会ったことに、ほとんど憧れの芸能人にばったり出くわしたみたいに「キャアッ」となってしまったのだ。
 そんな私たちの「キャアッ」に、「なにが可笑しいんだよ」と返してきたそのティーンエイジャーの反応もまた、可笑しさに拍車をかけた。流行り言葉を使うことの気恥ずかしさと滑稽さが、まったくわかっていないのだ。若い。
 そもそも、まだクルマを乗り回すことができない子たちの、どうにも自らを持て余している感じというのが、見ていてちょっとかわいそうになるくらいに微笑ましいのである(ちなみにオレゴンでは、限定つきながら十六歳から免許が発行される)。
 体つきは大きくてぱっと見た感じは大人だけれど、まだ運転免許がないからどこへいくにも親に送り迎えしてもらうことになる(自力でどこかに行くなら自転車が頼り)。ゲームセンターなんてものはアメリカの町にはあまりないから、友だちとたむろするにも場所がない。もちろんお金もたいして持っていない。
 そういうわけで、公園でときどき手持ち無沙汰そうなティーンエイジャーたちを見かけることになる。女の子たちは、それでもまだ楽しそうだ。彼女らは、なにやら「議題」がたくさんありそうで、ブランコなどに腰掛けながら、始終忙しそうに話し込んでいる。いっぽう、男の子は――ほんとうにやることがなさそうだ。エネルギーをどう発散させたらいいものやら困っているというか、もっと大人になって自由を得るのをひたすら待って耐え忍んでいる感じだ。
 小さな子たちを連れた私たちが自然公園の出口にちょうどさしかかるころ、「chilling」の三人組は、ものすごい勢いで自転車を漕いで公園を出て行った。
 彼らの背中を見送りながら、私たち散歩仲間のうちの男の子を持つお母さんたちが、
「息子にはなにかスポーツやらせなくちゃ」
 と言い合っていた。

 
 
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