今年もハロウィンが無事に終了。この時期には珍しく、雨も降らず、寒くもなく、近所を回ってお菓子をねだる子供らにとってはベストのコンディションであった。
四月に引っ越してきたばかりの私たちは、今住んでいる家のあたりにハロウィンのトリックオアトリーターたちがどのくらい来るのか見当がつかなかった。ご近所さんに訊いてみると、「たくさん来た年があったかと思うと、全然来ないこともあり。数はまるで読めない」とのこと。
仕方がないので、小さなチョコレートやキャンディが三十個くらい入ったのを四袋買っておいたのだが、はけたのはその半分くらい。娘が近所を回ってもらってきたお菓子もたくさんあり、
我が家は甘いものだらけ
になってしまった。
夫と私は中年太り対策でダイエット中だし、娘は虫歯が気になるし。ハロウィンは、子供らの仮装を見るのは楽しいけれど、大量のお菓子に辟易させられるホリデーである。とりあえずほくほくなのは、お菓子会社であろう。
ハロウィンといえば、すこしまえに日本人の友人数人と集まった際、服部くん事件の話題になった。日本からの留学生が、ハロウィンで訪ねた家の主人に銃で撃たれて殺された事件である。
「ハロウィンなのに、いきなり撃つなんてひどいよね」
「服部くんは、迷彩服のコスチュームを着ていたから不審に思われちゃったんでしょ」
「フリーズ、って言われたのに、言葉の意味がわからなくて動いちゃったんだよね」
その場では、そんなことを言い合っていたのだったが、ふと気になったので家に帰ってから調べてみた。そして、事件のことをきちんと知っていた人がだれもいなかったことに驚いた。
事件が起きたのは、一九九二年の十月十七日。愛知県からルイジアナ州に留学中だった服部剛丈(よしひろ)くんは、ホームステイ先の子供と一緒に、友だちの家のハロウィンパーティーに向かった。着いた家は、番地が似ていた別の家だったのだが、それに気づかずふたりは家の周りをうろうろ。
不審な若者がいることに気づいたその家の主人、ロドニー・ピアーズは、銃を構え、「Freeze(動くな)!」と言った。意味がわからなかったのか、言葉に従わずに「パーティーに来たんです」と言いながらピアーズのほうに歩き続けた服部くんは、左胸を撃たれて死亡。
この事件が起こったとき、私はまだ日本に住んでいた。マスコミで大きく取り上げられたし、私もわりに熱心に追いかけた事件だったから、知っているつもりになっていた。が、今回調べてみて、ハロウィン当日の出来事ではなかったという事実に、まず驚いた。ハロウィンは十月三十一日で、事件が起こったのは、十七日。これまで、トリックオアトリーターたちが家を訪ねてはお菓子をねだるハロウィン当日に銃をぶっ放すとはね……と思っていたのだったが、認識を改めなければならない。
そして、服部くんの着ていたコスチュームは、迷彩服ではなく、サタデーナイトフィーバーのトラボルタふうだったのだそうだ。事件の少しまえに首を怪我したとかで、首にはギプスをつけており、ついでに頭や手足にも包帯を巻いていたようだ。
知っているつもりになっていたことと、事件の真相とがずいぶんかけ離れているのであった。この事件については、いろいろな人と折に触れて話していたから、報道からだけではない情報も私の耳に入った。事件から十五年、まるで伝言ゲームのように、事件は私のなかで少しずつ事実と違うものになっていたのである。
服部くんを撃ったピアーズという人は、正当防衛で無罪になった。
「玄関のベルが鳴ったら、誰に対しても、銃を手にしてドアを開ける法的権利がある。それがこの国の法律だ」
弁護人は、最終弁論でこう語ったそうだ。やりきれない事件である。
銃といえば、オレゴンで最近、学校への銃の持ち込みを許可するよう求めている高校教師がいて、ちょっと話題になっている。
この教師は、オレゴン州南部、カリフォルニア州境に近いメドフォードという町の高校で、英語を教えている四十四歳の女性である。彼女が職場である学校に銃を持っていきたい理由は、ドメスティックバイオレンス。彼女は去年十二月に夫と別れたそうなのだが、離婚に至るまでには、二年ほどもめたらしい。その過程で、元夫から暴力を受けたり、「殺すぞ」と脅されたりしたので、いまも自分の身を守るために、常に銃を携帯したいのだそうだ(五十四歳で写真家の元夫は、暴力や脅しの事実はないと主張している)。
オレゴン州では、銃所持許可証を持っている人ならだれでも、公的な場所でハンドガンを隠し持つことが法的に認められている。いっぽう、この教師が勤めるメドフォードの学区では、教師が学校に銃器を持ち込むことを禁じている。女教師は、州法が保障する権利を自分も有するはずだとして、学区を相手取って訴訟を起こしているのである。
アメリカではときどき、普通の常識(というのもあやふやなものではあるが)からかけ離れた
とんでもない考え方をする人
が現れ、それが訴訟という形で世に問われるので面白いと思うのだが、この件は、面白いでは済まされない問題である。
教師が銃を携帯している学校に、自分の子供を通わせたいだろうか?
答えは、「まさか!」である。多くの人がそう思っているからこそ、その地域の学区では、学校に銃器を持ち込まないよう決められているのであろう。子供たちが学ぶ場には銃など必要がないし、また、判断力がまだまだ未熟な生徒たちが、なにかの拍子に教師の持ち物から銃を見つけたりしたら、不幸な事件が起こらないとも限らない。
もちろん、この女教師の言い分もわからないではないのだ。元夫にほんとうに命を脅かされているのかどうかはさだかではないが、少なくとも本人は脅かされていると思っているのだから、そんな気持ちで日々暮らすのは大変だろう。護身の手だてが銃に落ち着くのもうなずける。手っ取り早くかつ最も効果的だし、なにしろ、合法なのだから。ほかの会社に勤めていたらなんの問題もなく銃を四六時中手元に置いておけるのに、自分の職場が学校だからという理由だけで銃を持つことができないのはおかしい、という考えに至るのも――まあ、わからなくもない。彼女は、自分の身を守ろうとして精一杯なのだ。
こういう「ちょっと気が知れない」というような主張をする人がいて、その人やその主張を排除したりせずに、しかるべき機関が公平を期すべく審議するというのは、アメリカの自由さであり、不自由さでもあろう。もしもこの女教師の言い分が通ったら、メドフォードの学区では、ライセンスを持っていさえすれば、教師はだれでも学校に銃を持ち込めることになる。コロンバイン高校や、今年春のバージニア工科大学で起こったような銃乱射事件がより頻繁に起こるようになるかも――というのは考えすぎかもしれないが、学校に銃が持ち込まれることで、起こらなくてもいいはずの悲劇が起こる確率は増すだろう。
銃によって起こった悲しい事件を耳にするたびに、「そこに銃がなかったら」といつも思う。口論などでカッとなって、相手のことを「殺してやる」と思った瞬間に、そこに銃がなかったとしたら。死んでしまいたい、と思った瞬間に、そこに銃がなかったら。両親が護身用にとナイトスタンドの引き出しにしまっておいた銃を小さな子供が見つけて遊び始め、引き金を引いてしまった、という事件がときどき起こるが、これなどはまさに、「そこに銃がなかったら」と胸がつぶれる思いのするケースである。
アメリカでは、毎年三万人近くが、銃によって命を落としているのだという。銃の所持が合法でなくなったら、アメリカの銃の数は減り、必然的に銃による死亡者も減るだろう。実にシンプル、簡単なことのように思えるのだが、それがこの国では非常に難しいことなのである。
学校への銃の持ち込みを許可するよう訴える女教師の弁護士費用は、銃賛成派の団体が負担しているのだそうだ。
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