アメリカのおいしい生活
12月
17日月曜日

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  #111 面白いおはなし
 
 

 最近、図書館に通っている。ポートランドのダウンタウンにある、中央図書館だ。
 一九一三年に建てられたという建物は、クラシックな石造り。入ってすぐに高い天井のロビー、そして、正面にはやはり石でできた階段がある。その階段に向かって右の部屋が、チルドレンズ・ライブラリー。
 ここにあるストーリー・シアターという小さな部屋で、週日午後二時から子供向けに絵本を読んでもらえるのだ。

ストーリー・ストップ

という、ほんの十五分の時間である。
 どこの図書館でも子供向けの本読みは行われているが、たいていは午前中。なかなか都合がつかない私たち親子には、午後二時開始というのはありがたい。
 また、ここの午後の本読みのユニークなところは、児童図書部門以外のところで働く図書館員が行っているという点だ。彼らの持ち場を離れての息抜きみたいな意味合いもあるのだろうと推測するが、子供慣れしていない普通の人が淡々と絵本を読んでくれるので(児童書専門の人のなかには、ときに肩に力が入りすぎの人もいるのだ)、私はあんがい気に入っている。
 児童書部門の図書館員が、ストーリー・ストップ向けの本を週の初めに選んでおくのだそうだ。対象年齢はゼロ歳から六歳なので、簡単な本からやや言葉の多い本までいろいろと取り揃えてある。そのなかから、担当者がその日の参加者の年齢を見ながら、数冊選んで読んでくれるというわけだ。本だけでなく、ちょっとした手遊び歌を教えてくれる図書館員もいる。
 十五分は、あっという間に過ぎる。三冊か四冊というところ。親としてはもっと読んでもらいたいところだが(特にウチの場合は、ネイティブスピーカーに英語の本を読んでもらえる貴重な時間なので)、小さな子供がじっと座っていられる時間はそう長くない。終わると、「今日、おはなしを読んでもらいました!」と書かれたオレンジ色のステッカーをくれる。
 日経新聞の教育に関するコラムで、「頭のいい子供に育てるために、毎日必ず本を十冊読んでやっている」という人について読んだことがある。それを実践していたのは教育熱心な韓国系アメリカ人の夫婦で、毎日十冊本を読んでもらった彼らの子供は期待にたがわずできがよかった、と記憶している。
 そのコラムを読んだのは、ウチの娘が生まれてすぐのころのことであった。「よし、ウチも十冊!」とたちまち影響を受けたが、絵本というのは薄いながらも、毎日十冊読んでやるのはなかなか大変だということがわかった。四捨五入すれば繰り上がってやっと十冊、という日が大半である。
 図書館でも本屋でも、絵本を選ぶのは楽しい作業である。いろいろな分野の本を幅広く読んでやらなければ、と思いつつ、私が手にするのはいつも似たような本。奇想天外、荒唐無稽、掛け値なしに「面白いおはなし」が好きなのだ。
 ポール・ギャルドンというアメリカの絵本作家が、私好みの「面白いおはなし」を多く手がけている。イラストレーターであり作家でもある彼の作品には、古くから伝わるおはなしを再話したものが多い。
 なかでも好きなのは、「Tailypo」。ゴーストストーリーという副題がついている。
 ある晩、ひとり暮らしのじいさんの山小屋に、大きな尻尾をした奇妙な生き物が現れる。腹を空かせたじいさんは、その生き物の尻尾を手斧で切って食べてしまう。すると、夜中に、カリカリカリ……と壁をひっかく音とともに、「テイリィポ(しっぽっぽ)を返して……」という声が聞こえてくる――。
「What's in Fox's Sack?」は、キツネが主人公だ。大きな袋を持ったキツネが、ある日、太ったハチを捕まえて、袋の中にしまう。その袋を預けられた小さなおばさんが袋のなかを覗くと、ハチが飛び出てきてニワトリに食べられてしまう。戻ってきたキツネは、「それなら」とニワトリを袋にしまい込む。ニワトリ入りの袋を預けられた大きなおばさんが袋のなかを覗くと、ニワトリが飛び出してきて、その家のブタに追いかけられて逃げていってしまう。戻ってきたキツネは「それなら」とブタを袋にしまい込む。こうして袋の中身はどんどん変わっていき、そして最後は――?
 彼の作品は、どれも絵がかわいらしい。ストーリーはシンプルでテンポよく、ユーモアもあってオチもある。また、いまや小さい子向けにはタブー視されている感がある「死」を躊躇なく盛り込んだ作品も多い。墓場に棺を持って現れる九匹の猫のはなし(「King of the Cats」)さえある。
 小さな子供向けの絵本に「死」はどうなのだ? とは私も首を傾げたことがある。オンラインショップで手に入れた「かちかちやま」に、タヌキがいきなりばあさまを「ぶったたいてころしてしまった」というくだりがあり、幼い娘に読んでいいものかどうか迷って、半年ほどしまい込んでいたことがあったのだ。
 ある日、思い切って読んでやってみると、子供はあんがいあっさりと絵本のなかの「死」を受け入れた。もちろん、まだよくわかっていないに違いないのだが、「『死ぬ』ってなに〜?」としつこく訊いてくるでもない。
 考えてみれば、「死」は、ストーリーが新たに展開していくためのドラマチックな要素である。これは、子供向けの絵本にとっても同じこと。先日、友人の家で読んだ「かちかちやま」では、タヌキはばあさまを殺さず、ウサギにだまされてドロ舟に乗ったタヌキも死ななかった。どうやら、子供向けの絵本に「死」はいけないと「配慮」したようで、タヌキは「意地悪はいけなかったね」と改心して終わるのだ。なんとも

気の抜けたサイダーのような

「かちかちやま」であった。
 悲しいことに新しい絵本には、こういう余計な配慮をしたのか、妙にカドの取れたおはなしが多いのだ。この傾向は日米どちらも同じ。また、「意地悪はいけない」「欲張りはいけない」などのメッセージがストレートに盛り込まれたおはなしが多いようにも思う。ためになるおはなし、というよりは、ためにするおはなし、という感じだ。それから、「あなたを愛している」というような、甘ったるい言葉が全編に溢れている作品もよく見かける。
 絵本には、配慮も教訓もいらない。私はただ、面白いおはなしを読んでやりたいのだ!
 そう思っていたら、石井桃子も同じ考えの持ち主なのだと知ってうれしくなった。数々の絵本を創作、翻訳している、日本の児童書界の第一人者的存在である。
 ユリイカ七月号の石井桃子特集に、「子どもの読書の導きかた」という文が載っていた。一九七二年に彼女が書いたものである。
 そのなかで石井桃子は、「子供に聞かせるおはなしは、面白くなければならない。『ためになる』はなしを聞かせたとしても、子供には『ためになる』部分は通じない。そんなはなしを子供が好きだったとしたら、それは『面白い』要素が強いからだ」というようなことを書いている。
 彼女は、面白いはなしの条件として「具体性」と「はっきりとした筋」を挙げ、そして「昔話に面白いはなしが多い」としている。
 また、どんな子供も喜ぶ面白いはなしの例に「シナの五人きょうだい」という作品を挙げているのだが、これが奇想天外、荒唐無稽なのだ。なにしろ、このきょうだいのいちばん上の兄さんは「海の水を飲み干すことができる」し、にばんめの兄さんは「くびが鉄でできている」という具合。おまけにおかしな「配慮」もまったくなしで、「死刑」だの「首を切られる」だの「火あぶり」だのという言葉もばんばん出てくる。
 これまで、ときおりふと、「娘に妙なおはなしばかり読み聞かせていて大丈夫だろうか……」と不安になることもあったのだが、石井桃子が同じ考え(どころか、もっと過激!)だと知って、迷いは消えた。これからも大手を振ってポール・ギャルドンの作品を集められるというわけだ。

 
 
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