アメリカのおいしい生活
1月
7日月曜日

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  #112 ポケット英単語帳5
 
 

wrong number(名)間違い電話 
 夜十時過ぎに、電話が鳴る。
 たいていの家庭にとってはとりたてて遅い時間ではないのだろうが、小さな子供がいる我が家にとっては、急用でもない限り、もう電話しないで欲しい時刻。
 ようやく寝かしつけた娘が起き出しては大変、と電話に飛びつく。
「ハロー?」
「○○は、いる?」
 まただ。
 五十がらみの女性。たぶん、白人。ベタベタしたハスキーな声でいつも同じことを言うが、なんという人を探しているのか、聞きとれたためしがない。ここのところ、週に一度くらいの割で、同じくらいの時間帯に――迷惑な時刻に――ウチの番号に電話をかけてくる。
「番号が違っていますよ」
 反射的に私が言うと、きまって、
「I'm sorry, hon」
 そう言って、電話を切る。
 こちらとしては、「だれをお探しか知りませんが、この番号はウチのです。もう電話しないでください」と言いたいのだが、そんなひまを与えずに、そそくさと切ってしまう。ほとんど、電話をかける前から、目当ての人物に到達できるはずがないとわかっているみたいに。
 私の耳には、どこのだれともわからぬ女の、「アイムソーリー、ハン」というベタついた声だけが残る。
「ハン」とは、「ハニー」の略だ。家族のあいだで使うと、「ねえ」という感じの軽い呼びかけなのだろうが、知らぬ者同士では、普通、年配の女性が年下の女性に向かって言う。デパートなどでときどき、「ご機嫌はいかが? ハン」とか「よく似合うわよ、ハン」というふうに「ハン」を連発する年配の店員に遭遇することがある。そんなとき、私は少しイラつくのだ。子ども扱いされているような気がして。
 ある晩、いつものように電話が鳴り、いつものように間違い電話で、そしてこれまたいつものように「もうこの番号にかけないで」と言う間もなく切れた。私はふと思い立って、手元のレシーバーに並んだボタンの*69を押してみた。最後に電話をかけてきた人の番号が追跡できるシステムだ。
 機械の声が私に知らせた番号は、ポートランドの市外局番だった。
 さらにふと思い立って、インターネットの電話帳で、その電話番号を検索してみた。
 ポートランド北部の住所と共に、女性の名まえが出てきた。聞いたことのない名まえ。知り合いにいない、という意味ではなく、いままでに目にしたことのない珍しいファーストネーム。もしかしたら白人ではないかもしれない。
 間違い電話の主の連絡先を突き止めたからといって、「もうウチに夜遅く電話するのはやめてくれ」と言うためにわざわざ電話をするつもりはない。ましてや、思いがけなく手にした住所を訪ねたりするつもりもない。
 ただ、この次に電話がかかってきたときに、いつもの「ハロー?」の代わりに彼女の名まえを――その珍しい名まえを――私が言ったら、彼女はいったいどんな反応を示すだろうか。探していた人物にようやく行き当たったとひととき喜び、それから、会ったこともない他人が自分の名まえまでを調べ上げたことに震え上がるだろうか。
 悪趣味な、と思いながらも、あれこれ夢想しては十時過ぎの電話をひそかに心待ちにしている。
 いつものように電話が鳴ったところで、きっと動転して「ハロー」と間抜けな調子で応え、「もう電話しないで」とも言えずに終わってしまうに決まっているのだが。

fake(形)にせの
 正月休みに、ラスベガスへ行った。雨でびしょびしょのポートランドにうんざりしていたのだ。
 ポートランドの空港を発って二時間、もうそろそろ着くかなあ、と飛行機の窓から景色を眺めていると、乾ききった赤い土がむき出しの山ばかり続く。そして突然、同じような家が無数に並ぶ住宅地が見えてきて、それからほどなく、ギラギラした街が出現する。
 ピラミッドあり、エッフェル塔あり、ニューヨークの街並みあり――それぞれに趣向を凝らしたホテルが派手さを競い合うように立ち並ぶなか、まだ足りないといわんばかりに、新たなホテルを建設しているらしい埃っぽい工事現場があちこちに見えた。
 ラスベガスといえばギャンブルだが、今回は子連れなのでギャンブルはお預け。十八歳以下はカジノに入ってはいけない決まりだ。
 ホテルの屋外温水プールで泳ぎ(などというと優雅に聞こえるが、外気温は摂氏六、七度。寒さを感じないふうの娘は大はしゃぎだったが、親はブルブル)、向かいのホテルのエッフェル塔もどきに上り、タクシーで出かけた別のホテルでイルカとライオンとトラを見て、さらにまた別のホテルのショッピングモールでベネチアもどきの運河に舟を浮かべるゴンドラ漕ぎたちを見た。
「なんで砂漠の真ん中にイルカ? ゴンドラ?」
 などと、我に返ってはいけない。ラスベガスの醍醐味がそがれるだけだ。
 ある日、ゆっくり朝食を取るべく、ベネチアを気取るホテルの上階にあるレストランに行った。イタリアがテーマのホテルのはずなのに、そのレストランはフランスのビストロふう。
 私たちのテーブルの向こう側に、五十代後半と見える白人カップルが座っていた。なにかサービスに問題があったのか、男のほうがフレンチ訛りのウェイターに話している。声は荒げない。が、延々と話している。
 女のほうは、我関せずという風情。明るい茶色の髪を耳の下のところで若い娘のように二つに結び、ベージュのカウボーイハットをかぶっている。時おりストローで飲んでいるのは、氷と共にグラスに入った薄い褐色の飲み物。アイスティーだろうか。それとも、ウィスキー? 私たちにとっては朝食だが、彼らにとってこれが朝食なのか夕食なのか――夜通しギャンブルしていたのかもしれない――判断がつかない。
 そのうちに、その店のマネージャーらしき女性が彼らのテーブルにやってきた。男はまた延々話すが、やはり声は荒げない。薄茶色のスーツのマネージャーは淡々と話を聞いている。うるさい客とみた。
 私たちの食事があらかた終わったころ、男のほうが席を立ってトイレに行った。
 すると、女も立ち上がって、私たちのテーブルにやって来た。
「さっきからあなたたちのことを見ていたら、どうしても声をかけたくなって……」
 濃いマスカラの奥の目が、少し潤んでいる。
「あたたたちのお嬢ちゃんを見ていたら、私たちの子がちょうどそのくらいの年だったころのことを思い出したんです。ずっと、ずうっとまえのことです。白血病で亡くなってしまったのだけれど」
 彼女は、私たちに「それはお気の毒に」とも言わせずに続けた。
「私たちも、ウチの子が三歳とか四歳とか五歳くらいのときに、いろいろなレストランに連れて行ったものですよ。ええ、そりゃもう、いろんなレストランに。小さいときに高級なレストランに連れて行くのは、いいことよ。とっても、いいこと。子どもはそうやって、場にふさわしい振る舞い方を覚えていくのだから。あなたたち、これからもお嬢ちゃんをいろんなところに連れて行くといいわ」
 そう言うと、彼女はまた自分のテーブルに戻っていった。
 すぐに男がトイレから戻り、ふたりは店を出て行った。私たちのテーブルのわきを歩きながら、彼女は、
「楽しんでね」
 と言った。子どもが小さいうちを存分に楽しむように、という意味。
 残りの休暇のあいだ、彼らのことをふと思い出しては、身につまされる思いがしていた。
 が、ギラギラした偽物ばかりの街を後にして家に戻ってみると、あのとき彼女が私たちに言ったのが本当のことだったのかどうか、わからなくなってくるのであった。
 どんなに考えてみたところでもはや本当のことは知りようがないし、仮に真相がわかったところで、なにがどうなるものでもない。
 それなら、彼女が私たちに語ったことをそのままに受け止めてやり過ごせばいいのに、「あれは作りごとだったのでは」という思いが消えないのも、やはりラスベガスという街のせいだろうか。 

 
 
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