つい最近、知り合いからのメールにちょっとドキリとする言葉があった。
「ロハス」
馴染みのない言葉である。
まったく知らないわけではない。日本のメディアで何度か見たことがある。初めて見たときは本当になんのことやら、という感じだったのだが、その後何度か見かけるたびに前後の文脈から意味を類推して、なんとなくわかったつもりになっていた言葉だ。
そんなわけで、「ロハス」の意味はだいたいわかっている。が、語源は知らなかった。見かけるたびに、「なに語?」と思いつつ、調べるほどの探究心も湧かずにそのままになっていた。例のごとく日本の人たちが飛びついた流行り言葉でしょう、という気持ちもあって、わざと放っておいた感もある。
いままではメディアでしか見たことがなかったから、自分には関係のないところで使われる言葉だと思っていた。が、メールに、つまり私宛ての私信に登場したのを見て、ちょっと慌てたのだ。ピンポーンとベルが鳴ったのでドアを開けてみたら、顔見知り程度の人がニコニコして立っていた、というような感じ。
夫に、
「『ロハス』って、知ってる?」
と訊いてみた。
「あー、意味はなんとなくわかってるけど、よく知らん」
という答えが返ってきた。私と同じレベルだ。
それからひとしきり、「あれって、なに語よ?」と盛り上がり、「たぶん北欧あたりの言葉に違いない」ということに落ち着いた。響きがそれっぽいし(いや、北欧の言葉はひとつも知らないけれど)、それに、最近の日本では北欧家具などが流行っていると小耳に挟んでいたし。
だから、ネットで調べて、実はLifestyles of Health and Sustainabilityの略だったと知ったときには、ちょっとビックリであった。
なーんだ、Dinksと同じか、などと、引き合いに出す言葉が古いのに自分で笑ってしまうのだが、それにしても、「ロハス」がアメリカ発の言葉だというのは意外。だって、アメリカのメディアではこれまで
お目にかかったことがなかった
から。
環境には私もそれなりに気を遣って暮らしているつもりだが、最近始めたのは、コンポスト(堆肥)作りだ。
別にガーデニングに凝っているわけでもないし、家庭菜園があるわけでもない。だから、堆肥は特に必要としていない。が、それでもコンポスト作り用マシン(といってもただのプラスチックのバケツみたいなもの)を買うことに決めたのは、ゴミが減るから、という理由による。
マシンは、地域の自治体にて購入。正規の値段は八十ドルだそうだが、エコライフを応援ということで、三十五ドルであった。直径一メートル弱くらいの、黒いふた付きプラスチックバケツのようなもので、底はない。下の方に、上下にスライドする窓がついていて、そこから順次出来上がった堆肥を取り出せる仕組みだ。
買ってきたマシンを、庭の隅にセットする。通気をよくするために下にブロックを置いたりするといいらしいのだが、面倒くさいので、そのまま土の上に設置。生ゴミを狙うネズミやアライグマなどが入り込まないように、地面に接する部分を土でしっかり固めた。
で、あとは、キッチンから出たゴミや落ち葉などを入れるだけ。
マシンを買ったときにもらってきた「コンポスト作りはカンタン!」という小冊子によれば、「緑色のもの(窒素を多く含む)」と、「茶色のもの(炭素を多く含む)」を一対一から二くらいの割合で入れるように、とある。緑色のものとは、刈った芝生、野菜や果物の切れ端、コーヒーやお茶のかす、卵の殻など。茶色のものは、枯葉や土、細かく切った新聞紙やペーパータオル、コーヒーフィルターなど。
キッチンから出る生ゴミは全部入れてもいいのかと思ったら、肉や魚、乳製品や油ものなどは入れないように、と書いてあった。そういうものを入れると、ネズミが寄り付きやすいらしい。
というわけで、キッチンからコンポストマシンに行くのはもっぱら野菜と果物の切れ端なのだが、これがけっこうたくさん出る。細かくしたほうが分解が早いので、キャベツの芯やブロッコリーの茎、パイナップルの皮など、食べない部分も刻んでおく。
野菜くずは毎日コンスタントにマシンに入れられるが、落ち葉などの「茶色のもの」は、不足がちになる。我が家の庭には葉が落ちる木が少ない。秋にはそれでもなんとか落ち葉をかき集められたが、それ以外の時期には落ち葉不足になってしまう。落ち葉の代わりに新聞紙を細かくしたものでもいいと書いてあるが、野菜くずと同量から倍量くらいの新聞紙を毎日のように細かくちぎるというのも大変な作業だ。
どうしたものか、と思っていたところ、近くに住む友人が庭の落ち葉の処理に困っていることがわかった。二週に一度、落ち葉収集専用のトラックが来るのだが、一回に無料で出せる量が限られていて、その量を超えると料金を払わなければいけないシステムだ。友人のところは、料金を払って収集に出さなければいけないくらいに落ち葉がたくさんあって困っている、と言っていた。それで、ウチが引き取ることにした。数日後、落ち葉がぎゅうぎゅうに詰められた、セメント袋みたいな大きな袋が四つ届けられた。
そんなふうにしてコンポスト作りを始めたのが去年の十月末。いまや三カ月が経過したことになる。毎日せっせと野菜くずを入れ、ときどき枯葉を足し、そしてマシンと共に買ってきたコンポストターナーと呼ばれる棒(先端に、閉じたり開いたりするプロペラのようなものがついている)でマシンの中身をかき混ぜている。地道な作業である。
気温が低い冬のあいだは、分解の速度が遅い。枯葉は細かくなってきているし、キッチンからの野菜くずもマシンに入れたそばから姿を消してはいるが、まだコンポストにはなっていない。
出来上がりまでにえらく時間がかかるのはつまらないし、キッチンのシンク脇に置いたボウルが野菜くずでにいっぱいになると、「ああ、この冷たい雨の中、マシンにボウルを空けに行かなければ」と億劫な気持ちにはなる。が、しかしながら、コンポスト作りは意外に楽しい。
緑色のものと茶色のものとの配合をチェックしつつ、棒でくりくりかき回す。このところの雨で水分がちょっと多すぎるみたいだから、枯葉を少し足したほうがいいかなあ、とか、面倒くさいからと丸ごと入れてしまったパイナップルの葉っぱもいい具合に分解してるなあ、などと思いながら、くりくりかき混ぜる。そういえば、ハロウィンの飾りに使った大きなカボチャも適当に割って入れたが、最近見かけないなあ。もう分解されたのだろうか。くりくり。
庭の隅で一人、くりくりしていると、そのうちに
頭のなかが真っ白
になって、ただくりくり作業に没頭するようになる。体を動かしているので、寒さはあまり感じない。無心ながらも、「いいことをしている」という考えが頭の隅のほうにあるから、なんとなく気分がいい。ふと気がつくと、十五分くらいコンポストマシンの中身をくりくりしていることもある。コンポスト作りは、精神面の健康にも一役買っているのではないかとみた。
地元紙に、地域ぐるみのコンポスト作り計画の記事が載っていた。ポートランド市が、各家庭から食べ物の残りを収集してコンポストを作ることを検討しているのだそうだ。実際には、大量の食べ残しを持っていく場所が見つからないので実現はむずかしいらしい。場所だけでなく、各家庭で分別しておく食べ残しの匂いや、たかってくる虫、動物対策など(特に夏場)、クリアしなければ問題は山ほどありそうだ。
でも、実現したら、便利になるだろう。地域のゴミもぐんと減るはずだ(ちなみに我が家のゴミは六割くらいに減った)。
地域ぐるみの壮大な堆肥作りに思いを馳せながら、私は今日も裏庭でひとり地道にくりくりしている。
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