アメリカのおいしい生活
2月
18日月曜日

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  #115 顔が針山になる
 
 

 ミスター・チェンに久しぶりに会ったのは、去年の九月のこと。
「やあ、しばらく。元気でしたか?」
 中性的な顔立ちが相変わらずだった。綿のシャツにコットンパンツといういでたちも、以前とまったく変わらない。
 最後に会ったのは――四年まえの五月。娘を妊娠する少しまえのことだから、よく覚えている。
 電話で、
「妊娠したから、あなたのところには来ません」
 そう言うと、静かな声で「おめでとう」と言ってくれた。
 実は私はいまでも、私を

妊娠させてくれたのは彼

ではないか、とひそかに思っている。
 ミスター・チェンの家は、川向こうのイーストサイドにある。外観も内部も、四年まえとちっとも変わらなかった。古い家のなかは、いつも雑然としている。
 去年の九月の再会以来、月に一度、ミスター・チェンに会っている。たいてい、火曜の午前の遅い時間。彼の家を、私が訪ねるのだ。
「やあ、元気だった?」
 私がドアを開けると、彼は決まってそう言う。低くもなく高くもなく、少しハスキーで、それでいて流れる液体のような、なめらかな声。中国系アメリカ人の彼の英語には、まるでアクセントがない。
「ごめんなさい、少し遅くなってしまって」
 車を停めたところから走ってきた私が息せき切って言うと、彼は、
「いいんだよ。僕はキミが必ず来るって知ってるから」
 そう言ってかすかに笑う。私より少し年下の彼は、いつもなにか大きな使命を背負っているみたいに見える。微笑んでいるはずの目に、なにか思いつめたような気配が浮かんでいる。殉教者と呼ばれる人たちはこんなたたずまいなのではないか――ふとそんなことを思ったりする。
 ミスター・チェンは、私をいつもの部屋に案内する。小さなベッドが二つある部屋。
「充分に暖かいといいんだけど」
 そう言って、彼は薄い水色の壁についているサーモスタットの設定温度を確認する。
 私は、部屋の空気を嗅ぐようにしてから、
「大丈夫みたい」
 と答える。
「そう」
 満足そうに彼は言って、部屋から消える。
 ひとり残された私は、一枚、一枚、ゆっくりと服を脱ぐ。ジャケット、セーター、Tシャツにジーンズ……。用意されているガウンをまとい、ベッドの端に腰掛けて、ミスター・チェンを待つ。
 やがて部屋に入ってきた彼は、私をベッドに寝かせる。
 そして、彼は私のからだに……鍼を打つ。
 
 ミスター・チェンは、鍼師なのだ。
 去年の九月、ある日突然、お尻の左側から腿にかけてひどく痛んだ。ネットで調べたら、どうも坐骨神経痛のようであった。二、三日、だましだまし過ごしたが、どうもいけない。その昔にお世話になったミスター・チェンのところに駆け込んだ。自宅を兼ねたオフィスである。
 ミスター・チェンは、私の左腰から膝のあたりに何箇所か鍼を打った。ついでに、「健康全般に効く」という手足のスポットにも何箇所か。それを週に一度やってもらったら、三週めには左脚の痛みはほとんど消えた。
 彼のことを知ったのは、まだ東海岸に住んでいたころのこと。不妊治療が思うように実を結ばず、時間ばかりが経つので焦っていたころだ。もうすぐポートランドに引っ越すことになっていたので、落ち着いたら鍼に通ってみよう、とネットで鍼師を探していたところ、ミスター・チェンの名まえにひょこっと行き当たったのであった。
 排卵がうまくいってないらしい、と伝えると、彼は卵巣のあたりとへそのあたり、それから健康全般のためといって手足の数箇所に鍼を打った。専門のクリニックに処方された排卵誘発剤を飲んでいる、と私が言うと、「それはいい。西洋医学の不妊治療と並行して鍼を打つと成功率が高まるんです」とミスター・チェンは言った。人工的な薬を使う西洋医学を好ましく思っていないのだろうな、となんとなく思っていたので、その発言は意外であった。
 週に一度のペースで、三カ月ほど通っただろうか。私は妊娠した。オレゴンに移ってから五カ月であっさり妊娠したので、「オレゴンの水にはなにか特別な成分が入っているに違いない」とか、「オレゴンが私を妊娠させたのよ」などとよく冗談で言うのだが、実は、ミスター・チェンの鍼によるところが大きかったのではないかと私はいまだに思っている。
 さて、去年の秋。
 坐骨神経痛が落ち着いてきたので、ついでに産後すぐのころから続いている右耳の耳鳴りのためにも鍼を打ってもらうことにした。脚の痛みも耳鳴りもいっぺんに面倒見てくれるのは、鍼ならでは。西洋医学では、なかなかこうはいかない。
 そしてある日、いつものように鍼を打ちながらミスター・チェンは、こんなことを私に言ったのだ。
「ちょっとまえに、アンチエイジングのために顔に鍼を打ってあげたお客さんがいるんです。メークアップアーチストをやっている女性なんだけど。彼女が鍼の翌日に仕事仲間に会ったら、みんなが『肌がいつもと違う。なにをやったんだか教えて』と詰め寄ってきたと言うんですよ」
 むむっ。思わず耳がぴくりと動く。
「そのお客さんは、何歳くらいの人ですかっ?」
「四十五くらいかな……」
「私と同じくらいじゃないですかっ」
 みっともないと思いつつ、気色ばんでしまう。
「いったい、顔のなにに効くんですかっ」
「シワとかたるみ、それに顔色が明るくなるかな。血行がよくなるからね。整形手術じゃないからドラマチックな変化はないですよ。でも、ボトックスみたいに筋肉を麻痺させたりするわけじゃないから、自然です」
 シワにたるみに顔色! それらすべてが気になっている私は思わず、
「私の顔にもやってくださいっ」
 とお願いした。
 私の食いつきぶりに圧倒されたかに見えたミスター・チェンは、「それでは目をつぶって」と言いながら、私の顔に鍼を打ち始めた。顔のアンチエイジングなどというふざけた目的で施術するのにまだ慣れていないのか、体に鍼を打つよりもずっと手つきが慎重だ。眉間にひとつ。目尻の、いわゆるカラスの足跡のあたりにも一本ずつ。ほうれい線と呼ばれる、口の脇のあたりにも何本か。そのほかいろいろなところに刺され、私の顔はすっかり針山みたいになった。
 そういえば子供のころに、こんなふうに顔にたくさん鍼を打たれた女性をテレビで見たことがあるな、と思い出した。美しくなるためだったら女性はこんなことまでするのだ……というような内容の番組で、ほかにも、泥パックから皮膚移植に至るまで、いろいろな手段を紹介していた。いまほど美容情報が飛び交っている時代ではなかったから、その映像はどれも衝撃的に映ったのを覚えている。 
 気がつけば、自分がその「衝撃的」で、しかも「こんなことまでする?」と思っていた手段で、寄る年波に必死に抗っている。年を重ねることに必要以上に否定的になりたくはないが、しかし見かけの衰えはできる限り遅らせられたら……などと都合のいいことを考えているのだ。
 思えば、ティーンエイジャーのころから、「自分がどう見えるか」に心を砕き、お金も時間も労力も費やしてきたが、これはいったいいつになったら終わるのであろうか。二十歳くらいのときには、「四十過ぎたらもう終わりでしょ」となんとなく思っていたが、いま四十歳を過ぎて、まだちっとも「終わっていない」。こんな調子で、六十になっても八十になっても、やっぱり「終わらない」ものなのだろうか。気が遠くなる一方で、見かけにかまわなくなってしまったら、それこそ「おしまい」という気もしている。
 初めて顔に鍼をしてもらった日にはあまり効果が見られず、「やっぱりこんなもんか」と肩を落とした。が、二度、三度とやってもらううちに、

「あれ? もしかして」

と思わず鏡を覗き込むようになった。なんとなく目尻のシワが浅くなったような。それに、顔色も心なしか明るくなったみたい。鍼の効果は時間の経過とともに薄れるはずだから、効果が蓄積しているとは考えにくい。でも、繰り返し受けているうちに、なんだかいい感じになっていっているような気がするのだ。
 老眼が進んで、自分の顔の細部が見えにくくなっているだけなのだったらちょっと悲しいなあ、と思いつつも、そんなわけで、私の顔は月に一度、針山のようになっているのである。

 
 
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