やれやれ、二月が終わってホッとひと息。
二月は、娘の誕生月である。今年で四歳。去年まではひっそりやって済ませていたバースデーパーティーを、賑々しく開催してやらねばならない年ごろになってきた。
いや、娘本人はまだいまひとつピンときていないようだから、別におおっぴらにパーティーなどやらずに家族で祝うだけでも構わないのだ。が、これまでに誕生会に招いてくれた子たちを招き返さなければ、という社交上の理由もある。また、ごく単純に、一年に一度くらい自分が主人公になれる日があるのは楽しかろう、という気もする。また、友だちに祝ってもらってうれしいと感じることで、ほかの子供の誕生日を心から祝ってあげられるようになるのでは、という情操教育面での期待も多少ある。
そういうわけで、小さいながらも社会に足を踏み入れ始めた娘の友だち付き合いをサポートするべく、今年はちょっと賑々しく誕生会を催してやることにしたのだ。
アメリカでは、子供のバースデーパーティーは一大産業だ。開催する場所やアトラクションなど、
ありとあらゆる
選択肢がある。
日本でもマクドナルドで誕生会、とは聞いたことがあるが、こちらでは、ファストフード屋はもちろん、スポーツクラブ、子供向けミュージアム、ぬいぐるみショップ、体操教室、プール、ボウリング場、アイススケート場、室内サッカー場、料理教室、遊園地、動物園などなど、たくさんの施設や店がバースデー用プログラムを用意している。たいていは、その場所で遊んで、ケーキやスナックを食べて一時間半から二時間。数人の係員がパーティーを進行してくれる。費用はまちまちだが、百ドルから二百五十ドルといったところ。
もちろん、自宅や公園で開催するという選択肢もある。そういう場合には、「海賊」「恐竜」「プリンセス」などテーマを決めておき、それに合わせた飾り付けやアトラクション、ゲーム、クラフトなどを用意するのが一般的らしい。すべてを親が用意して、二時間くらい子供を飽きさせずにパーティーができればいいが、なかなかそれもむずかしい。それで、ちょっとしたアトラクションを家に呼んだりもする。ピエロ、ポニーやヒツジ、ヘビやトカゲなどの動物、人形劇、手品師、大道芸人などなど。また、風船細工をしたり、子供らの顔にペイントしたり、似顔絵を描くというようなサービスもあるらしい。
折しも地域の子育て情報誌がバースデーパーティー特集を組んでいたのだが、このたぐいの情報がびっしり、十ページ以上に及んで掲載されていたのには驚いた。
その情報の海のなかから私が選んだのは、人形劇である。去年の春に引っ越してきて以来、まだあまり親しくなっていない近所の子供たちに気軽に来てもらえるように……という下心があって、家でパーティーをやることにしたのだ。ほかにも、幼稚園の友だちや日本人プレイグループでよく一緒に遊ぶ子供などを合わせて、計十五人の子供たちに招待状を出すことにした。
人形劇をやるペニーという女性に連絡を取って予約を入れたのが、誕生日の六週間前の一月半ば。それからは怒涛のように誕生日当日になだれ込んでいった。
招待状の用意に始まり、家のなかの飾りつけの手配と準備、掃除、ケーキの材料やスナック、それに紙皿などの買い出し、当日子供たちに作らせるちょっとした工作物の材料の準備、パーティーフェイバー(帰りに子供らに持たせる手みやげ)の手配……。
どうせ子供の誕生会だし、などとたかをくくっていたのだが、意外にやることが多い。それも、こまごましたことばかり。誕生日まえの一週間は、ほかのことはろくにできず、ほとんどこれにかかりっきりになってしまったのでストレスが溜まった。
おまけに、招待状を出した子供のうちの半分がアメリカ人だったのだが、出欠をなかなか知らせてくれないのである(日本人たちは直接顔を合わせる機会が多かったこともあって、かなり早い段階から知らせてくれた)。アメリカさんたちからは、十日まえくらいからようやく返事が来始め、前日に「遅くなってゴメン。参加します」と電話してきたお隣さんや、なんとパーティー当日に「下の子だけ参加するって返事したけど、お姉ちゃんのほうも用事がなくなったから行ってもいいかしら?」と連絡してきたご近所さんもいた。また、出欠の連絡がなく、パーティーにも来なかった子が二人。
アメリカ人からなかなか返事が来ないのは、わりに普通のことらしい。友人がやはり子供の誕生会を催したときには、出欠の返事なくいきなり当日に兄だか弟だかを連れて現れた子がいて慌てた、と言っていた。会場やアトラクションによっては子供の人数によって料金が設定されていることもあるし、手みやげを用意する都合だってあるし、せめて一週間まえくらいには出欠を知らせておいてくださいよ、と思うのだが。
そんなこんなで最後の最後まで人数に増減があったが、結局十五人の子供たちが参加してくれたパーティーは、なかなか盛況であった。
なんといってもハイライトは人形劇。ちょっとしたパイプを使って一メートルくらいの高さの舞台を組み立て、マイクもスピーカーも使う本格派だ。ひとりですべてを切り盛りするペニーさんは、登場するキャラクターによって声をたくみに使い分け、ラジカセの音楽に合わせて歌も歌う。布を張ったステージの後ろでパペットを動かしつつ、舞台前面に少し開けた穴から子供たちの様子を見ていて、思わず立ち上がって人形を触りに来ようとする子供に絶妙のタイミングで「はい、ちゃんと座っててね」と声をかける。子供たちはみんな、舞台を食い入るように見つめていた。
ショーは三十分。ケーキをまえにみんなで歌う「ハッピーバースデー……」にもパペットと一緒に参加してくれて、料金は百二十五ドルであった。スタッフたちがパーティーを一切合財取り仕切ってくれる外の会場を使った場合に比べるとやや割高な感はあるが、子供も大人も楽しんでいたし、まあよしとしよう。
パーティーの翌日、家のなかのあちこちにつけた飾りを取り去り、参加してくれた子供たちへのお礼カードを書いて、これで今年の誕生会は無事終了。はあ。自分で自分にお疲れさま、という感じだ。
それにしても、である。みんなが来てくれたおかげでパーティーが盛況に終わったのだからこんなことをいうと悪人みたいで気が引けるが、十五人来てくれたということは、単純に考えるとウチの子供もこれから
一年のあいだに十五回
の誕生会に呼ばれるということである。月に一回以上の頻度だ。そういえば、子供が三人いる友人は、会うたびに「今週末はバースデーパーティーに呼ばれてるのよね」と言っている。誕生会のかけもちに終始する土曜日、なんていうのも稀ではないらしい。その上さらに自分の子供たち自身のバースデーもあるのかと思うと、頭が下がるばかりである。
参加する子供たちは楽しいらしいが、それをお膳立てするのに奔走する親たちのあいだでは、誕生会はため息交じりで語られる話題である。必要悪とまではいわないが、いまや子供の誕生会は、みんながやっているからウチだけやらないわけにいかない、というイベントであろう。もちろん、純粋に子供を喜ばせたいと思っている親もいるのだろうけれど、私は誕生会準備に追われて心が荒んだときには、「まったく、どこのだれが始めたんだ、こんなもん!」と毒づいたものだ。
それでも、どうせやるからには楽しいものにしなければ、と気を取り直してがんばるわけだが、自分の子供の誕生日が気が重いイベントになってしまうというのも、なんだか悲しいなあと思う。今年のが終わったばかりなのに、来年のことを考えては、ため息が出るばかりである。
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