娘が、私立の幼稚園を受験した。高校まで続く、いわゆるエスカレーター式の学校である。「受験した」などというとまるで本人の意思みたいだが、四歳になったばかりだから、「受験させた」が正しい。
我が家からクルマで十分のところにあるこの学校は、インディペンデント・スクールと呼ばれる。政府からも宗教団体からも、いかなる団体からも経済的な援助を受けない。だから独自のカリキュラムを組むことができる、「独立した学校」という意味。
去年秋の説明会以降、山のようにもらった資料には教育理念やカリキュラムの詳細などが書かれていてそのどれもが素晴らしく響くのだが(学校案内というものはそういうふうに書かれているものだ)、私たち夫婦が最も魅力に感じたのは、
「生徒対教師の割合が七:一」
という点である。学校全体の生徒数を先生の数で割った数字だから、単純に「一クラスが七人」というわけではもちろんないのだが、ひとりの教師に対しての生徒数が少ないほど、それだけ教師の目がきめ細かく届くというひとつの指標だ。ちなみにオレゴンの公立校平均は二十:一。
幼稚園から高校までのどの学年でも、毎年、新入生を受け入れる。幼稚園は二十一人。今年はそこに七十人あまりの申し込みがあったので単純倍率は三・五倍と聞いたが、兄や姉に在校生がいる子やこの学校の職員の子は優遇されるとも聞いたので、実際の倍率はもう少し高かったらしい。
四歳ぽっちの子供のことである。筆記試験をするわけにもいかないし、よっぽどの天才児でもなければ、どの子が優秀か、などということは判断がつかない。「いったい、子供たちのどこを見て合否を決めるのだ?」とは、だれもが抱く疑問である。
学校側の説明では、「幼稚園に受け入れる子供たちは、二十一人全体のバランスを重視する」とのことであった。性別、誕生月、人種、そして性格などを考慮してバランスよく受け入れたい、と。平たくいえば、利発な子、積極的な子ばかりをそろえるわけではない、ということだ。
その説明に、ほっと胸をなでおろした。アメリカ人の子たちに比べると英語という点で劣るウチの娘にも、ちょっとチャンスがあるかも、と。また、人種という部分では、少々有利かもしれない。アジア系アメリカ人ならそう珍しくないが、ウチの娘は日本人の両親に育てられているから、いまの時点ではほとんど日本人だ。外国人枠というのがあるのかどうかは知らないが、こんな枠があるのだとしたらあんがい倍率は低いかも。
すべての書類を提出し面接なども済ませて、まな板の上の鯉状態の一カ月間、「イケるかも」「いや、やっぱりダメだ」と、ふたつの気持ちのあいだを行ったり来たりした。
ところで日本では、幼稚園や小学校を受験することを「お受験」と呼ぶらしい。
去年の秋に願書を出して申し込みを始め、説明会などに参加したりするたびに、「ウチも『お受験』ってこと?」と思い、少し憂鬱な気持ちになった。以前はただの流行り言葉だとさして気にもとめていなかったが、渦中の身には、なんだか小ばかにされている気分になる言葉である。
しかし、「お受験」が、小さい子供の受験にまつわるもろもろに奔走する親の姿を揶揄する言葉なのだとしたら、アメリカでは「お受験」などあり得ないのではないか、という気がする。いや、アメリカでもニューヨークあたりの名門私学の幼稚園や小学校などに入るには、あるいはひょっとしてお受験的奔走があるのかもしれない。が、少なくともオレゴンには、私立幼稚園の受験はあっても、「お受験」はない、と断言してよかろう。
それをいちばん強く感じたのは、子供たちが学校を訪問した日であった。二月中旬のこの日は、受験生である四歳前後の子供たちが十人ずつ、幼稚園の教室のなかで先生たちと一時間ほど過ごす日。先生たちは、子供らと遊びながら、それぞれの子の性格などを注意深く観察するというわけだ。親たちは、その教室の隣の待合室で待機。
親の面接ではないのだから、と思いつつも、だからといって普段着で行くにも抵抗があるしなあ……と、いちおうパリッとした服装で出かけた私たちは、ほかの受験生の親たちのいでたちを見てビックリした。私たちと同じようにパリッとしていたのはもう一組の夫婦だけで、あとはみんなものすごくカジュアルだったのだ。
もしかしてこの用事が終わった後にはジムに行ってエクササイズですか? と訊きたくなるようなジャージっぽい上下の母さん(頭にはベースボールキャップ、手にはスタバのコーヒー入り紙コップ)とか、毛玉のついたよれよれのセーターにくたくたのジーンズの父さんとか。みんな普段の週末の朝とまったく変わらぬ装いであり、そのうち何人かにいたっては、シャワー浴びてきた? と訊きたくなる感じでさえあった。
連れてこられた子供らも、ジーンズにTシャツ。先生たちにいい印象を与えたい、などという親の下心が透けて見えるような服装の子供はひとりもいなかった。
日本の「お受験」では、両親のスーツ着用はおろか、母親が持つバッグのブランドにまで細かく不文律がある、などというまことしやかな話を聞いたことがあり、なんだかうっとうしい世界だなと思っていた。が、その対極にあるオレゴニアンたちのいでたちも、それはそれで、ちょっとどうなのだ、と言いたくなる。
ポートランドには、Tシャツと短パンとスニーカーで入れないレストランはない、と言われている。つまり、そのくらいに、オレゴニアンたちはいつでもどこでもカジュアルな服装を貫くという意味。実際、ドレスコードのあるような格式の高いレストランなどポートランドにはほとんどないが、ちょっとオシャレなレストランならダウンタウンに軒をつらねている。そんな店に少しめかしてウキウキと足を運んだときに、Tシャツに短パンのアメリカ人客を見つけると――なんだかガッカリするのである。オレゴニアンたちよ、もうちょっと服装に関して、時と場所をわきまえたメリハリをつけておくれよ、と思うのだ。
子供の学校に関わる日なら、なおのこと。だいたい、子供たちやその親を迎える先生や関係者たちはこぎれいな格好をしてきているのである。親のほうもスーツとまではいわないが、もう少ししゃんとした格好をしてくればいいのに、いや、それが人としての礼儀ってもんでしょ、そりゃそうだよ――パリッとしすぎてちょっと浮いていた私たち夫婦は、そんなことをひそひそと言い合っていたのだった。
受験生の親が十組ほど集められたその待合室は、彼らほとんどの服装のカジュアルさも手伝ってか、緊張感などというものとは無縁のなごやかな雰囲気であった。「この機会になんでもどうぞ」と親たちからの質問を受け付けた入学課長と思しき女性のフランクさも、その場の雰囲気をいっそう和らげた。自分の子供らもこの学校に通っているという彼女は、入学課長というよりは在校生の親のひとりという立場でもって、私たちにざっくばらんに話をしたのである。
ときに冗談を交えながらにこやかに話していた彼女がそのときに言ったなかでいちばん印象に残ったのは、「この学校にお子さんが通い始めてからの、いちばんの驚きはなんでしたか」というある親からの質問に返した答えであった。彼女は、「いい質問だわ」と言いながら、こう答えた。
「それまでに息子が通っていた学校では、声の大きい子がリーダーシップを取って当たり前、という風潮がありました。これはその学校に限らず、世の中のたいていの場面で普通に受け入れられていることでもあります。声の大きい人が方向を決め、声の小さい人たちはそれに従う、と。けれどもこの学校に通い始めて、『声の小さな子も、なにか重要なこと、なにか正しいことを言っているかもしれない』ということを学んだようでした。『声の大小にかかわらず、みんなの主張に公平に耳を傾けよう』という姿勢を学んだのです。とてもうれしい驚きでした」
なんとも答えにくそうな問いに、瞬時に淀みなく答える彼女の頭の回転に感心しながら、その内容にもまた、私はいたく感銘を受けた。
自己主張のスキルを鍛えられ、
その主張の強さばかり
を競わされがちなのがアメリカである。そんななか、スタートラインで言語のハンディを持つ我が家の娘は、恥ずかしがりな性格も手伝って、少なくとも学校生活の初めのうち、「声の小さい人」になることは間違いがない。外国人だしそれで当たり前、と私はなんとなく思っていたのだが、この入学課長の話を聞いて、「ウチの娘の小さな声を、先生だけでなく仲間たちもおろそかにしない環境がここにはあるのだな」と感じたのだ。この学校に娘が入れたらいいなあ、と心の底から願った瞬間であった。
ところで我が家の娘の結果だが――合格であった。外国人枠が倍率「一」だったのかもしれない。じっと喜びをかみしめる春である。
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