世の中、不景気だ。
アメリカに住んで十五年、これまでに山もあったし谷もあったが、今回はなんだかほんとうにずっしりと不景気なのである。
二月に破産申請をした家具のチェーン店が、少しまえからGoing Out Of Businessセールをしている。閉店セールだ。全国にある店舗すべてを閉めてしまうのか、それとも収益性が低い店だけを閉めることにしたのかどうか定かではないのだが、我が家から二十分くらいのところにあるその家具店は、けばけばしい看板を立てて集客に懸命だ。
この週末がいよいよ最後だったらしい。そばを通りかかったら、
「Negotiate-no reasonable offer refused」
という看板がやたらと立ててあった。
「価格交渉応じます、言い値でどうぞ」
というところだろうか。
いままでにも閉店セールの看板やコマーシャルは見たことがあるが、ここまでなりもふりも構わない、
持ってけドロボー!
なメッセージにはお目にかかったことがない。
その家具店のすぐそばには、キッチン・ベッド用品チェーンのやはり閉店セールが。こちらはこの店舗のみのクローズだそうで、全品三十パーセントオフと書いてある。
ちょうど買いたいものがあったので立ち寄ってみた。ハゲタカのようなお客がたくさん群がって買い漁っているかと思いきや、意外に人は少なく、彼らがのろのろと押しているショッピングカートのなかにも商品はあまり入っていない。陳列棚にはいまだに商品が整然と並んでおり、閉店セールにさえ熱気がまるで感じられないのであった。
閉店しないまでも、ここのところセールがやたらと多い。
いままで、「五十ドル買うと十ドルオフ」というセールをやっていたのはSafewayというスーパーマーケットだけだったのに(毎月第一火曜の新聞にクーポンが載っている)、いまや別の店も同じことを始めた。
衣料品も扱うある大型スーパーでは、その店のギフトカードを買えば、十パーセント金額を上乗せする、というサービスを始めた。百十ドルの商品券を百ドルで買えるというわけだ。これは、ギフトカードが売れた時点で売り上げが立つし、売れたカードすべてが満額使われるとは限らないわけだから、なかなか賢い商法である。
ネットやカタログのショップも、セール合戦だ。
私は子供服をネットで買うことが多いのだが、今年はどこのショップも軒並み、夏物のセールが五月から始まったので驚いた。通常なら、夏物セールは七月四日の独立記念日以降のはずである。
価格設定が少々高めで、しかもこれまであまり安売りをしなかったような、ちょっとお高くとまっていたブランドも、去年の冬あたりからセールに積極的になってきた。最近は、夏物セールのお知らせメールが毎日のようにやってくる。ブランドイメージがすっかり変わってしまった。
消費者にしてみれば、セールは大歓迎。でも、最近の、四方八方からセールが迫ってくるような感じはなんだか怖ろしいのだ。どの小売店からも、生き残りをかけて必死な様子が痛々しいほどに伝わってくる。
赤い数字でマークダウンされた値段ばかりが並ぶカタログをぱらぱらとめくりながら、ここも次は閉店セールかもね……などと不吉なことを考えてしまうのである。
景気が悪くなったから原油の値段が上がったのか、それとも原油価格が上がったから景気が悪くなったのか――ニワトリが先か、タマゴが先か――私にはよくわからないのだが、いずれにせよ、ガソリンの値段がどんどん上がっているのが、消費者にとっては大打撃である。
いま、我が家の周りではガソリン価格は一ガロン四ドルを超えた。日本では一リットル百七十二円ぐらいだという。一ガロンは三・八リットルだから、高くなったといいながらもアメリカのほうがまだ三十五パーセントほど安い(一ドルを百七円で計算)。
ヨーロッパもガソリンは高いと聞くし、まだまだアメリカは安いほうなのだからガマンしなければ……と思うわけだが、しかし、日々の生活実感という観点からすると、外国と比較することにあまり意味はない。
アメリカでは、十五年前には、一ガロン一ドルを割っていたことさえあった。満タンにしても二十ドルからお釣りがくるような時代であった。
それがいまや、満タンにするには六十ドル以上は当たりまえである。
十五年のあいだに、ガソリン価格は四倍になったのだ。それも、カーブは緩やかで平均的ではなく、ぐいっと尻上がり。二〇〇七年のガソリン価格の平均はガロン二・八ドルだったそうだから、この半年だけで四割も値段が上がっている。
ガソリンが高いからクルマに乗らないようにしよう、という動きがないではない。通勤に自転車や公共交通機関を使う人がわずかながら増えてはいるらしい。
しかしながら、アメリカではよほどの街中に住んで、そのなかだけで用事を済ませているのでない限り、クルマなしで生活するのは至難の業である。家と会社の往復だけなら自転車でも構わないだろうが、その途中に買い物をしたり、保育園から子どもを連れてきたりという郊外型のライフスタイルには、クルマは欠かせない。ポートランドはアメリカの街のなかでも公共交通機関が発達しているほうだと思うが、それでもやはり、クルマなしでは不便である。
ちなみに私は、日々の買い物や子どもの送り迎えにしかクルマを使わないが、それでも十日に一度、給油が必要だ。一回六十ドルの給油を月に三回だから、百八十ドル。これが半年まえには百ドルちょっとで済んでいたのかと思うと、ため息が出る。
ガソリンが高くなると、モノの値段も上がる。前述した、五十ドル買えば十ドル引きというスーパーのクーポンを使って買い物をしても、得したはずの十ドルが値上げ分と相殺されているだけなのではないか、と疑わしい。
いちばんガツーンと来た値上げは、私が通っているプールの使用料である。去年までは一回六ドルだったのだが、今年に入って七・五ドルになった。いきなり二十五パーセントも引き上げるかなあ……と思ったが、五十メートルプールを常時温めておくのには、相当コストがかさむのであろう。
郵便料金も引き上げられた。封書の基本料金が一セント上がって、四十二セントになった。郵便は配達にクルマや飛行機が使われるから、ガソリン価格が上がるとダイレクトに響くのだろう。一セントの値上げなど、個人レベルではたいした影響がないが、ダイレクトメールやカタログなどを消費者に送っている企業にとっては痛手であろう。
そういえば、
カタログは軒並み薄く
なっているような気がする。高級な手作り家具を扱う会社からときおり届くカタログは、以前はまるでインテリアの本のような重厚感があったが、最近届いたのはぺらんぺらんであった。
こういうご時世になると、メディアでも節約について取り上げられるようになる。
オレゴンニアンという地元紙には、毎週火曜に食べ物関連のページがあるのだが、少しまえには、いかに食費を減らすかについての特集が数週に渡って掲載されていた。
「外食はしない」
「空腹時にスーパーに買い物に行かない(なんでもおいしそうに見えて、あれこれ買い込んでしまうから)」
「一週間分の献立を考えて、計画的に買い物をする」
また最近では、庭の芝生をつぶして野菜を植えよう、というのがちょっとしたトレンドなのだそうだ。庭を畑に変えて、野菜作りを指南するビジネスが受けている、という記事を雑誌で読んだ。
野菜を自宅で作って、おまけに料理も自分でするというのだ。
アメリカという国はこれまで、買い物に外食が当たりまえの消費大国だったはずなのだが。隔世の感がある。
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