七月四日は、独立記念日であった。
ポートランドでは、この日を迎えるとようやく、雨の心配なく屋外イベントを行えることになっているのだが、今年はあいにく、いまにも雨が降り出しそうなどんより天気の一日となった。
子どもたちは、この日を「アメリカの誕生日」と教わるらしい。星条旗の赤、白、青にちなんだ色合いの服装をした人が多いなか、「ハッピーバースデー・ディア・アメリカー」と歌っている子どもがいた。
ふと気がつけば、ウチの夫の会社ではこの独立記念日が、ニューイヤーズデー(元旦)、五月最終月曜のメモリアルデーに続いて、今年三番目の休日であった。
年の始まりからこれまでにほかにも祝日があるにはあったが、前述の三つの祝日ほどメジャーではなかったので、夫の会社は休まず営業していたのだ。
アメリカでは、政府機関や銀行などが休む一般的な
祝日(バンクホリデー)が十日
ある。夫の会社では、一月のマーティン・ルーサー・キング・デーや二月のプレジデンツデーなど、いちおうバンクホリデーながらも比較的マイナーな祝日を休まずに営業し、その分を年末に近いサンクスギビングやクリスマスのときに休みにすることにしている。だから、一年の最初の半分は、週末以外の休日が極端に少ない。
ちなみに日本のバンクホリデーは、一年のあいだに十五日。アメリカの五割増しだ。
最近は、呼び名が変わったり、新しいのが加わったり、また、ハッピーマンデー(どうでもいいが、このネーミングをだれかなんとかしてください)とやらで日付が定まらなくなったりしたので、日本の祝日のことはすっかりわからなくなってしまった。
ところで夫にいわせると、日本とアメリカの勤め人の休み(有給休暇は除く)を比較すると、一・五倍どころではないらしい。
日本の会社には、上述のいわゆるバンクホリデーに加えて、お盆や年末年始などの慣習的な休日がある。これは毎年カレンダーによって変わるわけだが、だいたいお盆に三日、年末年始に四日というところだろうか。
だから、日本の一般的な会社の休日は、十五日プラス七日で、二十二日。
一方、アメリカ人もクリスマスやサンクスギビングなどには連休を取っているわけだが、この場合は会社がクローズしているわけではなく、社員がそれぞれ有給休暇を使って休んでいる。日本のような慣習的な休日というのはないので、アメリカの勤め人の年間休日数は、バンクホリデーの十日だけ。
このように比較すると、日本の勤め人はアメリカの勤め人の二倍以上も休んでいるではありませんか! ――ということになるわけだが、実際には、有給休暇まで含めればアメリカ人のほうがたくさん休んでいることになるのであろう。日本には、お仕着せの休日が多いのだ。
で、何のはなしだったかといえば、独立記念日である。
独立記念日は、バーベキューと花火の日。
サンクスギビングやクリスマスには家族で集って食事をするのが慣わしだが、独立記念日は、もう少しオープンだ。近所の家同士が集まってブロックパーティーをしたり、友だち家族が集まったり。我が家の近所も、ジョージとデイジー夫婦が五家族を呼んで、バーベーキューパーティーを催した。
アペタイザーは、チーズやディップにクラッカー。ディナーには、スモーキーな香りのスペアリブ、コールスロー、ベイクドビーンズ(金時豆の水煮缶をベーコンやタマネギと合わせ、ケチャップ、バーベキューソース、黒砂糖などでやや甘く味付けてことこと煮たもの)、野菜サラダなどを、思い思いに皿に取る。人数が多いこともあって、紙皿にプラスチックのナイフとフォーク。
アメリカ人の、カジュアルで肩が凝らないもてなしには、いつも感心させられる。いや、皮肉ではなく、心から感心しているのだ。キッチンカウンターに並べられた料理を一見して、正直なところ「えっ、これだけ?」という感も若干あったりするのだが、一方では、「こんなにしてもらってどうしましょう」とゲストが困惑してしまうような押し付けがましさはまるでない。
これが日本人家族の集まりとなると、もっとうんと手が込んだ食べ物が並ぶ。品数もずっと多い。食べる直前に作って出したい料理などもあるから、ホストはなかなかキッチンから出てこなかったりする。
私も、友人たちを呼んで我が家でご飯を……となれば、おいしいものを食べてもらいたくてがんばってしまうクチなのだが、心のどこかでは、アメリカ人のシンプルでカジュアルなもてなしにいつも憧れているのだ。おむすびを三十個くらいせっせと握ったりせずに、パン買ってきて切って、皿に盛ってどん! というような豪快なもてなしに。食文化の違いといってしまえば、それまでなのだけれど。
それにしても、このパーティーでなにしろいちばん驚いたのは、ホストのジョージが、もうすぐ二歳という息子のジェフにビールを飲ませていたことであった。
ジョージに抱っこされたジェフは、父親が片手に持っているビールの瓶にしきりに手を伸ばす。ジョージが瓶を息子の口のほうに少し動かすと、ジェフは小さな手でぐいと瓶を引き寄せて口のところに持っていき、ごくん、ごくん、と飲むのである。
私の隣にいたエイミーが、目を覆った。
「ジョージはいつも自分の子にアルコールを飲ませるのよ。私は見ないことにしてるんだけど」
それを聞いたジョージは、
「なにカマトトぶってんだよ、エイミー。キミなんか相当イケるクチじゃないか。キミがウォッカを飲むってわかった瞬間に、ああキミとは友だちになれる、って思ったもんさ」
そう言って、まるで欲しがる子どもにミルクでもやるみたいに、ビールをやっていた。
「ジェフはね、好きなんだよ。ビールだけじゃなくて、スコッチも好き。ウォッカも好き。ワインも好き」
「それ全部飲ませてみたの?!」
私が思わず訊くと、ジョージは
「そ。ちょっとだけだよ」
と答えたので、私はひっくり返ってしまった。
日本の社会はアルコールに関して、呑気というか寛容なところがある。晩酌しているお父さんが、興味を示した子どもに面白半分でビールや日本酒を舐めさせてみたり、などという光景に目くじらたてる人は少ないだろう。また、「酒が強い」といえば、どちらかといえば自慢の種で、逆に飲めない人(特に男性)が「情けない」などと思われがちである。
が、アメリカでは、アルコール中毒が深刻な社会問題であるため、アルコールに関して日本のようにオープンに語られることはあまりない。もちろん、店にはたくさんアルコールが売られていて(買うときには年齢を厳しくチェックされる)、人々は日常的にアルコールを飲んでいるわけだが、「飲んでいる」という事実は、あまり話題にされないのだ。
「私はお酒をたくさん飲みます」などと不用意に言えば、「もしかして中毒?」と誤解を与えかねない。
アメリカに住み始めてまだ日が浅く、このような不文律を知らなかったころ、夫がディナーの席で
「僕はあまり飲めないんですけど、妻はたくさん飲めますから」
とアメリカ人相手によく言っていたものだが、そのたびに複雑な表情をされたものだ。
その昔に禁酒法などという法律があったくらいだし、また、タバコをヒステリックなまでに目の敵にするし、アメリカの社会というのは、オープンであっけらかんとしているようでいて、極端なところがある。
だから、ジョージが小さな息子にビールを飲ませていた光景にも、人前で「イケるクチじゃないか」などとずばずば言っていたことにも(しかも友だちとはいえ、女性に対して!)、本当に目を丸くしてしまった、というわけ。
赤ん坊にアルコールを飲ませていることが知れたら、虐待だとして、警察に捕まってしまうのではないか、と思うのだが、そんな無茶苦茶をしているジョージは、もうすぐ四十歳。ちょっとブラッド・ピットを思わせる風貌の、弁護士なのであった。
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