アメリカのおいしい生活
8月
11日月曜日

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  #125 プロのプライド?
 
 

 この夏、ふと思い立って裏庭に菜園を作ることにしたのだが、そのために仕事を依頼した業者たちにカリカリきてしまった。
 まずは、スプリンクラー屋。
 庭にすでに設置されているスプリンクラーに、何カ所か水漏れする箇所があった。地中に埋められた管に亀裂が入っているらしい。
 電話帳で見つけたスプリンクラー屋は、開業三十年というのが自慢らしく、自分とこに比べりゃほかの業者はどこもまだまだひよっこだ、と言う。
「日本人のお客さんもこれまでに何人かいたよ。みんないい人ばかりだった」
 我が家にやってきた創業者とおぼしきじいさんは、始めはそんなお愛想を言っていたのだが、我が家のスプリンクラーの状態を見るなり、どんどん顔を曇らせていった。
「お宅のスプリンクラーは……プロが設置したものではないね。こう言っちゃ悪いが、そこらのホームセンターとかDIY屋で売っているものを素人が取り付けたんだな」
 それからじいさんは、

「ほら、ここも」「ほら、あそこも」

という具合に、ウチの庭のスプリンクラーがいかに下手くそに取り付けられているかを次々にあげつらっていった。自分のところだったらこんな中途半端な仕事はしない。いや、そもそもこんなプロ仕様でない商品など取り付けるはずがない、と。
 そう言われてよく見てみれば、たしかに我が家のスプリンクラーはちゃちな作りであった。が、いちおう表の庭にも裏の庭にも地中に管が張りめぐらされ、タイマーでスイッチが入れば地上部分がぴょこんとせり出して水を撒く。管が数カ所裂けて水漏れしているだけで、そこさえ修理すれば、まだしばらくは役目を果たすと思われた。
 私は水漏れ箇所をじいさんに見せて、直すようにと頼んだ。
 ふーむ、としばし考え込んだじいさんは、私にこう言った。
「このスプリンクラーは、便利屋かだれか、ちょっと器用な素人がホームデポかどこかで調達してきて取り付けたものだ。修理するのに必要なパーツを手に入れるには、やはりホームデポに行かなければならない。しかし、私のところはプロのスプリンクラー業者で、パーツはすべてメーカーから直接仕入れている。ホームセンターなんかには行かないんだよ。悪いが、こういう商品は、修理できないね」
 私は面食らってしまった。どんなパーツを手に入れてきて、どういうふうに直せばいいかわかっているのに、プロ仕様でないからという理由で、修理をしないというのである。プロのプライドが許さない、ということらしい。
「あの、プロなんだったら、こんな水漏れ、すぐに直せるんじゃないの? プロだったら、どんな問題でも解決できるんじゃないんですか?」
 食い下がってみたのだが、
「それはごもっともなんだけど、私にはこういうスプリンクラーの修理はできない。悪いね。今日のお代はいらないよ」
 じいさんはもう自分のトラックのほうに向かって歩き出していた。本当なら下見に来るだけで九十五ドルなのだが、それは払わなくていい、と言い残して。
 彼がこだわるプロの矜持というのがわからないではなかった。が、なんだか古いなあという気がした。スプリンクラーのプロを自認するなら、どんなスプリンクラーのどんな問題も解決してみせます、というのがいまどきのプロというものではないだろうか。
 結局、スプリンクラーの水漏れは、地元情報誌で見つけた便利屋に直してもらった。プライドの高いスプリンクラー屋の話をしたところ、便利屋のブルーノは、
「パーツを買いにホームセンターまで行ったり来たりが面倒くさかったんだろ。夏のあいだ、スプリンクラー屋は書き入れ時だから、こういう小さな仕事に時間を取られたくなかったのさ」
 という見解であった。
 一時間二十五ドルで働くブルーノは、四時間ほどで水漏れをすっかり直していった。プライドばかり高いスプリンクラー屋よりもずっと安く済んだので、結果的にはありがたかった。
 さて、スプリンクラーも直って、いよいよ菜園作りに着手することになった。
 ほんの小さなスペースだが自分たちで土を耕すのは大変なので、二十センチほどの高さの木箱を作ってもらってそのなかに土を盛る、いわゆるraised bedsという方式の家庭菜園を作ることにした。
 仕事がはやいと評判の業者を雇って、木箱を作ってもらうことになった。ちなみに、家周りの大工仕事をする業者のことを、general contractorという。日本でいうところのゼネコンである。
 今回、ウチが雇ったゼネコンは、バーブという名の女性であった。薄ら寒い日でも、半袖ポロに半ズボンで登場。

腕もふくらはぎも腿もムキムキ

である。
 家庭菜園の木箱が置かれることになる裏庭の下見に来たのが、六月初め。バーブは、メジャーであちこちの寸法を測っては、ノートに数字を書きつけた。木箱だけでなく、ちょっと見栄えのいいトレリス(キュウリやトマトのための支柱用)もいくつか作ってもらうことにした。
「デザインを起こして、料金の見積もりができたらすぐにメールで送ります」
 とバーブは言い残して帰っていった。
 それから三週間。うんともすんともいってこない。
「あのー、どうなりました?」
 電話すると、
「あー、ごめんなさい。家族の集まりなどあって忙しかったもので。すぐに見積もりを送ります」
 送られてきた見積もりにOKを出し、契約書にサインして送り返した。
 デザインなどの細かい点をいくつかメールでやりとりしたあと、
「菜園用の木箱はウチの作業場でだいたい作って、来週、お宅の裏庭で組み立てます」
 というから待っていれば、その「来週」には来やしない。
「あのー、どうなってます? 下見に来てから一カ月経つけど、まだなにも始まってませんが」
 とメールを出すと、
「今週やります。夏は忙しくて休みなしだってこと、理解してください」
 という返事がきて、カチンときた。休みがないのは気の毒だが、引き受けた仕事をきちんとやっていないのはあちらなのだ。どうしてこういうことを平気で客に言えるのか、理解に苦しむのである。
 ようやくその週にやってきたバーブは、裏庭で木箱を組み立てにかかった。が、寸法を測り間違えたのか、作ってきた三つの木箱は大きすぎて、そのままでは木箱と木箱のあいだに腰を下ろして作業できるスペースがなくなってしまう。彼女とふたりであれこれと考えた末、大、中、小三つある木箱のうち、大と中の二つをくっつけてひとつにすることにした。
「そんなことは朝飯前よ」
 と、バーブは電動ねじ回しとのこぎりでもって大と中の木箱の一部を解体し、ふたつをくっつけていった。
 その結果、出来上がったのは、縦一メートル、横三・五メートルくらいの長細い木箱。横の三分の一くらいのところに継ぎ目があって若干膨らんでしまい、どうしてもまっすぐな長方形にならない。なにかに似てるなあと思ったら、吸血鬼などが入っている西洋の棺おけみたいな形なのだ。
 やっつけ仕事みたいに作業を終えたバーブは、自分が作った木箱の不恰好さにはひと言も触れず、
「トレリスは来週持ってくるわ」
 そう言い残して帰っていった。が、案の定、「来週」には来やしない。
「どうなってんの?」
 みたび催促すると、しばらくして、
「正直言って忙し過ぎて、お宅のトレリスのための材料も買ってないし、準備作業も何もしてない。ウチとの契約を破棄してほかの業者を雇うとおっしゃるなら、それはそれで構いません」
 という返事が来た。
 ウチのが大した仕事でないから、大掛かりで実入りがいい、よそのプロジェクトを優先したい気持ちはわかる。でも、待たせるだけ待たせて「ごめんなさい」のひと言もなく、「ほかの業者を雇うならどうぞ」とは、いったいなんなのだろう。
 アメリカ人がこういう人ばかりだとは思わないが、日本人なら「相すいません」というところを、実にあっさりと、まるで自分の問題ではないとでもいうようにすり抜けていく人にときどき出くわすのである。スプリンクラー屋のじいさんはプライドのかたまりだったが、ゼネコンのバーブは、プライドがあるんだかないんだか。
「ほかの業者を雇うにも、もうトマトやキュウリには遅いし、今年はトレリスは諦めました」
 精一杯の皮肉を書いて送った。こういうときにビシッと厳しく言えたら、もう少しナメられずにウチの仕事を優先してもらえたんだろうな、と思いつつ。
 出入りの園芸業者に頼んで木箱に土を入れてもらい、夏の半ばにいちおう我が家の菜園は完成した。夏野菜の苗を買いに走ったがシーズンが過ぎているようで、ほとんど手に入らなかった。仕方なく、パセリやバジルなどのハーブや、スーパーの野菜売り場で買ったネギやクレソンなどの根っこを、地味に植えてみた。収穫への道は、まだまだ遠い。

 
 
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