八月にオリンピックが終わったときに、「さて、次のお楽しみは大統領選ですかね」と思ったものだ。お楽しみなどといっては不謹慎かもしれないが、この国で選挙権を持たない私は、無邪気かつ無責任に傍観していられるというわけだ。
投票日まで一カ月を切って、いよいよ佳境に入ってきた。支持する候補者の名まえ入りスティッカーを貼っている車や、庭先にサインを掲げている家などが増えてきた。Tシャツを着たり、バッジを胸につけている人もいる。たまに見かける顔写真入りサインのマケイン氏の顔が、どう見ても日焼けスプレーをたっぷり噴霧したみたいにオレンジなのが気になる。
リーダー選びといえば、折しも日本では新しい首相が誕生したばかり。こちらの新聞に「また日本の首相が代わった」という見出しの小さな記事があり、「また」という部分にチクリとやられた気がした。
私がアメリカに住み始めたのが一九九三年七月なのだが、それ以来いままで、アメリカの大統領は、クリントンとブッシュのふたりだけであった。
気になったので調べてみたら、同じ十五年の間に日本では、なんと
麻生氏まで含めて十一人
も首相がいたのであった。
宮澤、細川、羽田、村山、橋本、小渕、森、小泉、安倍、福田、麻生。
小泉氏の在任期間が約五年半だったので、単純に計算すると、残りの十年で十人。つまり、一年に一度の頻度で、国のリーダーが代わっていたことになる。
アメリカではクリントンもブッシュも再選されて二期大統領を務めたが、これがもしもどちらも再選されていなかったら、この期間の大統領は四人になっていたことになる。それでも四人。十一人の半分にも満たない。
日米のリーダー選びのシステムやそれにまつわる決まりが違うのだから仕方がないといえば仕方がないのだが、こう次から次へとめまぐるしくリーダーが代わると、国民のあいだに嫌悪感というか「だれがなっても一緒」というような投げやりな感情が生まれてくるのも無理はないだろう。一国の長が、一年というごく短い期間になにかを成し遂げられるとは、とても思えない。
それにひきかえ、アメリカの大統領選はエキサイティングである。向こう四年間の国の行方を決めることになるわけだから、おのずと慎重にもなろうというものだ。
共和党のマケイン氏と民主党のオバマ氏。どちらも党から大統領候補に選出されるまでに長い道のりを経ている。あちこちでの演説に加え、ほかの候補者たちとの討論会などで、一挙手一投足が有権者やメディアの目にさらされ、「党の代表として大統領選に送るに足るかどうか」を吟味される。日本の政治家に最近頻発している(しかも、やや確信犯的なことさえある)「失言」など、もってのほかなのである。
度重なるスクリーニングを経て、ようやく党から大統領候補に指名される。そこからが新たなるバトルの始まりだ。
これまで、大統領候補のテレビ討論会が二度、副大統領候補のが一度行われた。どちらも注目度は高いが、特に後者は、共和党の副大統領候補であるサラ・ペイリン・アラスカ知事のおかげで過去最高の視聴率をマークしたらしい。
八月末に彼女が副大統領候補だと発表されたときには、アメリカじゅうがひっくり返らんばかりに驚いた。そして、思わず唸った。若々しくて見栄えのいいペイリン氏は、七十二歳であるマケイン氏の選挙陣営に、新鮮な空気を送り込んだからだ。
以来注目の的であった彼女は、討論会直前のテレビインタビューであまりにもパッとしなかった。だから、討論会では、共和党寄りの視聴者は巻き返しを期待していたし、民主党寄りの視聴者は、彼女がバイデン候補にやり込められるのを見ようとしたわけだ。
フタを開けてみたら、ペイリンは予想以上に大健闘したと言われた。が、軍配はバイデン氏に上げられた。それでも、討論中にペイリン氏が繰り返しして見せたウィンクやら政治家らしからぬくだけた物言いやらに話題が集中したのは、彼女がこれまでの副大統領候補のイメージからあまりにもかけ離れているからだろうか。
大統領候補の討論会でも、これまでのところ軍配は民主党に上がっているようだ。終始クールなオバマ氏に対し、時にカッカとなってしまうマケイン氏。前回の討論会では、熱くなりすぎたせいか、うっかりオバマ氏のことを「that one(アイツ)」呼ばわりしてしまった。
すわ、侮蔑的発言か、とメディアはすぐに騒ぎ始めたが、討論会翌日のインタビュー番組でオバマ氏の妻は、「有権者たちは候補者どうしのそういった瑣末なやりとりよりも、経済のことが心配でたまらないはずです」と、さらりとかわしていた。
劣勢気味という調査結果に苛立ったか、マケイン氏の陣営は最近、演説などでオバマ氏のことを「バラク・フセイン・オバマ上院議員」と、わざわざミドルネームの「フセイン」をつけて呼んだりしているそうだ。そんな幼稚な手はマイナスに作用するだけだろうと思いきや、熱くなった聴衆のなかにはオバマ氏をテロリスト呼ばわりする者も出たりして、それをマケイン氏がなだめる場面もあったりするらしい。
ポートランド周辺はとりわけリベラルな地域なので、民主党を支持する人が多い。少しまえに会った友人のローラは、アメリカの大統領選をまったくばかげた大騒ぎだと恥じながら、「とにかく弱者を排除する共和党が信じられない」と息巻いていた。そして、ヒラリー・クリントン氏を送り込むことができなかったことにいまだに苛立ちを感じており、
「アメリカの大統領選挙ではね、だれでも好きな人の名まえを書くことができるの。だから私は、
ヒラリーの名まえを書く
つもり。もちろんそれが無駄だってことは知っているけれど」
と言っていた。そうしないと気が済まない、という感じであった。つい最近、心臓にペースメーカーをつける手術を受けた彼女は、この国の健康保険制度のひどさを知っている。だから、国民皆保険を唱えるヒラリーに、並々ならぬ期待を寄せていたのかもしれない。
別の友人のセスは、「もうずっと民主党支持。オバマ氏に投票するよ」と言っていた。彼の妻のリーは、「私は中立なのだけれど、今回はオバマかな」と。ウィスコンシン出身の彼女は、共和党支持の両親のもとに育ったそうだ。
セスは、
「最近は政策うんぬんよりも、『妊娠中絶』については賛成か反対か、『ゲイカップルの結婚』についてはイエスかノーか、というような、個人的な宗教観とか信条みたいなもので支持する候補が決まってしまいがちなのが残念だ」
と言っていた。そして、
「で、キミはもしも投票できるとしたら、どっちの候補者に投票するわけ?」
と訊いてきた。
うーむ。こんなこと、いままでだれにも訊かれたことがなかったから、しばし考え込んでしまった。
私は、これまで傍観者に徹するべく、なるべく思い入れなしで選挙戦を楽しもうと務めてきた。が、前回の討論会でオバマ氏が環境問題についての質問に答えて、
「石油依存をあらため、風や太陽、地熱などからのエネルギーの開発に力を注ぎたい。新しいエネルギーに基づく経済を作り出すことができれば、五百万人分の新しい雇用機会が生まれるだろう」
というようなことを、過去数十年のコンピューターに関連するハイテクビジネスが牽引した景気になぞらえて言ったときに、行く手にほんの小さいながら光を見た気がしたのであった。私のようなど素人が飛びつきそうな「夢」なのかもしれないなあ、と思いつつも。
今週火曜に三度めの討論会が開かれ、そして、来月四日がいよいよ投票だ。エキサイティングなアメリカ大統領選から目が離せない。参政権がないから、まるで鬼ごっこに「おまめ」で混ぜてもらっているみたいな気分ではあるが。
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