ここまで圧勝するとは思わなかったので、けっこうビックリした。
オバマ氏のことだ。
もちろん、選挙の直前、大方の識者はオバマが勝つと予想していた。明らかに共和党を応援しているコメンテーターさえも、「ほとんどあり得ないとわかっているけど、マケインが勝つ……と期待したい!」という捨て鉢な言い方をしていた。
でも私は、
「いやいや、わからんぞ」
と思っていたのだ。
二〇〇〇年のアル・ゴアは、選挙前の調査でブッシュに大きくリードしていたことがあったにもかかわらず、フタを開けてみたら負けてしまったではないか。
それに、ブラッドリー効果というのもあるし。これは、選挙前の調査では「黒人候補に投票する」と言っておきながら実際に投票所に行くと白人候補に票を投じてしまう、という白人有権者にありがちな投票行動のこと。人種差別に関する建前と本音というところだろうか。一九八二年のカリフォルニア州知事選挙で、当選確実といわれていた黒人のブラッドリーという候補が敗れたのだそうである。
そんなこんなで、なにがあるかわからないぞ……と思っていたので、あっさりオバちゃん(こう呼ぶとぐっと親近感が湧くのは、私もオバちゃんだからでしょうか)が勝ったのは本当に意外だった。
もうひとつ意外だったのは、当選がかなり早くに明らかになったこと。選挙当日の夜八時少しまえにふとネットでニュースをチェックしたら、「オバマ当選確実」というのが目に飛び込んできてビックリした。
たしかオレゴンではその日の夜八時まで投票所が開いていたのではなかったか。
ということは、その段階ではまだ西海岸地域に投票が終わっていない地域もあったわけで、そんなときに「当確」なんてニュースを流してしまっていいのだろうか、と不思議に思ったのである。
「さてこれから投票に行くか」と思っていた人が、「あれ? オバマ当確? それならもう行かなくてもいいや」となりはしないのだろうか。あるいは、投票所に駆け込んで、あわててマケインに同情票を入れる、とか。ま、当選確実なんだから、その時点ではもうなにをしたところで大勢に影響はないのだが。
オバマ氏の勝利は、歴史的な出来事だといわれている。そのニュースを最初にどこで聞いたかをだれもが後々まで覚えているであろう出来事である、と。
考えてみれば、ほんの五十年くらい前まで、アメリカ南部には人種分離法などという法律がまかり通っていて、レストランやバスなどでは白人と黒人は隔離されていたのである。そんな国に、黒人の(といってもオバマ氏はケニア人の父親と白人の母親とのあいだに生まれたハーフだから、有色というのが正しいのだが)大統領が誕生したのだ。歴史的な出来事といっても大げさではなかろう。
選挙結果は、選挙人の獲得数でいうとオバマが三六四、マケインが一六二で圧倒的。Popular Voteと呼ばれる総得票数は、オバマが六千五百万票(五三パーセント)に対し、マケインは五千七百万票(四六パーセント)。選挙人の獲得数に比べて大きな開きがないのが興味深いが、いずれにせよどこから見てもオバマ氏が勝ちである。二〇〇〇年のゴア対ブッシュのときには、総得票数が多かったゴアのほうが負けてしまったからなんとも後味が悪かった。
当選が決まった晩に、オバマ氏はシカゴで勝利のスピーチをした。
「なんでもやればできるという可能性がアメリカにまだあるのだろうかと疑問に感じている人がいたらとしたら。建国者たちの夢はまだあるだろうかと疑っている人がいたら。そして、民主主義の力に疑問を抱いている人がいるとしたら――今夜が、その答えです」
うまい。
専門家たちはオバマの選挙キャンペーンがなぜ成功したかをいろいろと説明しているが、そのうちのひとつに、彼が黒人であることを前面に押し出さなかったことを挙げている。勝利スピーチのこの導入部分でも、人種のことなどちっとも触れていないけれど、でも「黒人である自分を大統領に選ぶ国には、可能性も夢も民主主義も存在する」ということを表現しているのであった。じーんときたのは私だけではあるまい。
一方のマケイン氏の敗北宣言は潔かった。彼がオバマの名を口にすると聴衆からブーイングが起こったが、それを制して、「私の支援者には、民主党との妥協点を見出すべく努力をしてもらいたい」と言った。二〇〇〇年にも大統領に立候補したもののブッシュに負けて共和党候補になれず、これが二度目のトライであった。七十二歳という年齢を考えると、三度目の正直はないだろう。悲願達成ならず。ちょっとかわいそうだ。
共和党の副大統領候補だったサラ・ペイリンには選挙後、「アフリカのことを大陸ではなく国だと思っていたらしい」とか「選挙戦終盤にはマケインとも選挙スタッフとも反りが合わずにみんな手を焼いていたようだ」とか「負けが決まった翌日に共和党の資金で洋服を買い漁っていた」などというゴシップがつきまとっている。
いきなり副大統領候補に担ぎ出されてきた彼女は、「この二カ月はなんだったわけ?」と憤っているかと思いきや、今回の選挙戦では全国的に顔が売れたので大収穫ということらしい。次回二〇一二年の大統領選に出るかも、とか、上院議員に選出されるかも、とか、テレビトークショーのホストになるらしい、などという噂が飛び交っている。
アメリカではコメディアンがよく政治をネタにし、政治家のモノマネを器用にやってのけるのだが、もともとコミカルなマケインとペイリンのコンビは格好のネタであった。特に、ティナ・フェイという女性コメディアンがするペイリンの真似がそっくりで、CNNなどのニュースでもよく取り上げられるほどだった。共和党コンビが敗れたことには未練はないが、あのモノマネがこれから見られなくなるのはつまらないなあと多くの人が思っているに違いない。
面白いといえば、今回の選挙を通じて私がいちばん傑作だと思ったのは、ファーマーズマーケットでギターを弾きながら歌を歌っていたストリートミュージシャンの看板であった。
お金を入れてもらおうと開いたまま置かれたギターケースのわきに、段ボールの切れ端があって、そこに
「I'm like Obama-I want change」
と書いてあったのである。
オバマ氏が選挙戦のあいだずっと言い続けてきたchangeは、もちろん「変革」である。このストリートミュージシャンが欲しいと言っているchangeは、「小銭」のこと。思わずニヤリとさせられる言葉遊びである。
変革を唱えるオバマ氏には、並々ならぬ期待が高まっている。特に、経済方面。
期待ばかりが膨れ上がった結果、すぐに成果が出ないからといって不満続出……などという事態にならないといいな、と心配している。
オバちゃんを、温かく見守ってあげようではないか。
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