アメリカのおいしい生活
11月
25日火曜日

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  #132 不景気レポート2
 
 

バカだなあ、

と多くの人が思わず苦笑しただろう。
 アメリカの大手自動車会社三社――ビッグスリーと呼ばれるフォード、クライスラー、GM――の首脳たちのことである。
 ビッグスリーはいまやどこも販売不振で経営危機に陥っており、CEOたちが米議会の公聴会にやってきて二百五十億ドルに及ぶ公的資金による救済を訴えた。が、彼らは三人とも、それぞれの会社のプライベートジェット機に乗ってワシントン入りしたことが発覚し、議会の心証を悪くしたのであった。
 それはそうだ。借金の申し込みをしに行くのに、いちばん高額なメルセデスに乗って現れたようなものだ。そんな人に、おいそれとお金を貸す気になるか? ならないだろう。ジェットに乗り込む前に、「これはマズイかな」という考えが、ちらりとでも頭を過ぎらなかったのだろうか。
 実際、議員たちからは、
「民間機のファーストクラスに格下げしてはどうか」
 とか
「せめて一台のジェットに相乗りしてくる、とかいうアイデアは思いつかなかったかね」
 とか
「ジェットを売って帰れ」
 という声が上がったという。
 ビッグスリーを潰してしまったら、下請けの部品会社などまで含めて三百万人の雇用に影響が出て、ますますアメリカ全体の景気が混迷することは間違いない、というのがCEOたちの言い分。
 そう言われれば、なんとか助けてやらねばいかんのかな、と思う。が、その会社がコスト削減に努力して切り詰めに切り詰めているのかと思いきや、三千六百万ドルもする自家用機を所有していたり、一千万ドルもの年収をCEOに払ったりしている。それに、彼らが作っている車はといえば、図体が大きくてガソリンばかり食うような、いまの時流に合わないものばかり。
 二百五十億ドルを渡したとしても焼け石に水で、またすぐに救済を求めてくるのではないだろうか。議会が慎重になるのも無理はない。
 それにしても、世の中なにが起こるかわからないものだ。あのビッグスリーが、潰れるかどうかの瀬戸際だというのだから。
 アメリカはその昔、自動車産業を自国の基幹産業にするべく道路網の整備に力を入れた、という話を聞いたことがある。これが本当の話かどうかは定かではないが、鉄道に比べて自動車での移動のほうがはるかに便利なことを思えば、あながちウソとも思えない。国をあげて発展させてきた基幹産業が傾いているということは、「アメリカが傾いている」と言っても過言ではないかもしれない。
 ちなみに、一九〇〇年代初めに売り出されたフォードのT型車は、一九一三年に流れ作業方式を取り入れて、大量生産されるようになったそうだ。電気洗濯機や掃除機などの電化ブームが起こったのもこのころのこと。大量生産は大量消費を生み出し、やがてアメリカでは「消費は美徳」となっていく。大げさな広告によって消費欲がかきたてられ、やがて、クレジット買いが流行するようになる。人々は自分が支払える能力以上に買い物をしたわけだが、いつまでも信用のみに頼って買い続けることはできなかった。一九二九年、大恐慌が到来した。
 今回の不景気は、支払い能力が充分になさそうな人にも住宅ローンを提供した、いわゆるサブプライムローンの破綻に端を発している。「信用」が問題だったという意味では、大恐慌と構造は同じなのである。人は、歴史からは学べないものらしい。
 週末、ポートランドのダウンタウンでは、

「No More Bailout」

――「これ以上救済するな」というプラカードを掲げて、公的資金による緊急救済に反対する人たちが集会をしていた。
 
 毎日のように、文字通り景気のよくないニュースがメディアを賑わせている。「大恐慌以来最悪」とか「○○年に統計を取り始めて以来最悪の」というフレーズがごく日常的に使われている。
 小売店はたいていどこも閑古鳥だ。ラジオを聞いていたら、いまどき珍しく好調だという店のレポートをしていた。よくよく聞いたら「コンサインメント・ショップ」のことだった。中古品の委託販売店である。使用済みの商品を持ち込む人も、その店に買い物に来る人もどちらも増えて、オーナーの女性は、
「いままでにないくらいに忙しくって」
 と興奮気味に語っていた。
「こういう店が流行るというのは、やはり不景気の悲しいサインでしょうかねえ」
 とインタビュアーが尋ねると、
「いや、そんなことはないでしょう。エコに気を遣う人が増えて、リサイクルとかリユースなどの意識が高まったからじゃないでしょうか」 
 などとオーナーは分析していたが、やはりどう考えても不景気が追い風になっているのに違いない。女性オーナーは、このご時世に自分のビジネスだけが好調ということになんとなくやましさを感じたのだろう。
 CNNには、ファイナンシャルプランナーである中年女性がよく出演していて、視聴者からの質問を受け付けている。歯切れのいい回答が売り物だ。以前はにこやかで冗談交じりだったのが、いつの時点からか、彼女の顔から笑みが消えた。
「貯金を崩してクリスマス資金に当ててもいいでしょうか。こういうときだからこそ、気分が晴れるようなことをして家族を喜ばせたいと思うのですが」
 という視聴者からの質問に、彼女はまるで患者に重病を伝える医者みたいな深刻な顔で言った。
「残念ながら、二〇一〇年初めくらいまで、景気は回復しないでしょう。それまで持ちこたえるにはどうしたらいいのか、そのことについて考えてください。家族へのクリスマスプレゼントは手作りなりなんなりすることにして、どうか貯金を崩して……などということはゆめゆめ考えないように。きっと後悔しますよ」
 景気がいつかは回復するというのはだれもがわかっている。問題は、いつ回復するかであり、そして、それまでどうやってしのぐか、である。どうやって、水面から顔を出し続けているか。職を失うのはいつだって恐怖だが、いまほど多くの人がそれを恐れているときはないであろう。
 そんな折、娘のクラスメイトの父親が、
「先週、レイオフされちゃってね」
 と言っているのを聞いてしまった。子供が四人いる家庭の父さんである。
 朝、子供たちを学校に送って行きながらの立ち話でいきなりそんな話が出てくることにこちらが驚き、おたおたしてしまう。その場にいた数人が、思わず目を見合わせた。
 彼がどういう業種でどういう立場にいたのかなど、詳しくは知らないが、
「給料が多くて経営の負担になる者から辞めてもらう、ってことだったんだよ」
 と言っていた。その収入が途絶えたということは……考えただけで、身につまされる。
 それから一カ月以上経つが、子供の送り迎えにはいまでも毎日、その父さんが姿を見せている。スポーツ選手のトレーニング姿みたいなカジュアルな服装だ。
「仕事、どうなった?」
 訊きたいけれど、ためらわれる。
 つい先日発表されたオレゴンの失業率は、七・三パーセントであった。この数字は急速に上昇しつつあり、今後しばらく下がる見通しはなさそうだ。

 
 
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