たいそう遅蒔きながら、ここのところThe West Wingに夢中になっている。九九年から〇六年にかけて放映されたテレビシリーズだ。日本でも、「ザ・ホワイトハウス」という題名で放映されていると聞いた。
舞台は、題名どおりホワイトハウスのウェストウィング。オーバルオフィスと呼ばれる大統領執務室がある、ホワイトハウス西棟だ。ここで大統領のために働く首席補佐官、次席補佐官、報道官、広報部長、広報次長などの上級スタッフたちが、政治、人間関係、恋愛……あらゆるドラマを繰り広げる。
とにかくセリフの多いドラマである。台本は通常の一時間ドラマの五割増しくらいの厚さなのではないだろうか、と思うくらい。登場人物である上級スタッフたちは、オフィスのなかで、あるいは廊下を歩きながら、ぽんぽんとテンポよく掛け合いをする。みんなエリート中のエリートで頭の回転がよく、しかも時間に追われて仕事をしているから、余計なことは話さない。が、すぱーんと皮肉のきいたひと言を瞬時に返したりする。
「ホワイトハウスの人たちは、みんなこんな話し方するのかねえ」
「なんかカッコいいよねえ」
英語字幕の助けを借りながらもたもた見ている夫と私は、画面のまえでつぶやく。ドラマと現実を混同してしまう。実際のホワイトハウスの人たちだって人間なのだからすべてをこんなに早回しみたいに言っているはずはなかろう、と思いつつ、いや、しかしアメリカのエリートは想像を超えるほどデキそうだしなあ……。
アメリカのテレビシリーズは、最初の部分が特に劇的に作ってある。視聴率至上主義であるアメリカのテレビ界では、最初の数回で、視聴率が稼げない(つまり面白くない)と判断されると、すぐさま放映を打ち切られてしまう。だから、パイロットと呼ばれる初回とその後数回のエピソードに、特に力が入っているのだ。
ウェストウィングでは、初回冒頭、
「POTUSが自転車事故でケガ」
というメッセージが上級スタッフたちのポケベルを駆け巡った。ある日の明け方のことである。スタッフたちはすぐさまホワイトハウスへと急ぐ。POTUSとは誰なのかと思いきや……President Of The United Statesのこと。へーえ、大統領はそんなコードネームで呼ばれているのかあ、とぐぐっと引き込まれた。そして、こんなふうに、いままで知らなかったようなホワイトハウスの内輪のいろいろが見られるのだな、と期待が膨らんだ。
全部で百五十を超すエピソードのうち、私たちがいままでに見たのは最初の十九回。首席補佐官のアルコール及び薬物中毒歴にからんだスキャンダルにはハラハラさせられたが、それも落ち着いて、いまやちょっと中だるみ気味である。マーティン・シーン扮するバートレット大統領がひた隠しにしている持病の件が若干気になるといえば気になるが、基本的にはここのところ、一話完結型の「ちょっといいはなし」の連続に落ち着いている。
それでも見続けてしまうのは、登場人物たちの魅力によるところが大きい。みんな、エリートらしくキレ者だが、それでいてどこかに抜けたところや弱みがあり、そして温かみが感じられる。
夫は、「スタッフたちのうち、だれみたいに振舞い、話すようになりたいか」と考えながら見ているそうだ。
「うーん、みんなキレよく話すけど……トビーがいいかなあ。ちょっと声がソフトすぎるけどなあ」
何ごとにもパニクることなく、いつでも冷静沈着な広報部長に憧れているらしい。
私が好きなのは、ロブ・ロウ演じる広報部次長のサム・シーボーンだ。いや、このキャラクターが好きというよりは、ロブ・ロウが好きなのだけれど。
ロブ・ロウといえば、なんといっても「ホテル・ニューハンプシャー」である。ジョディ・フォスター演じる実の姉フラニーを好きになる次男ジョンの役であった。無駄な肉がまるでついていない体には本人が持て余すほどの若さがみなぎっていて、それをどうにかして放出すべくいつもわさわさと走っているという感じだった。実姉のことを思いながらも年上の女性(どういうキャラクターだったかは忘れた)と関係し、そして物語の後半、念願かなってフラニーとも関係することになる。
ジョン・アーヴィング原作の「ホテル・ニューハンプシャー」には、この近親相姦のほかにも、暴力やら自殺やらレイプやらの忌々しき出来事が次々に起こる。普通なら気が滅入ってしまうはずなのだが、この映画はむしろコミカルで、じめじめとした後味がまるでない。アーヴィングの作品にはいつも、「世の中は恐るべき出来事に満ち満ちているけれど、それでも人は生きていかなければいけないし、そしていつか必ず救いがある」というメッセージが込められているのだ。
八四年の作品「ホテル・ニューハンプシャー」でまだ二十歳だったロブ・ロウは、睫毛ばさばさの甘い顔立ちで、そしてなぜかいつも頬が赤かった。二十年以上経ったThe West Wingでは、顔の輪郭が少しそげた。ハンサムでスタイルがいいことに変わりはなく、きりっとした印象が、やや潔癖ぎみのホワイトハウス広報部次長の役どころにぴったりである。
ロブ・ロウは、この政治ドラマで俳優として復活を遂げた。彼は、八〇年代初めには大人気だったが、八八年に未成年の女の子と肉体関係を持ったことが発覚して人気に陰りが差し、後にはアルコール及びセックス中毒のため更正施設に入っていたのだ。ドラマのなかでは、首席補佐官が元アルコールとドラッグ中毒という設定であったが、ロブ・ロウはそれを地でいっていたというわけ。そのあたりのエピソードを撮影していたときには、本人は平常心を保っていられたのかなあ、とか、周りも気を遣っただろうなあ、などと余計な心配をしてしまった。
というわけで、世間に遅れをとること十年近く。いまごろになってThe West Wingを夜な夜な見ているのである。まだ見ていないのが百二十話あまりあるので、これからも二カ月近くは楽しめる計算だ。折しも大統領が変わる(しかも政権政党も変わる)というタイミングである。オバマ氏も来年一月からはオーバルオフィスで「ミスター・プレジデント」などとみんなにうやうやしく呼ばれるわけだな、とか、早々と首席補佐官に指名されたラーム・エマニュエル(けっこうハンサムだけど背が低いのが惜しい)はあんなふうにスパスパとスタッフメンバーたちを牛耳るのか、などと想像は膨らむ。
三話立て続けに見て頭のなかがすっかりホワイトハウスになった晩、寝るまえにインターネットをチェックしたところ、「麻生内閣の支持率が二十一パーセントに急落」というニュースが目に飛び込んできた。
「二十一パーセントって、すごいよねえ」
「そうだよなあ。こっちじゃ五ポイント落ちて
四十五パーセントになったとかで大問題
になってたけど、それどころじゃないな」
「こっち」というのは、ドラマのなかのバートレット内閣のはなしである。完全に、ドラマと現実がごちゃまぜになっている私たちなのであった。
しかしそれにしても、支持率二十一パーセントって……。
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