アメリカのおいしい生活
12月
23日火曜日

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  #134 Cabin Fever
 
 

 先週日曜から雪が降り始めた。乾いた雪が積もっては気温が下がって凍り……を繰り返している。今日でもう九日め。冬といえば雨がびしょびしょ降るばかりのポートランドには珍しいことである。だれもが、
「こんなの初めてだ!」

「一生に一度の珍事だよ!」

 と目を丸くしている。
 我が家は、山の斜面を利用して作られた住宅地のなかにある。連日の雪で、いまやすっかりスキーリゾートみたいな趣だ。砂糖菓子みたいになった家々にはクリスマスライトが灯り、庭には凍ってガラス細工のようになった木々が立ち並ぶ。
 見た目にはキレイだが、雪の積もった坂道の運転は厳しい。雪が降り始めてからというもの、我が家のクルマ(四駆、チェーンなし)で外出できたのはわずかに一度。私たちが住んでいるあたりでクルマに乗れないということは、ほとんど何の用も足せないということを意味する。
 こんなときに限って夫は日本に出張中で、雪が降り始めた最初の五日間、私は娘とふたりで蟄居であった。考えてみてほしい。朝から晩まで、どこにも行かれずに四歳児とふたりっきりで五日間。どんなに「やめてくれ」と頼んでも、娘が同じ歌を延々歌い続けたときには、発狂するかと思った。
 私たちがポートランドに住み始めて五年のあいだ、これが三度めの大雪による蟄居なのだが、なんと三回とも夫は出張で留守だった。まるで狙いすましたかのようである。一度めのときなどは私は臨月間近の妊婦だったから雪で滑っては大変、と、文字通り家から一歩も出られなかったものだ。
 自然災害が襲ってくるときにはたいてい、「来るぞ、来るぞ」と恐れおののく一方で、自分でも不謹慎だと思いながらその非日常的な感じに気分が高揚する。しかしながらふたを開けてみれば、たいていの場合は危惧されたほどのダメージもなく、ほっとしつつ肩透かしをくらったような気分を味わうことになる。
 が、今回はちょっと勝手が違った。
 どうせ二日ぐらい雪が降ってもすぐに溶けるんだろう、とたかをくくっていたら、気温がまるで上がらない。予報がどんどん悪いほうにはずれていく。明日こそはクルマで出られるだろうと毎日思い続けてもう何日、という感じである。毎週月曜に来るゴミ収集車は二週続けて来ず、最初の数日はチェーンをつけて来ていた新聞配達と郵便配達、それにその他デリバリーのクルマも、いまやまったく来なくなってしまった。
 我が家がある通りはカルデサックと呼ばれる袋小路で、小さな子供がいる家が何軒かあるせいか普段から付き合いはあるほうなのだが、この雪でさらに結束が固まった感がある。坂の上から降りていかれないという状況が、ある種の運命共同体感を生み出したようなのだ。
 リーダーは、ウチの向かいのジョージである。四十歳そこそこの弁護士で、趣味はトライアスロン。
 四輪駆動でスノータイヤ、しかも後輪にチェーン装着、という最強のSUVを持つ彼は、「スーパーに買い物に行くけど必要なものはないか」とときおり近所じゅうに御用聞きに回る。ドライブウェイの雪かきをしていると、シャベルを持ってきて手伝ってくれる。道路に積もった雪の上をSUVで何度も行ったり来たりして轍を作ってくれたのもジョージだし、子供たちのソリ遊びのためにちょっとしたスロープを夜のうちに作っておいてくれたのも、そして、「みんなでポットラック形式のパーティーをしようぜ」と企画したのも彼であった。
 土曜の吹雪の晩に、ジョージの家に近所の六家族が集まった。話題はやはり、雪に集中した。
「屋根裏に雪がたまって、それをどけるのがものすごい大変だったよ。放っておいたら溶けて、天井や壁から染み出してきてペイントがはがれたりシミになったりするからね」と、リック。
「雪でオフィスに行かれなかったんだけど、夫も私もどうしても家で仕事しなければいけなかったから、娘をテレビのまえに置いちゃったの。いけない親よね。そのうち、娘はそのままおもらししちゃった。どうしてトイレに行かなかったのよ、って訊いたら、『どうしても見逃したくない番組があったから』だって。これまでの子育てで最低の瞬間だったわ」と、スーザン。
「ドライブウェイの雪かきしてたら大きな山ができたから、雪の洞穴を作ったんだよ。子供が三人、ラクに入れるくらいの大きなヤツをね」とは、お隣のミック(イラストレーターの彼は、雪かきをしているときでさえクリエイティブになってしまうらしい)。
 ワインが、何本も空いた。スティーヴンのミートポットパイ(イギリス人のお父さん直伝)、クリスティーのトマトソースのパスタ、リサのポーク入りポレンタ……みんなが持ち寄った食べ物は、どれも雪の晩にふさわしい「コンフォートフード」であった。ジョージとデイジー夫妻は、こんなときにも紙製やプラスチック製食器ではなくて、瀬戸物の皿とちゃんとしたワイングラスでもてなすのであった。
 そのうちジョージが、「スキーワックスはどこだ」と言いながら家のなかをうろうろし始めた。長いこと飲んで、若干、目が据わっている。
 しばらくすると彼は、スキーパンツにスキージャケットを着込み、帽子を被ってブーツを履いてキッチンに現れた。銀色のフラスクにウィスキーをいそいそと移し入れ、「さあ、行くぞ!」と大きな声。
「どこへ?」
 みんなが口を揃えて訊くと、大真面目な顔で、
「外だよ、外。ピナクルの上から下まで、スキーで滑り降りてくるのさ」
 ピナクルというのは、私たちの家の通りから一本出たところの長い坂。いまや大雪で車両通行止めになったほどの急坂である。
 正気の沙汰ではない、とみんなは驚きつつも、ジョージのやる気というか熱意に圧された。各自それぞれの家に戻って、スキーウェアに着替えてきた。
 時刻は、十時を過ぎている。気温は、氷点下。強風に吹かれてほとんど真横に飛んでくる雪が、頬に当たると痛いくらいである。
 そんななか、大の大人が雪遊びに興じた。プラスチック製のソリに、プールで使うゴムボートのような空気入りボート。みんなおおはしゃぎで、奇声を発して滑り降りては、ソリを片手に駆け足で坂を上ってくる。ウィスキー入りのフラスクが手から手に渡り、だれかが派手に転がるたびに、私たちはげらげらと笑い声を立てた。完全な酔っ払いだ。
 なかでもいちばん酔っ払っていたジョージは、とても坂の頂上までは歩いていかれないと悟ったらしい(ゆうに二十分はかかる)。ガレージからスノーボードを持ち出してきて、その上に立ってみたり、座ってみたり、いろいろと工夫をしながら何度も坂の途中から滑り降りていた。
 そのうち、携帯電話を耳に当てていたエミリーが、
「ジェフが来るわよ!」
 大きな声を出した。背高のっぽのジェフが、いつの間にかひとりでスキーを担いで坂を上ったらしく、これから滑り降りて行くから見ていろ、と連絡してきたのだ。
 私たちは道のわきに寄って、暗い坂の上を見つめた。目のなかに雪が入ってきたが、ジェフの滑降を見逃すまいと、じっと目を凝らした。
「来ないな」
「歩いて降りてんのか?」
 みんなが口々に言い始めたころ、ジェフは、ひらりひらりと坂を滑り降りてきた。スキーを履いていると、ますます背が高く見える。おまけに痩せているものだから、まるで

ツルが舞い降りてきた

かのようであった。
 不思議な光景だった。日ごろはなんのことなくクルマで行き来している道路がいまや雪で真っ白で、その上を、スキーを履いたご近所さんが、ツルみたいにひらひらと滑り降りてきたのだ。
 坂を降りきったジェフは、私たちに向かってガッツポーズをして見せた。きっと彼はこの先ずっと、「俺はこの坂をスキーで降りたことがあるんだぜ」と言い続けることだろう。
 ご近所さんたちに混じって歓声を上げながら、私はcabin feverという言葉を思い出していた。山小屋に閉じ込められた人間が精神に異常をきたすことを表わす言葉である。
 私たちは、いつになったらこの山から下りられるのだろうか。明日の予報も、雪である。

 
 
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