もうすぐ五歳になる娘は、いまプリスクールに通っている。日本でいうところの幼稚園の年中(ねんちゅう)さん。平日八時半から一時半までで、お昼を食べて帰ってくる。
ある日のこと。お弁当を食べた後の空の容器に、マフィンを入れて帰ってきた。
「このマフィン、どうしたの?」
私が訊くと、娘は答えた。
「アンナちゃんのお母さんがくれた」
「アンナちゃんのお母さん、今日学校に来てたの?」
「うん」
子供の誕生日に親が学校にケーキなどを持っていき、先生やクラスメイトに祝ってもらうという習慣があるので、それかなあと思った。が、よく考えてみれば、アンナちゃんの誕生日はまだ少し先のはずだ。
娘に詳しく話を聞いてみたところ、その日、アンナちゃんのお母さんはヘルパーとしてクラスに来ていたことがわかった。そして昼食のときだか終わりの会のときだかに、子供たちみんなに手作りマフィンを振舞ってくれたのだという。その場で食べた子が多かったようだが、ウチの娘は食べられずに持って帰ってきたらしい。
「なんでくれたのかねえ?」
私は首をひねりつつ、ブルーベリー入りのマフィンを娘と分けて食べた。
ヘルパーというのは、生徒たちの親が交代でやるボランティアだ。先生の手助けをするというよりは、自分の子供が学校でどんなことをしているのか、どんな様子なのかを見るのが主な目的であり、基本的には子供について回るだけの役割。生徒たちみんなの分のおやつを用意するように、とは聞いていない。だいたい、子供らはそれぞれお弁当のほかにちょっとしたスナックを家から持たされているのだ。
アンナちゃんの母さんのマフィンから数日後。娘が今度はチョコレートチップクッキーのかけらを持って帰ってきた。
「このクッキー、どうしたの?」
「エドワードのお母さんがくれた」
その日は、エドワードのお母さんがヘルパーとして教室に入っていたのである。どうやら娘のクラスメイトの母さんらは、ヘルパーの日に手作りお菓子を持っていっては子供らに振舞っているらしいのであった。もちろん、母さん全員がそういうことをしているわけではないが。
娘の弁当箱には、昼食が半分ほど残っていた。クッキーはランチの時間が終わってから配られたようだから、家から持たせた弁当そっちのけでクッキーを食べたというわけではないらしい。
それにしても、である。
学校に甘いものを持ってくる、という感覚が、私にはどうしても馴染まないのだ。弁当以外にスナックを持たせなければいけないと聞いたときにも驚いたものだが、それでもスナックにはいちおう「ヘルシーで栄養があるものをお願いします。ガムやチョコレート、ジュースは不可」という但し書きがついている。子供たちはよく動くし、それに胃が小さいから、すぐにお腹が空く。だから食事と食事のあいだにちょっとしたスナックを、というのは、理にかなっているのであろう。
ヘルパーの母さんらが持ってくる手作りお菓子は、子供らを喜ばせるためのものである。まったくの善意から発していることだとは知りつつも、私はどうしても「なぜ?」と思ってしまうのだ。さしたる理由もなく学校で子供らに甘いものをやる、というのがどうにも解せないのである。
思えば、アメリカの親たちとは甘いものに関しての感覚がだいぶ違うようなのだ。
誕生会で、大きなバースデーケーキが切り分けられたすぐその後に、「アイスクリームはいかが?」と言われて驚いたことがあった。まだ子供らがクリームたっぷりのケーキを食べている最中に、アイスクリームをクッキーでサンドしたものが配られたのである。別のときには、バースデーケーキとカップケーキがいっぺんに皿に盛られてきたので仰天したものだ。
また、学校で誕生日を祝ってもらうときには、親がカップケーキをクラスの人数ぶん用意していくことになっているのだが、大サイズと中サイズのカップケーキを二段重ねにしたものにチョコレートで作った足を六本つけて「虫」をかたどったケーキを作ってきた人がいたことがあって、これにもおおいに驚いた。目に色とりどりのM&Mをあしらったケーキはかわいらしかったけれど、「四、五歳の子供向けには大きすぎでしょ、それ」と、その日たまたまヘルパーをしていた私は心のなかで思いながら見ていたのであった。
子供が甘いものが好きだということは私もよく知っているし、たまにはチョコレートやアイスクリームを少しあげたってよかろう、とも思っている。でも、甘いものといえば、虫歯も気になるし、たいして栄養はない。幼稚園ぐらいの子供たちはまだ大人が用意したものにいちいちケチをつけたりしない年ごろなのだから、甘いものはほんの少しにして、果物やクラッカーなどを与えるということでいいのではないか、と私は思うのだ。
ヘルパーの母さんらがけっこう頻繁に手作りお菓子を持ってくるので、私は学校の先生にメールを書いた。
「クラスには二十一人生徒がいて、それぞれの誕生日にカップケーキが配られるとすれば、すでにそれだけで二週に一度、教室で甘いものを食べることになります。また、昼食時に手作りお菓子が振舞われているのでないにせよ、家から持たせた弁当をきちんと終えないのにお菓子だけ食べるというのは困りものです。我が家では、食事どきに出されたものをそのときにきちんと食べなければ後でお腹が空くのだということを教えたいと思っているので。そういうわけで私はヘルパーに入った人たちが持ってくるお菓子は必要ないと考えているのですが」
と。
すぐに、ベテラン先生から返事が来た。
「お菓子は必要ないとお考えのようですが、親御さんたちが善意でされていることなので、断ることは私たちにはできません。人はときどき、おいしいものを作ったから、とか、なんとなく思い立って、というようなふとした理由でちょっとした『いいこと』をするものだ、ということを子供たちに教えるいい機会だととらえています」
普段は、子供の教育に関して共鳴することの多い先生なのだが、教室での甘いものに関しては、少々焦点が異なるらしいのであった。善意に発していることだからこそ、Noと言えるのは先生しかいない、と私は思っていたのだったが。
その後も、ヘルパーの母さんたちの手作り菓子は続いている。つい先日も、娘は終わりの会のときにもらったというクッキー(ピンク色のアイシング付き)を手にしていた。三枚もらって二枚食べ、私に一枚残しておいてくれたという。
ちょうど私と目が合った先生は、私のそばに近づいてきて、
「お菓子が配られるたびに、あなたのことを考えています。ごめんなさいね。今年は特に、お菓子を持ってきてくれるお母さんたちが多いんですよ」
と言った。
「文化の違いですね」
と私は言った。
「日本では、学校ではあまりお菓子は食べさせないんです。だから、なんとなく私は居心地が悪くて」
「そうですか。そういえば、日本では食事の後にデザートも出ませんね。甘いものに関しての感覚が違うのかもしれません」
日本に住んだことがあるという先生は、頷きながら言ったのだった。
学校で甘いものといえば、つい最近、こんなことがあった。
一時半に学校が終わり、外の校庭で子供たちを遊ばせていたときのこと。何人かのクラスメイトがアイスキャンデー(学校のカフェテリアで売っている)を食べていた。
それを見た我が家の娘が、食べたがった。前日も同じように学校のあとにアイスキャンデーを食べさせたばかりだったので、「毎日そんなもの食べるっていうのはどうなんだろうか」と私は迷った。それに、カフェテリアまで行って帰ってくるのが少々面倒くさい。
どうしたもんかねえ、と考えているうちに、娘の「私も食べたいー」という声が大きくなっていった。
すると、そばでアイスキャンデーを食べていたクラスメイトのソニアが、
「私のストロベリー味のやつでよかったら食べていいよ」
と言った。
思わず私がソニアの母さんのほうを見ると、
「そう、ひとつ余ってるのがあるの。手つかずよ。よかったらどうぞ」
と言う。地面に置かれたバッグのなかに、赤い棒つきのアイスが見える。
ソニアには妹がいるけれど、まだ一歳にもなっていないからアイスキャンデーなど食べられるわけがない。
「なんでふたつ買ってきたの……?」
私がソニアの母さんに訊くと、
「ソニアに選択肢を与えたかったから」
と答えた。
私が思わず、
「それだけの理由でふたつ買ったの?」
と尋ねると、
「そう」
彼女はきっぱりと言った。
遊具で遊びたがった娘を置いてひとりでカフェテリアに行ったソニアの母さんは、ひとつしか必要でないところを、「選択肢を与えたいから」という理由で、フレーバーの違うアイスキャンデーをふたつ買ってきたというわけだ。
「だから、よかったらどうぞ。食べて」
このままでは袋のなかで溶けておしまいになるだけのアイスキャンデーを目にして、
「ありがとう」
と口をついて出た。
私だったら「選択肢」よりも、「もったいない」という感覚を身につけてもらいたいかな……。口の周りを真っ赤にしてアイスキャンデーを食べる娘を眺めながら、世の中いろいろな考えの人がいるのだな、と思った昼下がりであった。
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