アメリカのおいしい生活
3月
9日月曜日

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  #139 安さだけで買うな
 
 

 我が家は、ポートランドのダウンタウンから車で十五分。山の斜面を切り開いて大規模に開発した住宅地の中にある。一軒家だけでなくアパートやコンドミニアムなども含め千九百戸あるそうで、ちょっとした町みたいなコミュニティだ。
 先週、春らしい陽気の日があったので、家の周りを散歩してみた。自然を生かして作られた住宅地のなかには、散策にちょうどいいトレイルが縦横に走っている。
 幹線道路からわきに入っていくと、小川に沿って砂利道が続いており、両わきの高台には家が立ち並ぶ。家々の裏手を歩く格好だ。
 川沿いの坂道をどんどん上っていく。川の両側には木々が生い茂っていて、ちょっとした森林公園のようだ。途中、小川の上に小さな橋がかかっていたり、丸太で作られた階段があったり、休むのにちょうどいい場所にベンチがあったり。
 二十分ほどぶらぶらと歩いて、森を抜けた。自分の家に戻るには、いま来た道を引き返すか、住宅地のなかの舗装された坂道を歩いていくか。同じ道を行ってもつまらないから、後者を選んだ。
 道路の両側に並ぶさまざまな色やスタイルの家を、一軒一軒見て楽しめたのは最初のうちだけで、ほどなくして悲しい気持ちになってきた。思っていた以上に、

売りに出された物件が多かった

からだ。二十分ほどの道のりに、For Saleというサインを掲げた家をいったい何軒見ただろうか。「価格下がりました」とか「超低金利ローン組めます」などという文字が躍る立て看板もあった。長いこと売れないでいる物件である。
 我が家の数軒先の家も、売りに出ている。ピーターとジュディが幼い息子ふたりと住んでいた家だ。
「家を売ることにした。いろんな理由により。カリフォルニアに帰るよ。オレゴンの雨はもうこりごりだ」
 ピーターは、不動産関係の仕事をしていた。今回の不景気でいちばん痛手を受けている業種のひとつである。
 彼らは、昨年末に家財道具をあらかた売り払ったあと、レンタルの小さなトラックで引っ越していった。行き先は、カリフォルニアに住むピーターの両親の家。この六月には、子供がもうひとり生まれるらしい。彼らが住んでいた家の所有権は、いまや銀行に肩代わりされたそうだ。
 いまのアメリカでは(いや、アメリカには限らないのだろうが)、どこを向いても不景気だ。
 つい先日、隣家に住むミックが立ち話のときに、
「ランドスケイパーとの契約を打ち切ったんだよ」
 と言っていた。芝刈りから雑草抜き、植木の剪定などをやりに来る業者のことである。
「これからは庭の手入れは自分でやる。生活にかかるコストを下げようと思ってさ」
 ミックはイラストレーター、妻のイレインは不動産業者だ。
「それにね、あのクルマも売るつもりなんだ」
 彼は、ガレージに停まっている赤いBMWを顎で差して言った。去年の夏に買った、赤いコンバーティブルだ。いつもピカピカに磨いてある。
「新しいのを買うの?」
「うん。もっとシンプルなヤツをね。お金をセーブしようと思ってさ」
 いまや、だれもが生活コストを下げようと知恵を絞っている。実はみんながお金を使わないようにすればするほど景気がさらにスローダウンするのだが、この縮小傾向をだれも止めることができない。
 かくいう私も、節約の道を模索するひとりである。携帯電話の契約を安いものに替えたり(ひと月十ドルの基本料金プラス一分あたり二十五セントという破格のプランを見つけたのだ。携帯電話はあくまでも緊急連絡用で、先月使ったのは六分だけ、という私にはぴったり)、クルマの保険屋に掛け合って年間保険料を下げさせたり。
 Chinook Bookというクーポンブックを使い始めたのも、最初はコストダウンが目的であった。これは、EcoMetroという環境団体が発行しているもので、環境に配慮した製品やそれらを扱う店のクーポンが三百枚以上掲載されている。食料品店、レストラン、おもちゃ屋、ミュージアム、自転車屋、園芸店――掲載されているのは、地元のビジネスがほとんどだ。
 使い始めてから二カ月と少し。これまでこのブックのおかげで四十一ドルセーブし、繰り返し使える買い物袋をひとつ無料で手に入れた。ブックの正規料金は二十ドルだがキャンペーン中に十五ドルで手に入れたので、すでに元が取れた勘定だ。
 しかし、すっかりお得というわけではない。「二十五ドル以上買ったら五ドルオフ」というようなクーポンを使うために、普段行かない店にわざわざ出向いたりするからガソリン代が余計にかかるし、それに、クーポンによる割引がなくても、全国チェーンの店で買ったほうがよっぽど安いかもしれないからだ。
 コスト削減にたいして役立ってないかも、と思い始めた折、「安さだけで買うな」という記事を日本の新聞で読んだ。私と同年代と思われる放送作家が書いたもので、「安さばかり追求せず、多少割高でも応援したいと思う店で買おう」というような内容だった。
 今後もがんばってもらいたいと思った製品だから、アイボ(だったか? ずいぶんまえに話題になったロボット犬)を二つだか三つだか買った、というくだりには、正直言って「ウチにはそんな余裕ないです」とややしらけた。が、同じマヨネーズを買うなら、大型スーパーではなくて、おばあちゃんが店番しているような地元商店で買おう、という部分には大いに共感した。そして、損だか得だかいまひとつわからないクーポンブックを使っての買い物に、実はけっこう満足していた自分に合点がいったのであった。
 Chinook Bookで紹介されている店はどこも、価格の安さでは大手チェーンの店に太刀打ちできない。が、彼らは利益や効率だけを追い求めるのではなく、ある理想や志をもって商売をしている。
 一ポンドのコーヒー豆を半額で買えるというクーポンにつられて訪れたカフェでは、豆を入れる袋に自然分解する素材が使われていた(普通買う店ではプラスチック袋が使用されている)。地元農家から仕入れた有機野菜を売る、共同組合式の小さな食料品店もあった。百五十ドル出せばだれもが共同オーナーになれる、というユニークな店である。
 いまのご時世、安さを求めずにいるのは難しい。でも、消費者が安さだけを追求すれば、小さな地元ビジネスは廃れ、大規模な全国チェーンの店が生き残っていく。どこに行っても、同じような店ばかりが軒を連ねるということになる。
 それに、安さの裏にはそれなりの理由がある。安い労働力を使って大量生産されたものが、安く雇われた人々によって売られる、ということだ。安売りで名高いチェーン店Wでは、従業員の賃金が低く抑えられているばかりでなく、労働組合を作ることを許されていない。福利厚生をまともに与えられず、就業中にケガをしてもろくに手当てをしてもらえない――そんなことが、ときどき新聞ダネになっている。
 また、最近売られているモノのボロさ加減に辟易しているのは私だけだろうか。ここ十年ほど、同じブランドのTシャツを買い続けているが、品質が著しく低下している。以前に買ったものはずいぶんと長持ちしたのに、ここ数年買ったのは、同じように着ているにもかかわらずワンシーズンと持たない。下に履いているジーンズのジッパーに当たる部分(へそのちょっと下)が擦れて、穴があいてしまうのだ。

一回着て洗濯しただけでダメ

になってしまって、店に突っ返したことさえある。
 チープに作られたものが、チープに売られる。
 私たちが求めているのは、そんな社会なのだろうか。普段何気なくしている買い物は、実は私たちの未来を形作っている。「将来を買っている」と言っても大げさではないかもしれないのである。
 この未曾有ともいえる不景気の折に「安さだけで買うな」とは、なにを悠長なことを言っているのだ、おまえだけでやれ、などと言われてしまいそうだ。でも、返せる当てのないような人たちにも無責任にどんどんお金を貸していった結果がいまの不景気なのだとしたら、ひとりひとりがお金を使うときに、少しばかり「良心」とか「長期的ビジョン」をも働かせる、というようなことを始めるのに、今ほどふさわしい時はないのではないか――そんなふうに思えてならないのである。

 
 
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