アメリカのおいしい生活
8月
18日月曜日

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  #14  真性モグラ叩き
 
 

 土曜の夕方、ゴルフに出かけていた夫から「これから帰る」と電話があった。窓の外をぼーっと見ながら、「それで、今日のスコアはどうだったの?」などと話していたら、裏庭の芝生から、もこもこと土が隆起しているのが見えた。
 モグラである。
 私は素早く電話を切り、ガレージからスコップを取ってきて、抜き足差し足で裏庭に出た。息を殺して見ていたら、芝の上に盛り上がった土がすぐにまたむくむく動き始めた。
 スコップを、土めがけて力いっぱい振り下ろした。柔らかい土はすぐにぺちゃんとつぶれて、緑の芝生に突然できた円形脱毛症のようになった。
 モグラを殺す気などないのだ。上から思いっきり叩いたら、作業中のモグラが「あそこはおっかない」とビックリして、ウチの庭を掘るのをやめるのではないか。そんなことを期待して、何度もスコップを振り下ろした。
 三カ月まえにも、庭にモグラが出現した。芝生のところどころに毎日のように小山ができたのである。電話帳で見つけた、

ミラクルターミネーター

といういかにも頼りになりそうな名前のモグラ退治業者を呼んだ(実際のところは名前などどうでもよくて、電話帳に割引クーポンがついていたからこの業者に決めただけなのだったが)。
 熊みたいな毛深いおっちゃんがやってきて裏庭に罠をいくつか仕掛け、毒入りのエサを埋め込んで帰っていった。おっちゃんはそれから一カ月間、週に一度戻ってきては罠をチェックし、エサを蒔くという。料金は、二百二十五ドル。二週間めに、「罠に一匹かかってました」というレポートが玄関のドアに挟まれていた。
 今回は、もう業者は呼ばない。ウチの裏庭から目と鼻の先のところに原生林みたいな公園があって、そこにモグラがごまんといるのである。庭が掘られるたびに二百ドル払っていたら我が家は破産してしまう。十五ドル引きのクーポンなど焼け石に水である。
 それで、スコップを用いてのモグラ脅かし作戦に出たというわけ。肩で息をしながら家に入り洗面所で手を洗っていたら、額の生え際のところに泥がついているのが鏡に映った。私は、慌てて泥を振り払った。土曜ワイド劇場なんかに出てきそうな、必死で死体を埋めてた人みたいである。
 モグラに悪いことしちゃったかなあ、心臓マヒ起こして死んじゃったかなあ、などと自責の念にかられたのだったが、翌朝起きてみると、前日、私が叩きに叩いてぺしゃんこにしたはずのところの土が再び盛り上がっていた。死んじゃったどころか、夜のあいだに戻ってきてまた掘ったらしい。モグラとのイタチごっこ。バカにされているようで悔しい。
 悔しいといえば、私はナメクジにもずいぶんといじめられている。つい先日、我が家の小さな菜園でようやく赤く熟したトマトをもいでみたら、なかにナメクジがうようよいたのだった。初の収穫を祝って食卓に上るはずだったトマト。泣く泣く裏の林に投げ捨てた。
 日本から種をこっそり持ち込んで植えたシソや枝豆も、芽が出たな、と思うとすぐにナメクジに食べられてしまった。雨が降らずカラカラに乾いたこの季節をいったいどこでしのいでいるのか。夜のあいだにどこからか出てきては、ウチの菜園でパーティーを開いているらしい。野菜畑にも大丈夫、と書かれたナメクジ退治の薬が売られているが、やっぱり食べるものの植わっているところに蒔く気にはなれない。だいたい、グロテスクなナメクジやカタツムリの絵が大きく描いてある箱は、なんだか気持ち悪くて触ることもできないのだ。次々に大きくなっていくトマトを前に、私はいま袋かけ作業をしようかどうしようか、けっこう真剣に悩んでいる。
 そういうわけで、野菜を作ることの大変さを思い知らされている私は、ファーマーズマーケットに並んでいるトマトを目にすると思わず寄って行って、「こんな立派なトマト、どうやって作るの?」と、店の人が訝しがるくらいにためつすがめつ見てしまうのである。触ったら熱いんじゃないかというような、フォークで突っついたら汁がぴゅーっとほとばしり出るんじゃないかというような、赤くてぴちぴちのトマト。オーガニックと書かれているから殺虫剤などは使っていないはずである。いったいどうしたらナメクジにやられずにあんなに美しいトマトが作れるのだろう。
 毎土曜にポートランド大学キャンパス内の公園で開かれるファーマーズマーケットには、採れたて、作りたての野菜や果物、花、チーズ、パン、ジャム、シーフード、肉などを売るスタンドがいくつも並ぶ。ピザやホットドッグなどを売る店から胃袋を刺激するような匂いがぷーんと漂ってきたり、開いた楽器のケースを足元に置いてお金をもらおうというミュージシャンが陽気な音楽を奏でていたり。ちょっとしたお祭りみたいな雰囲気に、行き交う人々も少し浮かれた様子だ。
 新鮮な野菜や果物が手に入るのがこのマーケットの最大の魅力だが、ほかの店では見かけないような珍しいものに出会えるのも、楽しさのひとつである。
 先日は、山奥から出てきた仙人みたいな風情のおじさんが、黄色いプラムを試食に配っていた。大粒の梅くらいの、ちょっとオレンジがかった黄色いプラム。これまでに見た記憶がない。なんだか酸っぱそうだなあと一瞬躊躇したが(だいたい私は、プラムのシャリシャリした歯触りが苦手なのだ)、おじさんがあんまり薦めるものだから、ひとつ手に取って食べてみた。
 前歯がプツッと皮を破ると同時に口に広がったのは、砂糖水のように甘い果汁。果肉もシャリシャリしていない。皮だけは少し酸っぱいので剥きながら、あっというまに食べてしまった。
 前日にもいできたばかり、というプラムをひと山買うことに決めておじさんにお金を払いながら、なんというプラムなのか尋ねると、

「シロプラム」

 という答えが返ってきた。
「シロ? 日本語みたい」
「そう、もともとは日本から来たプラムだよ。本当は黄色だけれど、だれかが白って言い出して、それからこの名前がついたらしい」
 ふーん。日本人の私が、日本から来たという果物のことをアメリカ人のおじさんに教えられるというのも面白い。
 また、ついこの間は、ジャパニーズエッグプラントを見つけたので買ってみた。思えば、アメリカに来てからというもの、新鮮でおいしいナスを手に入れられたことが何度あっただろうか。日系スーパーで売っているのはどういうわけだかいつもしなび気味。ひどいときには、日本のナスと書きながら米ナスの小さいヤツを売っていることさえある。米ナスは、日本のナスと違ってヘタの部分が緑色。皮が硬くて種っぽくて、ヘタが紫色の日本ナスとはちょっと違うのである。
 ファーマーズマーケットで見つけたジャパニーズエッグプラントは、まさしく日本のナスであった。ちっとも種っぽくなく、切り口がうっすらと黄緑色。まな板の上で切ったときにふわっと鼻にくる香りが、夫の父が愛媛県で作っているナスと同じであった。ちょっと炒めてから砂糖としょうゆで田舎風に煮つけたら、ナスの香りととろっとした感触が楽しめる昔懐かしい味になった。
 そういえば愛媛で思い出したけれど、この四月に愛媛に行ったときにも、「ファーマーズマーケット」で買い物をした。どんぐり市、とかいうような名前のマーケットで、野菜には生産者の名前の書かれたシールが貼ってあった。
 義父のところでは作っていないような野菜をいくつか買い、ついでに、坂上ウメ子(仮名)が作ったという浅漬けも買ってみた。キャベツ、キュウリ、ニンジンなどが細かく切って塩漬けにされている、ふつうの浅漬けである。
 夕食に、軽く水気を絞ってしょうゆをかけて出した。二口、三口食べたとき、歯になにかがコツンと当たった。
「?」
 出してみると、それはなんと、小指の先ほどのカタツムリであった。
 食卓に衝撃が走り、浅漬けはもちろんすぐに退場。義父はぽつっと、
「ああいう素人の作ったモンは、どうも好かんのよ」
 と言った。
 私は、よその家でどんなものをどんな味付けで作っているのかに興味があるので、このテの手作りものは嫌いなほうではない。が、やはり作り手は義父が言うようにしょせん素人だから、こういうこともたまには起こる。気をつけて作っていたウメ子もたまたま見落としたんだろうし、オーガニックの証拠だと思うことにして、なんとか頭の隅に押しやる。
 ポートランドのファーマーズマーケットで売られている手作りものは、小規模ながら商業的に作られているものばかりなので、ウメ子の浅漬けよりも品質管理はもう少ししっかりしているはずである。ついでにいうと、野菜だって、私の畑で採れたみたいなナメクジ入りではもちろんない。しかしまあ、ちょっとやそっとのことでガタガタ騒がないようになりたい。殺虫剤や除草剤まみれの野菜なんかよりも、よっぽどいいではないか。私たちは動物と共存しながら生きているんだしね――モグラの穴を叩きながら、私は思うのである。

 

 

 
今週の2枚


モグラとイタチごっこ。

 

ファーマーズマーケットの。
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Photo: (c) Yoko Oishi
 
Copyright 2003 by Yoko Oishi, Boiled Eggs Ltd. All rights reserved.