日本ではWBCで相当盛り上がっているようだが、アメリカではまったくといっていいほど話題になっていない。アメリカが勝とうが負けようが、新聞のスポーツ欄には事務的に結果が載っているだけで、文章で書かれた記事が載っていないのである。アメリカ人の他国への関心のなさが表れているのかなと思うが、それにしても、WBCって面白い?
スポーツイベントとなるとちょっとマズいんじゃないかと思うくらいに国粋主義的になる夫がテレビのチャンネルを操るため日本の試合ばかりを見せられているのだが、なんか
韓国とキューバとばかり
戦ってませんか?
「世界」と銘打っているのに参加国は十六カ国だけ。同じチームと何度も当たるのは、開催期間を少しでも延ばしたいからではないかと勘ぐりたくなるほどである。三十チームあるメジャーリーグの優勝決定戦、ワールドシリーズを見慣れたアメリカ人野球ファンにはWBCが小粒に見えても仕方がない。北米だけの野球なのに「ワールド」を名乗るとは図々しいけれど、スケールという意味では、WBCよりもメジャーリーグのほうがずっと「ワールド」感に溢れている気がするのであった。
というわけで、野球は見ずに、No Reservationsという番組ばかりを見ている。アンソニー・ボーデインというシェフ兼ライターが、世界のあちこちを旅して地元のものをいろいろと食べるのだ。
この番組のいちばんの魅力は、アンソニーである。五十代前半、見るからに昔はワルだった、という感じ(実際、ドラッグなどやっていた時期があるらしい)。耳にはピアス、シェフだというのにタバコをばかばか吸い(最近子供が生まれて禁煙を始めたらしいが)、酒もガンガン飲んで、ときに放送禁止用語を連発する。顔立ちは整っているのだけれど、なんだかどこかカッコ悪い。黒の革ジャンでキメようが、スーツでビシッと全身固めてみようが。
このカッコ悪さはなぜなのだ、と思ってじっくり見ていたら、肩幅の狭さがどうもいけないらしいということに気がついた。背が高くて痩せていて顔もなかなかハンサムなのに、肩幅が狭くて貧相だし、しかも体をまるで鍛えていない。お腹がぽっこり出ている。おまけに身のこなしにはリズム感がないというか、運動苦手そう、という感じがひしひしと伝わってくる。実際、香港に行ったときだったか、カンフー映画の特撮を体験させてもらっていたが、彼の動きは、笑えるを通り越して、見ているこちらが恥ずかしくなるくらいであった(それでも特撮のおかげで、仕上がったビデオはそれなりの出来ばえだった)。
番組スタッフにハメられて、ロサンジェルスでローラースケートをやらされることになったときには、彼は真剣に怒っていた。自分の運動神経のほどを知っているのだ。ぶつぶつ言いながらスケート靴を両足に履いて、さて……と立ち上がったところでいきなりステン! 尻餅をついた。
「これでおしまい! わかっただろ」
彼は再びベンチに腰掛けて、そそくさとスケート靴を脱ぎ始めた。
番組としては、いつもクールを装っている彼がスケート靴履いて、女子のローラーゲームチームに混じっておっかなびっくり滑っているところを見せたら面白いのだろうが、そんなことはお構いなし。自分がイヤなものはイヤ。
ソウルで、韓国人の案内役の女の子たちがカラオケボックスに彼を連れて行ったときにも、「俺はカラオケはやらないんだよ」と拒み続け、仏頂面でひたすら酒を飲んでいた。
彼がそんなふうに自分の美意識を貫く姿は、ちょっと滑稽なくらいで、頑なに拒み続けるよりも、下手でもいっそ一曲歌っちゃったほうがよっぽどスマートなのではないかと思うのだが、しかし、そんな頑固さが、いまどき新鮮に映るのである。特に、ノリを重視したり、やたらとその場の空気を読みたがったりする日本人にはない姿であろう。
食べ物以外のことには好き嫌いを表明するアンソニーだが、食べ物を拒むことはない。内臓だろうが虫だろうが、出されたものはとりあえず食べてみる。顔色ひとつ変えずに。そして、「あ、これは俺の好物じゃないね」というような感想を述べることはあるが、「こんなもん人間の食べるもんじゃない」などと言ったり、表情に浮かべたりしたことは一度もない。たいていの人なら顔をしかめるようなものをこともなげに口に入れて、クールな表情は崩さないのである。
彼は、食べ物がそれぞれの土地に根ざした文化だということをよく承知していて、敬意を払っているのだ。実際、どこに行っても彼がいちばん喜ぶのは、大都会のシャレたレストランで出てくる洗練された食べ物ではなく、地方の村で貧しい農民が供する心ばかりの料理。地元民で賑わう屋台も、彼のお気に入りである。
屋台で手早く調理されたスープ麺などをうまそうにすする彼は決まって、アメリカのファストフードチェーンを引き合いに出しては、自国の食文化の貧しさを嘆く。
「いままで食べてきたもののなかでいちばん気持ち悪いと思ったのは?」
という問いに、彼は
「チキンマクナゲット」
と答えるのである。
リポーターと称する人たちが口に入れたものを片っ端から「甘い!」と表現して、それでおいしさを視聴者に伝えた気になっているグルメ番組や、なんでもかんでもクイズ仕立てにして出演者の数ばかり多い海外情報番組などとは一線を画する、一本筋の通ったプログラムだ。
日本でも、ディスカバリー・チャンネルという局で「アンソニー世界を喰らう」という題名で放映されているそうだ。日本という国は、すごいですな。アメリカでウケているものは、食べ物であれ、エンターテインメントであれ、たいてい揃っている。
しかし、日本版のホームページでアンソニーのことを「美食のインディ・ジョーンズ」と呼んでいたのには「うわ」となってしまった。番組内で紹介されるのは美食ばかりではないし、それにアンソニーはインディ・ジョーンズほどカッコよくない……どころか、もっとジメッとしていて、皮肉っぽいことをいつもブツブツ言いながら歩いている不健康そうなおっさんなので。
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