アメリカのおいしい生活
9月
8日月曜日

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  #15  アイドルとドーナツ
 
 

 先週、コンサートに行った。一月にポートランドに引っ越してきて以来、初めてのポップコンサートだ。だれを聴きに行ったのかというと――あんまり大きな声で言いたくないのだが――

「アメリカンアイドル」。

 これは、もともとはテレビ番組である。全米からの応募者たちの歌を三人のジャッジが批評するオーディション番組で、要するに昔の日本の「スター誕生」みたいなものだ。去年から始まってこの春に第二弾を終えたこの番組は、全米で大ヒットした。
 オーディションの最初のほうの、どうしようもないほど歌が下手な人たちの様子もなかなかの見ものなのだが、この番組がほんとうに面白くなるのは、後半、十人から九人……という具合に毎週ひとりずつ落とされていくあたりから。この段階までくると、みんなプロ顔負けの歌唱力だ。火曜日のショウでひとりずつ歌い、それぞれにジャッジが批評を加えたところで、番組終了後、視聴者が電話投票する。翌晩には、三十分ほどの結果発表番組が放映される、というシステムだ。
 最終回、優勝を賭けて戦ったのは、ルーベンという黒人男性と、クレイという名の白人男性。ルーベンのほうはアラバマ出身、小錦みたいな体型の巨漢で、いわゆるアイドルとはいちばん縁遠いタイプだが、歌が抜群にうまい。声量があって、ときにファンキー、ときにソウルフルだ。一方のクレイは、少し鼻にかかった声がキュートで歌もまあ上手なのだが、すらりとしていて目がキラキラ、なんとなく「リボンの騎士」を思わせるような中性的な魅力で、女の子たちを魅了した。従来の「アイドル」という意味では、クレイの勝ちであった。が、テディベアーを思わせるむくむくの体格となによりも歌唱力が視聴者の心を捉え、ルーベンが第二回アメリカンアイドルの勝者となった。
 ウチでは、最初のころからずっとルーベンを応援していた。彼の歌のうまさもあったが、でぶっちょのアイドルなんていかにもアメリカらしくて面白いんじゃないかとも思ったからだ。ここだけの話だが、オンエア期間中の毎週火、水曜には朝からソワソワしたし、どうしても外出しなければならない晩には念のため二台のビデオでタイマー録画したし、実は何度か電話投票だってしたくらいにのめり込んだ。
 が、このアメリカンアイドルの最終選考に残った十人が全米をコンサートツアーで回る、という話を聞いたときには、「だれが行くねん」(なぜか関西弁)と思った。テレビ番組としては面白かったが、コンサートにまでは行かないでしょう、いくらなんでも。この番組で儲けられるうちにしこたま儲けようという関係者の策略にまんまと乗せられてコンサートにまでのこのこ行くなんて、ダサすぎ。
 というようなことに同調を求めるべく、
「アメリカンアイドルのコンサートがポートランドにも来るらしいよ」
 と水を向けたら、なんと夫は、
「あ、見てみたい」
 と答えたのであった。
 はあ?
「ルーベンが歌うの、じかに聞いてみたい」
 うそー、格好悪すぎる、行きたくない、と反対したが、夫の「見てみたい」という好奇心には勝てなかった。
 で、先週、待望のアメリカンアイドルたちが街にやってきたのである。会場はローズクオーターというNBAのスタジアムだ。発売当日(!)に手に入れた席は、アリーナ、ステージから三十五列目。いい席だから普通ならうれしいはずなのだけれど、今回だけは、なんだかすごく気合の入ったファンみたいで気恥ずかしい。
 ほぼ満杯の会場には、案の定、親同伴の子供が多かった。人工着色料たっぷりの冷たい飲み物を買ってもらって唇を真っ青にしている子、親に押さえてもらいながらパイプ椅子の上に乗っかって伸びあがるようにしてステージの「アイドル」たちに釘づけの子、コンサート途中で飽きちゃって耳を塞ぎながら空いている席に寝転がっている子。そういえば、小学校三年生のとき母にせがんで、フィンガーファイブが出演するデパートの催し物に連れていってもらったのを思い出した。会場に来ている子供たちがどんなふうに親にせがんだのか、だいたい想像がついた。
 連れ立ってきている大人も思ったより多かった。二十歳前後の若い大人から、五十代くらいのおばさんたち。杖をついているおばあさんもいた。普通のポップコンサートに比べて、観客の年齢層が幅広い。テレビの影響力である。
 コンサートは、定刻七時に始まった(夜更かしできない子供たちに配慮したのであろう)。オーディションで十位だった子から順にソロで歌い始めた最初のうちは、「ほんの昨日までシロウトだったのが、まあずいぶんとスター気取りじゃないの」などと斜に構えていたものの、中盤、ビージーズのヒット曲メドレーのあたりから「けっこうやるじゃん」と感心した。みんな、本当に歌がうまいのだ。
 アンコールの最後、「アメリカ人であることが誇りだ」というような歌を全員で歌うなか大きなアメリカ国旗が出てきたのには興ざめだったが、思っていたよりもエキサイティングで充実したコンサートだった。ポートランドの前日がシアトルで、翌日がサクラメント――短期間のあいだに四十ほどの都市を公演して回っている、という話を聞いた。一位と二位のルーベンとクレイはすでにレコード会社と契約を結び、この秋にアルバムを出す予定になっているが、それ以外の「アイドル」たちがこのツアーの後どうなるのかは知らない。番組終了から時が経って視聴者が忘れてしまわないうちに稼げるだけ稼ごうという大人たちに、使い捨てにされないといいなあと願うばかりだ。アメリカンアイドルコンサートにいまひとつ食指が動かなかったのは、「アイドル」たちの今後にまつわる切なさに知らず知らずのうちに思いを致していたからかもしれない。
 
 気乗りがしないのに行ってみたらすっかり感心したということが、最近もうひとつあった。
 クリスピークリームというドーナツ屋だ。一九三七年、ノースキャロライナからじわじわと広がり、いまや全米で大人気というドーナツチェーン。この夏、ポートランドのイーストサイド八十二丁目に開店した。朝のローカルニュースで、オープンの前日から泊まり込みで並んでいる人たちを取り上げてるのを見たときには、「この暑いなか、よくやるなあ」と思った。オープン直後、長い長い人の列がヘリコプターから映されていたときには、「ドーナツごときにこんなに群がっちゃうなんて、ポートランドは田舎やのう」と思っていた。私自身は、クリスピークリームという名前は知っていたが食べたことはなかった。ダンキンドーナツみたいなもんか、と思っていたのだ。
 七月終わりの夫の誕生日に、会社の人が開店したてのクリスピークリームのドーナツをケーキの代わりに買ってきてお祝いしてくれたことがあった。そこで初めて食べてビックリした夫が、ひとつ私のために持ち帰ってきた。
 私は、へえー、これがアメリカ人に大人気のクリスピークリームねえ、などと鼻で笑っていたのだが、ひと口食べて、やっぱりビックリした。今までに食べたドーナツとは、まるで違うのだ。グレイズと呼ばれる砂糖のコーティングがかかったテカテカの表面はややカリッとしていて、中はふわふわと軽い。夫が全米一と勝手に認定した、ニュージャージーのデマレストファームで売っていたちょっともそもそのドーナツとも違う。私が個人的に太鼓判を押したニューヨークのドーナツプラントのかりんとうを思わせる感触のドーナツとも違う。甘ったるそうに見えてあまり甘くなく、これなら

いっぺんに三つ

は軽く食べられそうだ。
 また食べたいと思いつつ、イーストサイドの八十二丁目までわざわざ三十分ほどかけて行くのをためらっていたところ、なんとウチの隣町のビーバートンにもオープンしたというのをニュースで見た。
 開店後最初の週末にさっそく行った。高速道路の出口にオレンジ色のコーンがたくさん立っていて、警察官が交通整理をしている。この先で工事でもやっているのか、それとも事故? そう思いながら警官に誘導されるままに進んでいって、やがて、クリスピークリームのドライブスルーに並ぶ車が渋滞を引き起こしていることに気がついた。
 外の車の列のわりに空いていた店内は、普通のファストフード店とドーナツ工場がドッキングしたような格好だった。ガラスの向こうに、ベルトコンベア−の上に整列したドーナツ生地が揚げられ、コーティングをかけられていくのが見えるのだ。子供はもちろん、大人も熱心に見入っていた。
 オープニング記念だからなのか、注文カウンターに並ぶ客に揚げたてのドーナツがひとつずつ配られた。なんたる大盤振る舞い。冷えてカリッとしたのもいいけれど、熱々のもちもちしたのもたまらない。
 チェーン店嫌いのはずなのに、交通整理までしているようなオープン直後のときにいそいそと来てしまった――後ろめたさが頭の隅っこにあったけれど、半ダース買ったうちの半分をその場で食べてしまい(サンプルをもらって食べた後だというのに)、おまけにレトロっぽいデザインがかわいらしいTシャツまで買ってしまった。
 アメリカンアイドルを見に行って、クリスピークリーム食べて――完全に乗せられている。このままでは私はアメリカ人になってしまうんじゃないかと気がかりである。

 

 

 
今週の2枚


クリスピークリーム。

 

アメリカ人に大人気。
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Photo: (c) Yoko Oishi
 
Copyright 2003 by Yoko Oishi, Boiled Eggs Ltd. All rights reserved.