去年の秋から首が痛くて仕方がないのだ。カイロプラクティック、鍼、フィジカルセラピー(日本のリハビリのようなものか。エクササイズが中心)、マッサージなど、いろいろ試したが効果がない。いまは自然療法の医師にときどきマッサージをしてもらいながら、エクササイズや生活習慣などの指導を受けている。
そこで先日、運動不足の指摘を受けた。なにしろ首が痛くて息継ぎができなくなってしまったので、唯一やっていた運動である水泳も、去年の秋から止めてしまってそれっきり。
「ストレッチがいいですよ。太極拳かヨガ」
医師にそう言われて、ヨガを始めることにした。
だいぶまえから通りかかるたびに気になっていたヨガ教室に乗り込んでみたところ、なんとホットヨガ道場だった。
摂氏四十度の部屋で九十分間、インストラクターの指示に従いながら、
二十六種のヨガ・ポーズ
とふたつの呼吸法を行うのだ。
部屋は、暑い。サウナのような、鼻のなかの粘膜まで乾いてしまうような暑さではないが、やはり摂氏四十度は、かなり。座っているだけで、じっとりと汗が出てくる。
ホットでないヨガなら、以前に一年ほどやっていたことがある。近所に住むインド人の老夫婦が自宅でヨガを教えていたのだ。もう十五年くらいまえのことだ。
そのころは、日本にいる友だちに手紙で(メールはまだなかった)、
「ヨガ始めました」
と書くと、
「ヨガって――アメリカ行って宗教に入った?!」
と心配される時代だった。オウム真理教が世間を騒がせていたころのことである。いまやヨガは、日本でもすっかり市民権を得ている。
ホットヨガ道場に行ったら、テレビで見たことのある人がいた。地元局の朝のニュースで、交通情報を伝える中年の男性。以前はぽっちゃりしていたのにだんだん痩せてきたので、もしかして病気? と思っていた人だ。最前列のスポットに陣取り、鏡のまえで自分の姿をチェックしながら入念に準備体操らしきストレッチをしている。クラスが始まるまでまだ二十分くらいあるというのに、すでに汗ダラダラ。薄い髪をほとんどスキンヘッドのように短くしているせいもあって、なんだかストイックに見える。そうか、彼はホットヨガで痩せたのか。
暑い部屋での九十分、最後まで持つかなあと心配だったが、立ちポーズばかりを行う前半が終われば、あとはマットの上で座ったり寝たりのポーズ。しかも後半はポーズとポーズのあいだに「サバスナ」と呼ばれる短い休憩(仰向けでじっとする)をはさむので、あまり疲れを感じない。
クラスが終わった時には汗びっしょり。あまり汗をかかない私でも、Tシャツを絞れるくらいになる。代謝がよくなっていくのか、回を重ねるごとに汗の出が早くなり、量も多くなるような。終わった後にシャワーを浴びると、カラダが中からすっかりキレイになった気がする。
というわけでけっこう気に入っているホットヨガなのだが、ひとつだけ気になることがある。それは、上半身ハダカの男性たちだ。
私が通っているのは、土曜の朝九時からのクラス。人気の時間帯で、生徒数も多い。かなり大きめの会議室くらいのサイズのスペース(じゅうたん敷き)に、ヨガマットが所狭しと並ぶ。女性がほとんどだが、男性もちらほら混じっている。女性は、タンクトップにぴったりしたショーツ(自転車の選手が穿くようなもの)といういでたちが主流。そして男性はといえば老いも若きもみんな海パンみたいなブカブカショーツか、ピッタリショーツ一丁なのだ。
海水浴やプールなどでは男性の上半身ハダカの水着姿はさして気にならないのに、ヨガのときになんとなく気になるのは――いや、気になるを通り越してやや不快に感じるのは――なぜだろう、と考えてみた。
距離の問題が大きいだろうか。ヘタすると、一メートルと離れていないすぐ隣に、半分ハダカの男がいるのだ。しかも、汗びっしょりの。薄暗い部屋ながら、普段はあまり目に入ってくることのないカラダの細部がいやでも見えてしまう。濡れた胸毛のなかに薄ピンク色の乳首が見えちゃったりすると、なんだかドキリとする。「見ちゃっていいの?」という気持ちもするし、「そんなもん、見せるな」と言いたくなる感じもある。引き締まっているならまだしも、ぽよんとしている胸や腹の肉を見せられると、無言の暴力というか、セクハラという言葉さえ思わず浮かんできたりする。
しかし、距離の問題ばかりでもないかもしれない。同じようなことは、上半身ハダカで道端をジョギングしている男を見かけたときにも感じるから。ジョギング男たちはたいていの場合、確信犯というか「鍛えたところを見せたいカラダ」であることが多いから、ぽよんとしたヨガ男たちほどには「いいかげんにしろ」という感じはない。でもやっぱり、鍛えていようがなんだろうが、シャツ着てよ、と思う。まさかジョギング男たちは、鍛えた肉体を見た女性たちが「いいもの見せてもらった」と喜ぶとでも思っているんじゃなかろうねなどと、彼らの心模様を勝手に想像してさらに不愉快になる。
この不快感はなんだろうなあと思っていたら、前回のヨガのクラスで合点がいった。ビキニでヨガに登場した女性がいたのである。
中年にさしかかった彼女は、すばらしい体形の持ち主ではなかった。だから、「やめときなよ」と、思わずタオルを投げかけてやりたい気持ちになった。そしてその次に、
「キミ、それはビーチですべき格好で、ヨガにはふさわしくないだろう」
と私は思った。上半身ハダカのヨガ男やジョギング男にも、同じことが言いたかったのだな、と気づいた。
不必要な露出というか、
場違いな露出
が不愉快だったのだ。見たくもないものを、見なくてもいいところで見せられてしまうのが。それぞれの場にふさわしい服装に関する基準というのが、人によって違うから困る。(さらにいえば、自分のハダカが他人にとっては「見たくもないもの」かもしれない、という自意識があるかないか、という問題でもあるのだが。)
ところで、水泳のときにはさほど気にならない男性の海パン一丁だが、最近、日焼け対策なのか、あるいはファッションなのか、長袖シャツタイプの水着が現れた。ウエットスーツの上部だけという形で、男性も着用している。友人によれば、素材のせいか思ったほどには水のなかで着ていることを意識しないらしい。水から上がったときに、直接肌に風を感じずあまり寒くならないから具合がいい、と言っていた。
ビーチやプールでそんなのを着るのが普通になったら、そのうち男性も「上半身ハダカは恥ずかしい」というふうになりはしないだろうか、とひそかに期待している。
「俺、昔はシャツ着ないでジョギングしてたけど、いまはとても恥ずかしくてできないよ。なんであんなことができてたんだろう」
みたいな。
まあ、その風潮が私のヨガ道場までやってくるには、かなりの時間がかかるだろうけれども。
ホットヨガを始めてまだ一カ月。肝心の首はちっともよくならない。どっちにしても、辛抱が必要なようだ。
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