アメリカのおいしい生活
11月
2日月曜日

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  #152 濡れ靴下療法
 
 

 ついに、ウチにもやってきた。例のインフルエンザである。
 始まりは、娘。日曜の晩から咳き込み出したなあと思ったら、月曜の朝に熱が出た。三十八度二分。小さな子供にしてはたいした熱ではないけれど、目がトロンとしている。
 かかりつけの医者に電話して、アドバイスナースと話した。アメリカでは、インフルぐらいでは医者には診てもらえない。保険会社からの締め付けが厳しいから、医者はなんの病気であれ軽症の患者は診たがらない。患者の側としても、医療費が高いから、できれば診てもらわずに済ませたい。娘の医者が所属するクリニックには、

アドバイスナース

というホットライン的なナースが常駐している。まずはその人と電話で話して、医者に見せたほうがいいかどうか判断を仰ぐのだ。
「H1N1インフルエンザにしてはちょっと熱が低いような気もするけど……。ま、いろんなケースがあるからね。とにかく解熱剤を飲ませて、水分をたくさん摂らせるように」
 拍子抜けするほどあっさりした様子に、「軽症なんだ」とホッとする一方、「あら、それは大変。すぐに連れていらっしゃい」と手厚く看護してもらいたいのになあ、と物足りない感じも若干ある。
 娘の熱は、上がったり下がったりを繰り返した後、三日目に下がった。そして入れ替わりに、私の具合が悪くなった。
 火曜の晩に、喉の奥のほうがいがらっぽくなって、急に寒気がしだしたと思ったら、翌朝、三十七度ちょっとの熱。滅多に熱を出さない私にとっては、けっこうな高熱だ。
 それから三日間は、ほとんど寝たきりだった。ベッドで本を読むどころか、テレビを見る元気さえもない。寒気がしてなかなか寝つけずに七転八倒し(寝返りを打つたびに背中の骨がぎしぎし痛んで「あああー」と思わず声が出る)、ようやく眠れたと思ったら、今度は体が熱くて寝ていられない。それで、また七転八倒。食欲はなく、口にできるのはクランベリージュースとバナナが少しだけ。解熱剤入りの風邪薬を飲んでみたが、全く効かなかった。
 起き出してなんとか活動できるようになったのは、四日めの午後から。気力も体力も完全に復活するまでには、まる五日間かかった。
 検査をしたわけではないから本当のところはわからないが、「いまインフルエンザみたいな症状が出ている人は、たぶんアレ」という報道に何度となく接したから、おそらく例の豚インフルにかかったのだと思う。私の周りで最近同じように具合が悪くなった人たちも、「三日間寝たきりで、完全復活まで五日かかった」と口を揃えている。
 私がインフルから立ち直ったころ友人からもらったメールには、彼女の子供が通う小学校で、インフルにかかっている生徒数が全体の二十パーセントを超えた、と書いてあった。ちょうどオバマ大統領が、H1N1インフルエンザの流行を「国家的緊急事態」と宣言したのと重なるのであった。
 
 日本に住む友人に、豚インフルにかかっちゃったよ、と言ったら、
「あのインフルにかかったのは、私の周りではヨウコが初めて。さすがアメリカは流行が早いね」
 と、妙な感心のされ方をした。日本でもそうとう流行っていると聞いているが、まだまだアメリカほどには蔓延していないのだろうか。
 インフルで寝込んだ翌週、ナチュロパシー(自然療法)のドクターに会う機会があった。ナチュロパシーとは、薬になるべく頼らずに、体が本来持っている免疫力、治癒力で病気を治そうという医療のこと。そのときに診てもらったのは別件だったが、ちょうどいい機会だったので、「インフルエンザにかかったらナチュロパシーではなにをするのか?」と訊いてみた。
「体を温めるのがいいですね。ショウガと葛がいいです。ショウガのすりおろしとレモン汁とハチミツを混ぜたものにお湯を注いでね。葛は、片栗粉とかじゃなくて本葛」
 私と同年代の日本人女性ドクターは、きっぱりと言った。
「え? 熱が出てるのに、体を温めるんですか? 私はてっきり、体の熱を取るためにキュウリとかトマトとか食べたほうがいいのかと思ってた」
「いやいや、違うんですよ。体温が高くなると、免疫力が高まるの。熱が出てるというのは、体がウィルスと戦っている証拠。だから、体温をさらに高めてやると戦う力が増すんです。アメリカでは、タマネギとかニンニクもいい、っていいますね」
 熱が出ると体に負担がかかるからと思い、すぐに解熱剤で熱を抑えようとしていた私には、驚きの答えであった。
「あのー、でもあんまり高熱だったら解熱剤を飲んだほうがいいんですよねえ……?」
「解熱剤はお勧めしませんよ。だって、無理に体温を下げちゃったら、まだそこにいる

ウィルスと戦えなくなっちゃう

でしょ? 高熱で心配なのは、脳細胞なんです。あんまり熱が高くなると、脳細胞に影響が出ますからね。だから、薬は飲まずに、頭だけ冷やす。ね、昔の日本では、氷枕なんかで頭冷やしてたでしょ?」
 なるほど。
 てきぱきとインフルエンザ対策用のサプリメントをメモに書いてくれたドクターは、ふと手を止めて、
「あ、それとね、濡れた靴下履いて寝るのもいいですよ。体がぽかぽかします」
 と言った。
「ぬれたくつしたぁぁ?」
「そう。なにをバカなと思うでしょ。それがね……」
 まず、足湯などで足を温めておく。薄いコットンのソックスを水で濡らして固く絞り、足に履く。その上から厚手の毛糸のソックスを履いて寝る。ヨーロッパあたりの、おばあちゃんの知恵袋的な解熱法らしいのだ。
「布団がびしょびしょになりませんか?」
「いえいえ。ちゃんと絞ってるから大丈夫。朝にはソックスはカラカラに乾いてますよ」
 どうして濡れたソックスを履いて寝ると体がぽかぽかするのか、原理をドクターが説明してくれたが、忘れてしまった。その場では「へえーっ、人間の体ってうまくできてますね」とすごく納得したのだが。
「私もいちどインフルエンザのときに仲間からこれを聞いて、ほとんどだまされたと思って、って感じで試してみたことがあるんですけれど、効きました。インフルの治りも早かったですよ」
 ドクターは、メモのいちばん下に、「濡れソックス」と書いてくれた。
 ナチュロパシーは、私にとってはまだまだ未知の分野である。ドクターには言えないが、「ちょっとマユツバ?」という感がすっかり拭えたわけではない。でも、体の仕組みや働きを説明してくれた上で、それらが持つ本来の力を高めるための提案をしてくれる。西洋医学を否定したりバカにしたりせず、必要とあらば薬も処方しましょう、という柔軟な態度にも好感が持てる。実は知れば知るほど、これからの医療が向かうべき方向なのでは、という気がしているのだ。
 家に帰って、我が家では唯一インフルにかからず、娘と私の面倒を見てくれた夫に、ドクターから仕入れてきたばかりの知識を披露した。
「そんなわけで、インフルにかかったら解熱剤はナシだよ。その代わりに、濡れ靴下を履かせてあげるからね」
 私は、本当に効くのかどうか試してみたくてたまらないのだが、夫は、いまやインフルにかからないよう、必死に健康管理に励んでいる。

 
 
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