アメリカのおいしい生活
1月
12日火曜日

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  #156 2010年の新しい法律
 
 

 今年の正月、初めておせち料理というものを作ってみた。これまではなますと煮しめと雑煮だけでお茶を濁してきたのだが、もうすぐ六歳になる娘に物心がついてきた。サンクスギビングやクリスマスなどのアメリカのホリデーだけでなく、日本の祝祭日もきちんと祝って見せなければ、と思ったのだ。
 田作り、きんとん、黒豆、伊達巻き。ネットでレシピを見つけて作ってみたところ、どれも思っていたよりずっと簡単にできたので驚いた。以前、商船の船長をしていた夫の兄が、当時私たちが住んでいたニュージャージーの港に年末近くに寄港した際、「お正月用に」と言って日本の品々を持ってきてくれたことがあった。そのなかに、栗の甘露煮が入っていて、「はて、お正月用品?」と首を傾げたものだったが、今になってようやく、あれはきんとんに入れるためのものだったのですね、と合点がいった。
 おせちが意外に簡単だったのは驚きであったが、もっとビックリだったのは、使用する砂糖の量。特に黒豆ときんとんにはこれでもか、というぐらいにざらざらーっと入る。昔は砂糖が貴重品だったからお正月ぐらいは気前よく使っちゃおう、ということだったのかな、と思った。実家の母に言ったら、冷蔵庫などなかった時代に料理を日持ちさせるための工夫だったんじゃないか、とのことだった。とにかく、おせち作りで買い置きの砂糖がすっかりなくなってしまった。
 朝からキッチンに立っておせち料理作りに終始した大晦日、仕事から帰った夫(アメリカでは一月一日だけが祝日で、あとはカレンダーどおり)が、夕飯のソバを見て

「あれ? 今夜はこれだけ?」

 とつぶやいた。思わず、
「明日のために一日じゅう料理してたんだから、今日の夕飯はソバでガマンしてよっ」
 と吠えてしまった。
 娘には、
「大晦日にはね、おソバみたいに長く生きられますようにと縁起をかついでおソバを食べるのよ」
 などともっともらしく言い聞かせていたのだったが、実は大晦日の年越しそばという風習は、おせち作りで忙しかった主婦の手抜きメニューなのではないか、と思った。これも、自分でおせちを作ってみるまで気がつかなかったことだ。

 さて、二〇一〇年一月一日、オレゴンに歓迎すべき法改正があった。
 クルマを運転中の携帯電話の使用が、全面的に禁止になったのだ(ハンズフリーと呼ばれる手で持たずに話せるタイプの電話の使用はOK)。
 日本では二〇〇四年の秋から禁止されているそうだから、「まだだったの?」と驚かれるかもしれない。が、全米でみると、運転中の携帯電話を禁止している州はまだ六つ(カリフォルニア、コネチカット、ニュージャージー、ニューヨーク、オレゴン、ワシントン)。このうち、オレゴンのすぐ北のワシントン州では、携帯電話の使用は罰則の対象ではあるが、それだけでは警察はクルマを止めることができない。なにかほかの交通違反があって初めて携帯電話の使用を罰することができるのだそうだ。
 ちなみに、部分的に禁止している州もある。スクールバスのドライバーが生徒を乗せたバスを運転中に携帯電話を使用してはいけないという州が十七、十八歳以下や免許取りたての者に限り禁止という州が二十一。
 いっぽう、一切お咎めなしも、二十一州ある。
 クルマを運転中に携帯電話を使っていると、注意が散漫になったり、咄嗟の動きが鈍くなったりして事故の危険性が高まる。そんな調査結果は、山ほどある。というか、そんなことは調査結果など見なくたって、経験でわかる。
 ウィンカーを一切出さずに行くクルマや、法定速度よりもかなり遅いペースでちんたら走っているクルマなど、後ろから見ていて「なんかヘン」と思ったときには、たいていの場合、携帯電話使用中である。あるいは、かなりの高齢者ドライバー。ある調査で、運転中に携帯を使用すると二十歳ドライバーも七十歳ドライバー並みの反応になる、という報告があったが、まさにその通りなのだ。
 こんなにはっきり危険だとわかっているのだから、満場一致で「全面禁止」となってしかるべし、と思っていたのだが、世の中にはいろいろな人がいるのである。リスナー参加型のラジオ番組でこの件について語られていたときに、
「なんで携帯だけが目の敵にされなければいけないんだ。運転中にラジオのチャンネル変えたり、CD変えたりするのも同じぐらい危険だろう。運転しながら化粧してる女を見たこともあるぞ。そういうのを取り締まらずに携帯電話使用だけに罰則を設けるのはフェアじゃない」
 という意見が出ていた。気持ちはわからないでもないけれど、なんだか子供っぽい(余談だが、私は歯のフロスをしながら運転している人を見たことがある)。こういうのは突き詰めれば個人の「良心」とか「常識」の問題であって、とにかくハンドルを握っている間は、運転に差しさわりのあることは慎みましょう、というのが大前提なのだ。こういう大人げない人がいるから、「携帯電話は使ってはいけません」などというくだらない決まりを設けなければいけなくなる。こうして考えると、運転中の携帯電話使用禁止を打ち出した州は、

「もはや人々の良心を当てにしていない」

州であり、お咎めなしとしている州は、まだ人々の常識や良心に期待を持っている、ということなのかもしれない。
 私はいつも思うのである。製本所の大きなカッターとか、どこぞの工場のなにか大きな機械など、一歩間違えれば指を切り落としてしまうかもしれない、というような危険な機械を使うときに携帯電話を使うか? と。
 クルマは、あまりにも日常的になってしまっているからみんな忘れがちなのだけれど、指一本どころか、命を落としかねない危険な機械なのだ。それも、自分の命だけでなく、ほかの人(たち)の命までも。そんな製本所のカッターなどよりもずっと危険な機械を操作しているのだ、ということを、ドライバー一人ひとりが肝に銘じなければいけない。
 ま、こんなことを言ったぐらいでみんなが肝に銘じられるようなら、「携帯使用は全面禁止」などという法律をわざわざ作る必要もないわけだが。
 オレゴンのこの法改正について地元紙が書いたところ、「赤信号で止まっているときは携帯電話で話してもいいのか?」とか「運転中の携帯メールは許される?」などという質問が読者から寄せられたそうである。
 やれやれ。「常識」にはもはや期待できそうもない。法制化したのは正解のようである。
 ちなみにオレゴンでは、運転中の携帯電話使用で捕まると百四十二ドルの罰金だそうだ。どんどん捕まえて、じゃんじゃん罰金を徴収してくれい、と思う。
 それにしても、みんな運転中にまで、いったいだれと何を話しているんだろう。ほんの十五年まえには、携帯電話などなくてもまったく問題なく暮らしていたはずなのだが。

 

 
 
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