アメリカのおいしい生活
1月
26日火曜日

Back Number

About the Author

Mail to the Author

 

 

 

  #157 できることを少しずつ
 
 

 去年十二月初めのある日のこと。何を作っていたのだったか、夕方に牛乳が足りなくなったので家から三分ほどのところにある店に買いに行った。
 千九百戸ほどの住宅地の、小さなショッピングセンターの店である。主にワインと肉、それとちょっとしたグルメ食材を置いている。店のなかで軽い食事もできる。
 こういう地元の店を利用して後押ししなければ、と思いつつも、普段はなかなか足が向きにくい。ちょっと値段が高いので。
 半ガロンのオーガニック牛乳に、いつもスーパーで払う値段の二割増しほどを払って店を出ようとしたとき、ドアにあった貼り紙に思わず足を止めた。
「来たる十二月二十日、Bake Saleを催します。売り上げは、イヴリンの治療費に当てられます。皆さん、ぜひ買いに来てね。セールに参加してくれる方も募集中です。詳しくはスザンヌまで」
 Bake Saleとは、クッキーやケーキなど、手作りの焼き菓子を持ち寄って売るセールのこと。学校やいろいろな団体の資金集めに行われたりする。
 イヴリンの治療費に当てられる、と読んで、私はすぐにこの店のオーナーの奥さんを思い出した。三年まえ、私たちが引っ越してきたばかりのときにはつらつと店で働いていた奥さんは、一年半ほどまえからあまり店で見かけなくなった。たまに姿を見るときには、毛糸の帽子を目深に被っている。抗ガン剤の影響で髪が抜けたのだろうと思われた。顔も、だいぶ痩せた。
 去年の初めのころ、私が肩凝りがひどくて家からそう遠くないところにある鍼灸師のところに行ったとき、駐車場に、この食料品店のロゴが入ったSUVが停まっていたことがあった。鍼を打ってもらう部屋は、三つ並んだ細いベッドの間がカーテンで仕切られているだけだから、隣のベッドにいる人と鍼灸師との会話が筒抜けである。右隣のベッドの人が抗ガン剤の話をしているのを耳にしてしまったとき、ああ、おそらくあの食料品店の奥さんが鍼も受けているのだな、と思ったのだった。
 Bake Saleなど参加したこともなく、お菓子作りもさして得意ではなく、そしてこの奥さんのことを個人的に知っているわけでもなかった。でも、貼り紙を見てからというもの、なんだか気になった。医療費が高く、医療保険に加入していたところでたいして役に立たないアメリカでは、ガン治療費のせいで破産する人も多いと聞いている。素人が作ったクッキーやケーキを少し売ったぐらいで治療費の大きな足しになるとは到底思われなかったが、でも、セールのことを知った以上、なにもしないではいられない気がした。数日後、セールのとりまとめをしているスザンヌという人に連絡を取って、クッキーとケーキを少し焼いて持っていくと伝えた。
 シンプルなバタークッキーに、友人からレシピをもらったばかりのジャム付きクッキー。マーマレード入りでオレンジが香るガレット、それにバナナケーキ。セールの前々日から、我が家のキッチンは工場のようになった。買い置きのバターと砂糖と小麦粉が見る見るうちになくなっていくのが小気味よいほどだった。
 考えてみれば、Bake Saleというのはなかなかうまくできたシステムである。クッキーなど作らずに材料にかかるお金をそのまま寄付すればそれまでだが、そのお金で粉やバターを買い、労力をかけてクッキーやケーキにして売ることで、何倍にも貢献できるのだから。時間をかけ、手間をかけることで「だれかのためになにかをしている」という気持ちになれるのも、なかなか悪くない。自己満足といってしまえばそれまでだが、自分以外のだれかのためになることをして

自分もいい気分になれる

なら、いいことづくめではないか。
 セールの当日、指定の時間に店にクッキーとケーキを運んでいったら、毛糸の帽子を被った奥さんが店にいた。セロファンの袋に入ったお菓子を見て、「まあ!」と子供のように目を輝かせ、「これはなに?」「こっちにはなにが入ってるの?」と質問してきた彼女は、私が店を出るときに、
「どうもありがとう。ほんとうに、どうもありがとう」
 と丁寧に頭を下げた。
 最終的にいくら売り上げがあったのかは知らないけれど、セール半ばで店に顔を出したら、とりまとめをしていたスザンヌが、
「午後一時にセールを始めたときにたくさんの人が来てくれてね。忙しかったわ。すぐに四百ドルくらい売れちゃったのよ」
 と、うれしそうに言っていた。
 
 年が明けて。
 ハイチで大規模な地震が起こった。天災のときにはいつもそうだが、時が経つほどに、被害が当初予想していたよりも大きいことが明らかになっていく。
 こういうときに、「ハイチではVoodoo(魔教的な民間信仰)などという怪しげな宗教が信じられているからバチが当たったのだ」などと声高に発言する人がいる、とラジオで聞いた。なにやらメジャーな宗教を信仰する人の発言のようであった。
 そんな人がいる一方で、ハイチの被災者を助けたいと寄付をする人たちもいる。私も、少しでも助けになればと思い、奉仕活動をする国際的な団体に寄付をしようとしたが、これまたラジオで「その団体からは寄付した金額の五十五パーセントほどしか現地に渡らない」と聞いたような気がして、思いとどまった。大きな団体なのだから維持のために費用がかかるのだろうが、気持ちとしては、寄付したお金の百パーセントが現地で役に立って欲しいではないか。
 どうしようかなあ、と思い悩んでいたところ、Portland-Haiti Relief Containerという活動に行き当たった。
 これは、ポートランドに住むジェフ・ロートンというフリーランスのグラフィックデザイナーが始めた動きで、ハイチの被災者が当座必要とする衣料や食料、医療品、トイレタリー用品などを集めて、

四十フィート(十二メートル)のコンテナ

に詰めてポートランドからポルトープランスに送ろうではないか、というもの。地震の翌日に、「ハイチのためになにかしなければ」といてもたってもいられず、ほうぼうに電話をかけて、コンテナの入手、置き場所、寄付を募る場所、輸送、などなど手配したのだそうだ。
 寄付を募るものをウェブサイトで読んだ。
 大きいTシャツ、あらゆるサイズの靴、横たわるためのマット、シーツ、ブランケット、未使用の歯ブラシ、歯みがき、デオドラント、石けん、バンドエイド、生理用品、おむつ、粉ミルク、クラッカー、米、豆、ボトル入りの水、などなど。
 これならウチのなかにいくつもあるな、と思い、パントリーと洗面所の物入れのなかから買い置きのものをいろいろと出してきていくつかの袋に詰めた。
 寄付の受け付け場所は、ポートランドダウンタウンの東側にある教会の駐車場。我が家から十五分ほどのそこへ行ってみると、赤いコンテナがどーんと置いてあった。貨物列車に引かれているのをよく見かける、鉄製の大きなコンテナだ。
 テントの下に、寄付品が置かれていた。ボランティアの人たち(いずれもこの動きをネットやメディアで知って集まってきた人たちだという)が、雨も気にせずてきぱきと働いている。
「衣類はあっち。食品とトイレタリー? それはこちらでもらいます」
 この活動の名まえが書かれた小さな看板を見せながら、もうすぐ六歳になる娘に、どうして家からいろいろなものを持ってきてよその人に渡しているのかを説明した。すると、ボランティアのうちのひとり、若い男性が近づいてきて、娘に声を掛けた。
「何歳? 幼稚園に行ってるの? 今日はお母さんと来てくれたんだね。どうもありがとう。キミたちが持ってきてくれたものが、ハイチで困っている人たちのところに行くんだよ。来てくれてありがとう。ほんとうに、ありがとう」
 本当は娘が学校に行っていて身軽な午前中にと思いつつ時間が取れず、仕方なく放課後に娘連れで寄付に来たのだったが、こうしてボランティアのお兄さんにも声を掛けてもらって、「困っている人を助けるためにみんなで少しずつできることをする」という現場を子供に体験させるいい機会になった。
 巨大に見えたコンテナは二日間でいっぱいになり、いまふたつめを準備中とのこと。コンテナはポートランドを出発して、ロサンジェルスからテキサスのダラスを経由し、ポルトープランスに運ばれる。輸送にかかる費用は、約八千ドル。これも銀行に開いた口座に集まった寄付金でまかなわれるのだそうだ。

 

 
 
Copyright 2010 by Yoko Oishi, Boiled Eggs Ltd. All rights reserved.